葬儀は夏の終わり、喪服が辛いほど晴れた日に開かれた。
弔問に訪れる全員が縁故者──でもないのだろう。話題の事件の被害者一族、その最後の一瞬に立ち合おうと、観光気分で弔問に訪れている人間もいるように見受けられた。
葬儀が行われたのは、陸の自宅である稲本家だ。──三科家ではない。
■ □ ■
賢人の死後、陸が死んだ。
あの家に入った人間すべてが呪われたのか? 答えは否だ。
陸が死んでからの数時間を震えながら耐え忍んだ優斗は、晴れ間の到来と共に到着したヘリによって無事救助された。ただしその後、被災者の安堵した表情を撮影しようと詰めかけていたマスコミたちの前で、凄惨な事件の生き残りであることが露見してしまう。
最初は事実だけが報じられたが、それがあまりにも常識から想像しがたい経緯だったせいかもしれない。たった一人生存した優斗が、家族を皆殺しにした稀代の殺人鬼だと噂するゴシップ誌が、全ての先陣を切った。
次第に地域、学校、母校にまで取材が及び、関心は優斗だけに留まらなくなっていく。
『山村の地主一家不審死事件。異様なその家族生活』
『まるで昭和の遺物。地主一家を殺したのは独自宗教か』
三科家がいかに時代遅れで、因習に縛られた家であるかを書き立てるネットニュースも、見る間に溢れ返るようになった。当然、各遺体がいかに異様な遺体であるかもだ。
高齢者施設に入っていた三科カズ子、そして清、三代子、功──さらに賢人の母である吉乃までが、三科家から隔絶された場所で同様の死に様だったことが判明してからは、特にそれが加速していく。
優斗が形見にと持ち帰っていた陸の日記、そして賢人のスマートフォンの内容の一部が、捜査関係者のリークによって公開されたせいもあるかもしれない。公開後、三科家の事件は実話怪談として、脚色を交えながら語られるようになった。
唯一朗報と言えたのは、武の妻子が無事だったことだが──彼女らは三科家との一切の関わりを拒絶し、優斗の身元を引き受けることも固辞した。
「優斗くん家族には優しくしてもらったし、いい子だとも思う。だけどごめんね、もうあんな鬼の巣窟みたいな家のこと、もう忘れて生きていきたいの」
電話口で泣きながら話した小母に、優斗は分かったと答えるのがやっとだった。
その電話で知ったことだが、酒に酔った武は、男児が生まれないことを詰(なじ)りながら離婚届にサインをして大笑いしていたらしい。自分にはいつでも離婚の意思がある、次は男を産めそうな女を嫁にしようと、清にも散々話していたようだ。
武の生い立ちを考えれば、その言葉は清への当てつけでもあったのだろう。
しかし当然、そんなことは武の妻本人には関係がない。ただ尊厳を傷つけられ、愚弄され、その結果、一度は愛を誓った情も尽き果てただけのことだ。
夏休みの帰省を口実に、武の妻は帰省直前にそれを役所に提出し、座敷わらしの障りが出た頃には──武との婚姻関係が解消されていた。
だからこそ恐らく、豊の呪いは彼女たちに及ばなかったのだろう。
執拗な取材に晒され、濁流のような日々に翻弄されることになった優斗は、自宅に帰ることもできないまま、保護施設で死の予感に怯え続けた。
そんな優斗の養護を申し出たのは、稲本家だ。
「こんなことになって、本当にかわいそうに……。優斗くんは陸の親友だもの。三科の家のようにはいかないかもしれないけど、うちでよければずっといなさい」
最愛の息子を亡くしたばかりだというのに、陸の両親、特に母親である友理奈は、慈愛を讃えた笑みで優斗を受け入れた。
陸を三科家に誘った自分こそが陸の死の原因であると、自らを責めていた優斗を根気よく慰め、励まし、一度も責めずに包み込む。さらにマスコミや、話題を求めて優斗を追い回す動画配信者たちの前に立ち、身寄りを失った中学生への扱いに抗議した。
そのことが功を奏したのか、好奇の目は避けられないまでも──熱狂じみた騒ぎは、次第に収まりを見せる。
しかし優斗はいつ座敷わらしが、豊がやって来るのかと、怯える毎日を過ごしていた。
いつでも外に出られるようにと玄関から一番近いリビングで寝起きし、風呂も最低限の時間で済ませる。
にも拘わらず、二週間経っても優斗が豊を見る日は来ず──ある週刊誌から、優斗に手紙が届いた。
「DNA鑑定の可否について」
──稲本家のリビングに記者が招かれたのは、その数日後のことだ。
「ご家族の相次いでの訃報、心からお悔やみ申し上げます。ルポライターの宮野です」
名刺を差し出した男は、ダイニングテーブルの向かい側に座る優斗をじっと見ていた。
目の下に濃いクマを作り、疲れ切った顔をしている少年。人目を避けるように目蓋を伏せていた優斗は、差し出された名刺を見てようやく、ほんの少しだけ顔を上げた。
「三科優斗です。よろしくお願いします」
はっきりとした発音、張りのある声色に、宮野はメモを取り出す。
「この取材を受けてくれたということは、優斗くん自身もDNA鑑定に興味を持って──その、自分が本当に三科家の血筋なのか疑問を持っている。そう思ってもいいのかな」
「……よく分かりません。俺の父は三科大輔です。なのになんで豊さんが俺の前に現れないのか、それが……疑問で」
「お母さんの浮気を疑ったわけではない、と?」
「っ、二人は仲がよかった!! 俺は……!!」
「申し訳ない。今のはあまりに無礼だった」
声を荒げた優斗に、宮野はすかさず謝罪する。謝られれば、優斗はそれ以上責めることができなかった。
沈黙の後、再度宮野が口を開く。
「本題に入る前に、いくつか質問があるんだ。いいかな」
「……家族を侮辱するものじゃなければ」
唇を噛み締めるように睨み上げられての言葉に、宮野は了承を示して両手を挙げた。
「第一に──君から見て、普段君の家族は仲がよかった?」
「いろいろ問題はあったし、ひどい部分もあった。だけど……家全体はまとまってたよ」
「座敷わらしを祀ってるということに、違和感を覚えたことは?」
「逆に聞くけど、おじさんは仏壇に違和感を持ったことは? ないでしょ? 俺にとってはあの祭壇は仏壇みたいなものだった。生まれたときからずっと家にあったんだから」
「なるほど。じゃあ……」
いくつか質問が続き、優斗は淡々とそれに答える。
少しでも三科家を侮辱するような言葉が出そうになれば、優斗はすかさず目を尖らせた。そのため宮野は何度か言葉を選び直したが──取材そのものは順調に進む。
「優斗くん。君の友人だった陸くんはどんな子だった?」
「面白い奴でした。元気で、人見知りしない。転校してきた俺に、最初に話しかけてくれたのも陸です」
「他人に対して攻撃的だったそうだけど、その点についてはどう思ってる?」
「……え?」
「学校のお友だちに話を聞いたとき、数人からそんな話が出たんだよ。陸くん、君と仲良くなろうとする奴がいるとひどく邪魔してきたって。それで少し問題もあったらしい」
その言葉に呆然とする。
陸はいつでも優斗に楽しい話を提供してくれた。売られたケンカは買うタイプで、クラスメイトと衝突することもあったが、基本的には優しい人間だ。そう思っている。
しかし確かに、優斗が他の誰かと買い物に行った後は──その相手はそれ以降、二度と一緒に行動してくれなくなっていた。
「優斗くんが仲良くするのは自分だけでいいとか、そういうことを言ってたみたいなんだよ。一番近いのが自分じゃないと、お母さんがガッカリするとかなんとか……」
叩きつけるような音で、ドアが開いた。
イスから跳び上がるほど驚いた二人が咄嗟に入口を見返ると、買い物袋を持って微笑む友理奈が立っていた。
「り、陸のお母さん……」
「ごめんなさいね。荷物を持ってたもんだから、思ったより大きな音が出ちゃって。取材でしょう? 気にせず続けてね」
「……はい」
話を故意に遮ろうとしたのではないか、と疑いたくなるタイミングだった。
その上荷物を片付けるという名目で、友理奈はなかなかキッチンから離れようともしない。むしろ宮野を監視するように見つめている気配さえした。
優斗もそれを気にしてか、続きを促すことすらできずにいる。
やがて話題に戻すことを諦めたらしい宮野は、本題に入ろうと笑って眉尻を下げた。
「数日後には公にされる情報だからもう話してしまうんだけど──君にDNA鑑定をしてみてはどうかと提案したのは、思いがけない情報を入手したからなんだ」
「思いがけない情報?」
「大輔氏を始め、遺体が残っている人は全員、司法解剖に回されたのは聞いてるね?」
「はい、警察から司法解剖の許可がほしいって連絡が来ました。それがなにか?」
「結論から言おう」
宮野の目が未だキッチンで動いている友理奈を流し見、改めて優斗を見る。
「稲本陸くんは、三科大輔氏と茜さんの子──つまり三科家の子だったよ」
沈黙が落ちる。
「……え?」
「稲本陸は三科家の人間だ。ただし出生記録には、大輔氏の子どもは男児一名と記載されている。ならば君は一体何者か? ……それを知るために、DNA鑑定をさせてほしい」
戸惑う優斗に、宮野は正面から願い出る。その姿を友理奈がじっと、見つめていた。