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41 オリオンフェスティバル

 神戸ウィンダム。先輩たちとは現地で集合し、中に入った。


「うわぁ……」


 今は照明が全て点灯しているのだろう。広いステージがよく見えた。藤田さんが駆け寄ってきた。


「やあ、ユービックさん。今日はよろしくお願いします」


 通しのリハーサルをして、昼はカツ丼を食べに行った。大城さん曰くゲン担ぎである。


「まぁ、ライブに勝ち負けはあらへんけど! トリにふさわしいもん見せつけたろな!」


 待機中、僕はずっと音源を聴いて、歌詞を頭に叩き込んでいた。先輩たちは、そんな僕をそっとしておいてくれた。もうすぐ出番だという時、大城さんのかけ声で、四人で手を重ねた。


「四人の集大成、行くで! おーっ!」


 その後、櫻井さんがポン、と背中を叩いてきた。


「俺は瑠偉くんを信じとう。瑠偉くんならやれる。不安になったら俺を見ぃ」

「……わかりました」


 大城さんは、勝ち負けはないと言ったけれど。僕は戦場に赴く気持ちでステージに踏み出した。

 マイクを握りしめ、目を瞑った。この四人でこうして舞台に立つのは、これが最後かもしれないから。後悔だけはしたくない。全力で、叩きつける。

 大城さんがスティックを鳴らした。僕は大きく息を吸い込んだ。

 開幕にふさわしい「戦士」という曲。櫻井さんは短く言葉を切り、ハキハキと歌っていたから、僕もそうした。


 ――僕は一人でも守り通すから


 最後のフレーズを歌い上げると同時に、ピシッと全ての音が止まり、一瞬静寂をもたらした後、すぐさま「青年」へ。


 ――潰せ、壊せ、返り血浴びて


 細かく刻まれるシンバルの音。きっと大城さんは笑顔だ。いつもそうだったから。澄さんは涼しい顔をしているだろう。櫻井さんは……間奏の時に視線を向けた。すぐに気付いてくれて、ニィッと白い歯を見せてくれた。この曲の後に大城さんのMCだ。


「どーもぉ! ルイ・ウエストリバーでーす! 最後までぶっ飛ばして行くのでついてきて下さいねー!」


 先ほどの二曲と比べ、「恋人」はスローに入る。


 ――やっぱり君じゃないとさ、ちょっと物足りないかな


 今日だけは六百円もするセブンスターを吸って臨んでいた。まあ、ボーカルがタバコを吸うのはどうなんだというのはあるだろうが。お陰で気分は乗ってきた。

 そして、四曲目の「衝動」。


 ――熱を散らせ、思うがままに


 今の状況と重なった。僕はじんわりと汗をかいていて、マイクを持つ手も滑りそうだ。けれど、それが気持ちいい。

 上手く歌おう、とか、間違えずに歌おう、とか。そういうことは考えなくなっていた。ただ、この時間を楽しむだけ。大好きな先輩たちと一緒に。

 ラストの「スプートニク」は静かに始まる。後半までドラムが入らない。櫻井さんのギターの音を合図に声を出した。


 ――それだけは無理さ、「変わらない」なんてさ


 直接、好きだとか愛してるとか、そういう単語は入らないが、明らかに恋仲の二人。共に生きることを決めた、そんな未来についての歌だ。


 ――スプートニクが回る


 裏声は、どの練習の時より美しく出た。観客がどう思っているか、よりも、櫻井さんがどうなのか気になってしまって。視線を移した。


 ――うん、ええ声やで


 そんなことは実際に言われていないけど。櫻井さんの目がそう訴えてきているように思えて。僕は自信を胸にドラマティックに歌い上げた。

 締めはメンバー紹介だ。櫻井さんが観客に手拍子を促し、乗らせた後、楽器隊の三人が気ままに音を合わせ始めた。大城さんが叫び始めた。


「ギター! 櫻井渚!」


 櫻井さんは笑顔でギターを奏でた。


「ドラム! 大城梨多!」


 大城さん渾身のビートが刻まれた。


「ベース! 松岡澄!」


 澄さんはぺこりと頭を下げた後、弦を素早く弾いた。


「そして! ボーカル! 西川瑠偉でした!

ありがとうございましたぁー!」


 かけ声と拍手に送られ、僕たちは退場した。すると、大城さんが僕に抱きついてきた。


「うわぁぁぁ……何とかなった、みんなのお陰やでぇ……!」


 お酒も入っていないのにぐすぐすと泣き始めた。澄さんがポンポンと大城さんの頭を撫でた。そうこうしていると、櫻井さんの姿を見失ってしまったのだが、藤田さんを始め、他の参加者に代わる代わる声をかけられ、その対応に追われて。落ち着いた話は打ち上げの時にすることにした。

 ところが。


「えっ……櫻井さん帰ったんですか?」


 藤田さんからそう聞かされた。もう打ち上げの会場に移動してしまった後だった。


「うん、気分が悪いからって。お金だけ置いていきはったわ。心配やね……」


 大城さんと澄さんの前の席に座った僕は、二人にこぼした。


「櫻井さん、帰ったらしいです……あれですかね……僕と話したくないんですかね、昨日生意気なこと言うたし……」


 大城さんが言った。


「怒ってるわけやないと思うよ。櫻井さんが気まずいだけなんちゃう。次会ったら元通りになっとうって」

「どうなんですかね。櫻井さんって僕の顔と身体と歌だけ目当てでしたから。もうライブ終わったし用済みなんでしょうね」


 大城さんがドン、と机を叩いた。


「それは絶対にちゃうで! 櫻井さん瑠偉くんに本気やで? わかってへんかったん?」

「えっ……」


 澄さんが言った。


「あそこまで露骨なことされて……気付かなかったの……」

「ど、どういうことですか?」


 大城さんは自分の髪をかきむしった。


「ああもう! スプートニクやって! どう考えても櫻井さんから瑠偉くんへの歌やろ!」

「はっ?」


 僕は「スプートニク」の歌詞を思い返した。


「嘘っ……えっ……そういうことやったんですか?」


 大城さんはとうとう立ち上がった。


「もう、打ち上げなんてええから! はよ行き! このままやったら永遠にすれ違ってまう! はよ!」

「は……はい!」


 僕は駆け出した。いつかの雨の日のように。



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