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第4話

「なぁ、そこの席は誰が座るんだ?」


「ああ、ひいばあちゃんの席だよ。今は施設に入ってるから空けてあるんだ」

「施設に入ってるのに、昼メシ用意してあるの?」

「うん、健康祈願だって」

「へえ……」


 聞いたことのない習慣だった。盛られた分は、あとで誰か食べるんだろうか。


 やがて大おじさんが音を立ててお茶を啜ると、室内は自然と静まりかえった。


 どうやら家の中で一番権力を持っているのはこの人らしい。俺も背筋を伸ばしてかしこまると、大おじさんはにこやかに、重々しく口を開いた。


「子どもたちはみな夏休みに入り、帰省する者もいれば、帰ってくる者もあった。今年も猛暑が予想されるが、座敷わらし様のご加護のもと、全員が健やかに過ごせることを願っている。優斗のお友だちの件も、みな事前に聞いているな。預かっている間はうちの子と同様に扱うつもりだから、仲良くするように」


 皺の多い目元が俺を見て、その途端、弾かれたように背筋が伸びる。


「えの、えにゃ、稲本陸です! 二週間お邪魔します、よろしくお願いしまぁっだぁ!」


 頭を下げたとき、テーブルに思いきり頭をぶつけて悲鳴をあげてしまった。自分の名前を噛んで恥ずかしかったけど、拍手で迎えられたことにホッとする。


 笑われてるけど、可愛がられている感じだ。デコは痛いが、怪我の功名ってやつだろう。


「それではみな、手を合わせて」


 大おじさんも少し笑ってたけど、咳払いしながら音頭を取る。


「いただきます」


 大おじさんの号令に合わせ、合掌と合唱が重なった。直後、アレをとってくれ、これを回してくれと忙しなく言葉が行き来する。


「陸くん、遠慮なんてしなくていいぞ。うちはいつも余るくらい作るんだ」

「そうよ、たっくさん食べてね! 普段は女が多いから、男の子がいると嬉しいのよ!」


 あっちこっちから声がかかり、遠慮なく取らせてもらう。当然どれもうちとは味つけが違ったけど、おいしく食べさせてもらった。


 唐揚げとチャーハン、焼きそばのおかわりを三回した頃だったと思う。


「そうだ大輔。山で見つかったアレだが、やはり片付けは優斗に任せてみたらどうだ。陸くんもいるし、二人がかりなら埋めるくらい簡単だろう」

「え……」


 大おじさんの呼びかけに、俺の正面にいた優斗のお父さんが反応した。


「いや、しかしあれは……」

「父さん、あれって?」


 明らかに戸惑っている父親を、まったく気にせず優斗が首を傾ぐ。


 すぐに返答できず言葉を探しているその隙に、大おじさんが鼻息と一緒に口を開いた。


「うちの山に不法投棄があったんだ。まったく迷惑この上ない」

「不法投棄? なんかデカいやつ?」

「ああ」


 眉間を寄せたまま、大おじさんは箸の先を優斗に向ける。


「墓石だよ」


 ──墓石。


 それは、不法投棄と言っていいんだろうか。


 引きつっている優斗と俺には興味もない様子で、大おじさんは煮物を食べ進める。


「去年の初め頃、山の一部をキャンプ場にしてはどうだと大輔が話していただろう。この前予定地を業者に下見してもらったんだが、その時に見つかったんだ」

「それって、いっぱい? ドサドサーって捨てられた感じ?」

「いや、一基と聞いてる。そうだな、大輔」


 優斗のお父さん──大輔さんが頷く。だけど言葉に迷っている感じだ。むしろそのことをあまり口を出したくない様子で目を泳がせている。


「かなり古いし、カビもひどくて刻名もないけど……あれは誰かが建てたんだと……」

「うちの親族なら三科家の墓とか、墓銘くらいするでしょ。不法投棄よぉ」


 さっきから声の大きいおばさんが言って、それきり、大輔さんは口を噤んでしまった。


 大人数だし、家庭内カーストみたいなものができてるんだろう。それに大輔さんは気が弱そうだ。この家じゃ男ってだけで優遇されそうなのに、なぜか遠慮をしているように見える。それで軽い扱いを受けているのかもしれない。


 優斗も大輔さんがそういう人なのは、もう分かっているらしい。大輔さんにこれ以上話題が向かないように気を遣ったのか、優斗は苦笑いしながら声を上げた。


「オッケーオッケー。とりあえずそのお墓が見つかったことで、頼むはずだった業者さんから一旦断られたとかそういう話だろ? 俺と陸でお墓をなんとかしたらいいの?」

「え、おい優斗──」

「引き受けてくれるか! さすがは三科家の跡取りだ!」


 その言葉に、数人がはっきりと嫌悪感を漂わせるのが分かった。一人は武さん、もう一人は寡黙そうな同卓のおじさん。それと、大輔さん。


 ──途端、肌で感じる空気が重くなる。


 優斗からは武さんが跡取りだと聞いたけど、実際はかなりデリケートな話題なんだろう。なんにしても、あまりピリついた雰囲気の中にいるのは、あまり気分がよくない。


 俺が引きつったのを、大おじさんは墓埋めに怖じ気づいたからだと思ったらしい。わざとらしい大声で笑い飛ばし、おかずの載った大皿をあれもこれもと渡してきた。


「なに、墓石と言っても怖がらなくていい。古い大石を埋めてもらうだけだ。ほら、遠慮せずどんどん食べなさい! 若いときは食べた分だけ力もつくし、勇気も出るもんだ。わしらジジババは山に登るのも辛いが、君らはまだまだ若いんだから」


 ニコニコしてるのに、有無を言わせない圧力を感じる。つまりビビってないで、たくさん食って仕事しろって強制だ。午前に挨拶したときは俺に興味なんてなさそうだったのに、利用価値があると分かれば態度も変わる。見事な手の平返しっぷりにうんざりした。


 それに、俺が怯んだのは墓に対してじゃない。勝手に弱虫にされたことがムカついて、少し乱暴に大皿を受け取った。


「別にお墓なんて怖くないですけど」

「そうか、それなら任せて大丈夫そうだなぁ」

「……あっ」


 場の空気の重さに関係なく、見知らぬ他人の墓を埋める役なんて遠慮したかったのに、この話の流れじゃ引き受けないわけにはいかない。


 ここでやりたくないなんて言えばまた、俺が怖がっているように煽られるに決まってる。


 怖くもないものを怖がっているようにからかわれるのは、正直物凄く不愉快だ。


 たぶんこの人は、それも全部分かった上で話を振ってきたに違いない。にやりと笑った口元が、分かりやすすぎるくらいに内心を物語っていた。


「昼食が済んだら早速行ってくるといい。今日は風もあるし、山は影も多い。きちんと対策すれば、熱中症にはならんだろう。最近は家の中で遊べるものもたくさんあるが、夏ならではの遊びを楽しむのもいいもんだぞ」


 夏ならではの遊びが、墓石を埋めることとは思えないと言いかけ──やめる。たぶんこの家の中で、この人を言い負かすことはできないんだろう。だから優斗も、さっさと提案を受け入れたに違いない。


 それでも、文句の一つくらいは言わずにいられなかった。


「俺たち食べ盛りの伸び盛りなんで、昼飯食ったあとでも、少し動くとすぐ腹が減るんですよね。弁当作ってもらえるんなら行ってもいいですよ」


 唇を尖らせて呟くと、一気に全員が静まり返る。厚かましいと思われたかもしれないけど、むしろ厚かましさに呆れて、これ以上構わなくなってくれたらありがたいと思った。


「ふっ、ははっ。はははっ、あっはははははっ!!」


 やがてふき出した声は、家の中全体に響くような大笑いに変わった。なにがそんなに面白かったのか、大おじさんは愉快そうに、天井を仰いで笑い続ける。ほかの人たちも呆気にとられてそれを見ていた。

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