神戸ウィンダム。先輩たちとは現地で集合し、中に入った。
「うわぁ……」
今は照明が全て点灯しているのだろう。広いステージがよく見えた。藤田さんが駆け寄ってきた。
「やあ、ユービックさん。今日はよろしくお願いします」
通しのリハーサルをして、昼はカツ丼を食べに行った。大城さん曰くゲン担ぎである。
「まぁ、ライブに勝ち負けはあらへんけど! トリにふさわしいもん見せつけたろな!」
待機中、僕はずっと音源を聴いて、歌詞を頭に叩き込んでいた。先輩たちは、そんな僕をそっとしておいてくれた。もうすぐ出番だという時、大城さんのかけ声で、四人で手を重ねた。
「四人の集大成、行くで! おーっ!」
その後、櫻井さんがポン、と背中を叩いてきた。
「俺は瑠偉くんを信じとう。瑠偉くんならやれる。不安になったら俺を見ぃ」
「……わかりました」
大城さんは、勝ち負けはないと言ったけれど。僕は戦場に赴く気持ちでステージに踏み出した。
マイクを握りしめ、目を瞑った。この四人でこうして舞台に立つのは、これが最後かもしれないから。後悔だけはしたくない。全力で、叩きつける。
大城さんがスティックを鳴らした。僕は大きく息を吸い込んだ。
開幕にふさわしい「戦士」という曲。櫻井さんは短く言葉を切り、ハキハキと歌っていたから、僕もそうした。
――僕は一人でも守り通すから
最後のフレーズを歌い上げると同時に、ピシッと全ての音が止まり、一瞬静寂をもたらした後、すぐさま「青年」へ。
――潰せ、壊せ、返り血浴びて
細かく刻まれるシンバルの音。きっと大城さんは笑顔だ。いつもそうだったから。澄さんは涼しい顔をしているだろう。櫻井さんは……間奏の時に視線を向けた。すぐに気付いてくれて、ニィッと白い歯を見せてくれた。この曲の後に大城さんのMCだ。
「どーもぉ! ルイ・ウエストリバーでーす! 最後までぶっ飛ばして行くのでついてきて下さいねー!」
先ほどの二曲と比べ、「恋人」はスローに入る。
――やっぱり君じゃないとさ、ちょっと物足りないかな
今日だけは六百円もするセブンスターを吸って臨んでいた。まあ、ボーカルがタバコを吸うのはどうなんだというのはあるだろうが。お陰で気分は乗ってきた。
そして、四曲目の「衝動」。
――熱を散らせ、思うがままに
今の状況と重なった。僕はじんわりと汗をかいていて、マイクを持つ手も滑りそうだ。けれど、それが気持ちいい。
上手く歌おう、とか、間違えずに歌おう、とか。そういうことは考えなくなっていた。ただ、この時間を楽しむだけ。大好きな先輩たちと一緒に。
ラストの「スプートニク」は静かに始まる。後半までドラムが入らない。櫻井さんのギターの音を合図に声を出した。
――それだけは無理さ、「変わらない」なんてさ
直接、好きだとか愛してるとか、そういう単語は入らないが、明らかに恋仲の二人。共に生きることを決めた、そんな未来についての歌だ。
――スプートニクが回る
裏声は、どの練習の時より美しく出た。観客がどう思っているか、よりも、櫻井さんがどうなのか気になってしまって。視線を移した。
――うん、ええ声やで
そんなことは実際に言われていないけど。櫻井さんの目がそう訴えてきているように思えて。僕は自信を胸にドラマティックに歌い上げた。
締めはメンバー紹介だ。櫻井さんが観客に手拍子を促し、乗らせた後、楽器隊の三人が気ままに音を合わせ始めた。大城さんが叫び始めた。
「ギター! 櫻井渚!」
櫻井さんは笑顔でギターを奏でた。
「ドラム! 大城梨多!」
大城さん渾身のビートが刻まれた。
「ベース! 松岡澄!」
澄さんはぺこりと頭を下げた後、弦を素早く弾いた。
「そして! ボーカル! 西川瑠偉でした!
ありがとうございましたぁー!」
かけ声と拍手に送られ、僕たちは退場した。すると、大城さんが僕に抱きついてきた。
「うわぁぁぁ……何とかなった、みんなのお陰やでぇ……!」
お酒も入っていないのにぐすぐすと泣き始めた。澄さんがポンポンと大城さんの頭を撫でた。そうこうしていると、櫻井さんの姿を見失ってしまったのだが、藤田さんを始め、他の参加者に代わる代わる声をかけられ、その対応に追われて。落ち着いた話は打ち上げの時にすることにした。
ところが。
「えっ……櫻井さん帰ったんですか?」
藤田さんからそう聞かされた。もう打ち上げの会場に移動してしまった後だった。
「うん、気分が悪いからって。お金だけ置いていきはったわ。心配やね……」
大城さんと澄さんの前の席に座った僕は、二人にこぼした。
「櫻井さん、帰ったらしいです……あれですかね……僕と話したくないんですかね、昨日生意気なこと言うたし……」
大城さんが言った。
「怒ってるわけやないと思うよ。櫻井さんが気まずいだけなんちゃう。次会ったら元通りになっとうって」
「どうなんですかね。櫻井さんって僕の顔と身体と歌だけ目当てでしたから。もうライブ終わったし用済みなんでしょうね」
大城さんがドン、と机を叩いた。
「それは絶対にちゃうで! 櫻井さん瑠偉くんに本気やで? わかってへんかったん?」
「えっ……」
澄さんが言った。
「あそこまで露骨なことされて……気付かなかったの……」
「ど、どういうことですか?」
大城さんは自分の髪をかきむしった。
「ああもう! スプートニクやって! どう考えても櫻井さんから瑠偉くんへの歌やろ!」
「はっ?」
僕は「スプートニク」の歌詞を思い返した。
「嘘っ……えっ……そういうことやったんですか?」
大城さんはとうとう立ち上がった。
「もう、打ち上げなんてええから! はよ行き! このままやったら永遠にすれ違ってまう! はよ!」
「は……はい!」
僕は駆け出した。いつかの雨の日のように。