きっと優斗も、もうすぐ死ぬんだろう。
賢人さんと俺だけが三科家からはみ出して、残される。その過程を俺はきちんと書けているだろうか。
ここに来ることになった頃は、小説の練習を兼ねてこの日記を書いていた。だけど今となっては、この日記そのものが、事件の真相を伝えるノンフィクション小説として注目されるんじゃないかと、少し期待している。
救出されて三科家全滅の一部始終が世間に知られたら、俺と賢人さんはきっと「時の人」だ。ニュースに取り上げられて、きっとインタビューだって受ける。
もしかしたら殺人犯に疑われるかもしれないけど、疑惑が向くのはたぶん、賢人さんだ。義理の家族から冷たくされていたとかで、動機があると言われるかもしれない。
俺には、そんな疑いはかからないはずだ。
ここで起こっている座敷わらし、三科豊の祟りについてはなかなか信じてもらえないだろうけど──それでも実話として公開すれば、注目されて書籍化する可能性はある。
それは正直、少し楽しみだった。
優斗はいい奴だ。優しくて、おもしろくて、気が合って、大好きだ。
だけどもうすぐ死んでしまうのが分かってるから、悲しむ準備をしている。それは責められることじゃない。
今、ノックが聞こえた。たぶん賢人さんだ。
……ここからは、時間をおいて書いた部分だ。
いつもなら時間の経過に沿って出来事を書くけど、これを聞ける内に書いてしまわなければいけないと強く強く──使命みたいに感じるから、今回に限っては先にこれを書く。
それでも少しくらい経緯を書かないと、あとで読み返したとき、きっと自分でも意味が分からなくなっているだろう。それは困る。
結論から言うと、賢人さんが死んだ。
なぜ賢人さんなんだ、優斗じゃないのか。そう思ったし、優斗自身もそうだったらしい。だけど実際、賢人さんが死んだ。三科家に戻って、優斗があの部屋に籠もった日の昼だ。
賢人さんは俺の部屋に来たとき、変なことを言った。
「優斗、少しは元気になったか?」って。
俺はそれを、俺に対する質問だと思った。だけど違った。
ドアを開けた俺を見た賢人さんは驚いた顔をしたあと、ものすごく怯えた顔を見せた。後ずさって、頭を抱えて、壁に背中を合わせて座り込んだ。
賢人さんが死んだのはそのしばらく後、のことだ。
──俺の手元には、賢人さんのスマホがある。賢人さんの死体の足元で、録音状態になっているのをこっそり拾っておいたものだ。その内容を今から書く。
賢人さんの言葉をそのまま書くから、きっと読みにくい。聞き取れない部分もある。
それでも書いておかずにはいられない。
■ □ ■
録音できてるかな。うん、できてるみたいだ。なんというか、正気の時間があると簡単に記録に残せるのが現代社会のいいところだな。
これが後世、なんらかの研究で活かされてくれるとありがたい。
今現在、僕自身に起こっていることを話しておこう。
僕の目の前には、着物姿の女の子がいる。優斗たちよりも少し幼い感じだが、凄まじい顔つきで僕を見ている。
武兄さんが見ていたのも……大輔さんが最後に会話していたのも彼女だろう。
小さな声でずっと、許さないと言ってる。僕を睨みつけながら、だけど泣きそうな顔だ。
さっきは陸くんの隣に座って、なにか言っていた。てっきり優斗が話してると思ったもんだから驚いたなぁ。これまでの状況をかがみれば(?)、君……豊ちゃんが見えたってことは、僕が死ぬ順番だってことだろう。
つまり僕も三科家の人間と認められたのかな。それか、三科家に滞在すると祟りの……。
……あ、少し表情が変わった。豊ちゃんって名前、気に入ってくれたのか。……それについては本当によかった。優斗の気持ちが報われたんだな。
なに? ……え。(無言)あー、マジか。……(もにゃもにゃで聞き取れない)は思わなかったなぁ。そうか。……そうかぁ。じゃあ仕方ないんだなぁ。母さんも、そうかぁ。
(しばらく無言)
ごめんなさい? (笑う)謝りながら許さないとか死ねとか言ってくるのか。今の時代にも似た子はいるけど……憎悪が本物なだけに、どうにもならないなぁ。
あー、声が大きくなってきた、キツい、やめてくれ、頭の中がきみの声でいっぱいだ。
うるさい、なぁうるさいって。うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいんだよぉ!!
殺すんだろ! 分かってるよ! 分かってるから静かに殺せよ、うるさいんだよ考えが纏まらないって言ってるんだ!! 研究者から思考を奪うなよ!!
あぁ嫌だ、のどが渇いてきた。腹も減る。目がかすむなぁ。グラグラする、悲しくなってきた。なんで僕がこんな目に遭わなきゃならないんだ。(鼻をすする音)
母さんが悪いんだ。こんな家の、こんな家の人間なんかと……僕はほん、本当はっ! こんな、こんな目に遭うはず、はずがなかったのに!! どこがよかったんだよあんな男!! なにが嫌だったんだよ、死ぬより嫌なことなんてないじゃないか……! 父さん、父さんのほうがずっと、きっとずっと平和にさぁ……!!
(扉? 襖? を開ける音)
優斗「賢人さん? なに、(聞き取れない)」
邪魔だ優斗、君はこんな所にいるんじゃない、君はこの家に関係ないだろどっか行ってろよ!! (後ろで優斗がなにか言ってる)ああここだ、こんなもの作って、馬鹿かよこんなもの嬉しいわけないだろ! 嫌だ、こんなもの(なにか音がしている)
ああ、開けてくれ、こんな所は嫌だ、こんな所は嫌だぁ!! 臭い、汚い、嫌だ、暗い、違う、寒い、こんなのは違う!
優斗「陸、陸!! 来てくれ、賢人さんが……!!」(バタバタ走る音)
僕はこんなもの、ああ違う、これは僕の考えじゃない! 嫌だ、僕が僕じゃ、ああ、なにが嫌なんだ、どれが嫌なんだ!!
(たぶんスマホが落ちる音。ここから声が少し遠くなる)
死なね、死なねばならなかった!? 生きて役に、役に立とうとしていたのに! 私の意思は、私の意思など! 意味がなかったのか!
優斗と俺「(聞き取れない)うわっ!!」(干からび始めている賢人さんを見た)
ああ嫌だ、いやだいやだ、なにもしてない、なにもしてないんだよ僕は、私は! こんな目に遭うはず、嫌だ、あああひどい、あぁあああ、ああああああああぁあああ!!
(だんだん声が小さくなって静かになる)
優斗「なんで賢人さんまで(聞き取れない)」
俺「あれ?」
(ガタタッ。スマホを拾った音)
■ □ ■
このとき俺は、録音を止めた。そして優斗には内緒でポケットに突っ込み、一人になってからイヤホンで内容を聴いたわけだ。
別に悪意があってそんなことをしたわけじゃない。内容によっては優斗がショックを受けるかもしれないと思ったからだ。
実際に録音を聞いて、俺はこれを優斗に聞かせないほうがいいと思ってる。いくらなんでも、ショッキングすぎる。こんなものを今の状況で優斗に聞かせるわけにはいかない。これは優しさのはずだ。
それと賢人さんは、大おじさんの子どもだったのかもしれない。録音された内容からそんな感じがした。途中で賢人さんが豊と会話をして……事実を教えられたように思える。
だけど少し、不安な部分があった。
賢人さんは、次に死ぬ人間が豊を見るんだと言っていた。
だったら俺はどうなる?
墓を埋めたあの日、すぐに豊と会話する夢を見た俺は?
武さんたちの遺体を運ぶとき、鏡を受け取るとき、祭壇の最上段を開けるとき、俺がたびたび見たのはきっと豊だった。もし豊を見た人間が死ぬなら、俺も死ぬことになってしまう。俺は三科家にとって、完全な他人なのに。
──優斗は今、一人で部屋に引き籠もっている。正真正銘、三科家の最後の一人だ。怖いと思う。俺も、少し疲れた。
きっと優斗が死んでから、ここで最後の日記を書くんだろう。もしかしたらそのときは、救助の車かヘリに乗っているのかもしれない。
ここに来てから現実離れしすぎたのか、俺はこう考えていた。この大雨は、豊が三科一族を外に出さないために作った結界じゃないかって。もしそうなら、優斗が死ねばすぐに雨が上がって、救助が来るはずだ。そう信じて、クッキーを食べながら静かに待つ。
なんだか頭痛がする。きっと疲れが出たんだ。いっぱい泣いて、いっぱい悲しんで、優斗のことを吹っ切れたら、俺は家に帰る。母さんのところに帰って、今さらだけどたくさん心配してもらいたい。がんばってこの環境に耐えたことをほめてもらいたい。
日記は、ここで終わっていた。