冷やかしで来たつもりはない。好奇心はあったけど、不思議に対して真剣に向き合うつもりだ。それでも、祭壇の奥に立つ座敷わらしが俺を睨みつけてきているように思えた。
圧倒されて膝が震える俺の前で、優斗はヒョイヒョイと座布団を出す。
「これに座って」
「あ、あぁ──」
ギクシャクしながら正座し、背筋を伸ばして祭壇に向き合う。対して優斗は、リラックスした表情で座布団に飛び乗った。
笑顔さえ浮かべたまま、大きく口を開く。
「座敷わらし様、ただいま戻りました! 長く家を空けておりました無礼をお許しください! 本日は友だちも連れてきました! しばらく泊めることになったので、友だちにもご加護をお願いします!」
まるで小学校の集会で聞いたような言い方に、ちょっと笑ってしまう。
だけど直後に肘でつつかれ、チラチラと目配せする優斗の合図とその意味に気づき、俺はまた背筋を伸ばす羽目になった。俺もこの祭壇に挨拶をしろってことだ。
乾ききった口の水分を掻き集め、必死に飲み込む。
耳の奥でゴクンと嫌な音がした。
「稲本──稲本陸、です。二週間お邪魔します」
頭を下げながら、ぞわぞわと、全身の毛がじっくり逆立っていく感覚があった。
名前を言ったからかもしれない。
悪い霊や神様に名前を知られたら神隠しに遭うとかって話を、どこかで見た気がする。俺はそれを想像したんだろうか。幸運を運んでくる座敷わらしを相手に失礼な話だと、自分でも思う。思いながらも、俺はしばらく、顔を上げられる気がしなかった。
そんな俺の隣で、優斗は元気に立ち上がる。
「よし、挨拶終ーわりっ! 陸、俺の部屋行こう! 離れの二階!!」
「え、いやでも」
「家族への挨拶は昼飯の時で大丈夫! ほら!」
優斗に手を引かれ、大おじさんには会釈だけして通りすぎる。さっきの大おばさんもだけど、あまり俺に関心がないみたいだ。二週間お邪魔する側としては、ちょっと気まずい。
一度土間に戻って荷物を取ると、式台の左右から伸びる廊下に入る。そこを抜ければ、優斗たち家族用の離れに向かう通り土間があった。
いくつも置かれているサンダルの上に、優斗が飛び降りて振り向く。
「いっぱいいろんなことしよう! 今日から夏休みだぞ!」
待ちきれないとばかりに声を張り上げた優斗に、笑ってサンダルを履く。そう、夏休みだ。座敷わらしに怖がってる時間だってもったいない。
□ ■ □
離れのリビングにいた優斗のお父さんに軽く挨拶をしたあと、忘れない内に、ここまでのことを日記に書いた。せっかく座敷わらしが出る、超絶お金持ちの家に泊まりに来られたんだ。これを小説に活かさない手はない。
小説の練習がてら普段から物語調に書いているこの日記が、最終日にはどんな結末を迎えているのか、考えるだけでもワクワクが止まらないのが現状だ。
日記を書きながら優斗のゲーム実況を聞いていたら、すぐに昼食の時間になった。
食事は全員でとる習慣だと言われ、一階に降りる。優斗のお母さんから渡されたいくつかの大皿料理を持って母屋に渡ると、襖が開け放たれて、長い大広間が出来上がっていた。
だけど机が置かれているのは、応接セットを中心に左右一間分くらいだ。親族全員が座るにしては、少し手狭な気がする。
そこに、しかめっ面のおじさんがやってきた。
「まったく、毎年のことだが今日は家が寒々しいな。役に立たないのに権利だけは主張して、年に二回も家を空けるなんてとんだ穀潰しだ。帰省なら自分だけ帰ればいいものを」
ぶつぶつと文句を垂れ流しながら、手に持っているのは大量のやきそばと野菜炒めだ。レンジで温めた直後なのか、ラップがべったりと密着している。
年齢は母さんたちと同世代か、もう少し若いかもしれない。だけど眉間に皺を寄せているいかにも気難しそうな感じが、前世代のおっさんという雰囲気だった。正直、苦手なタイプだけど、優斗はさすがに慣れてるのか、ニコニコと声をかけた。
「武おじさん久し振り。れいちゃんたちは今朝出かけたの?」
「ん? ああ、優斗じゃないか。今日はお前が帰ってくる日でもあったな。隣にいるのが、話に出ていた友だちか」
武と呼ばれたその人は優斗に気づくと、どっかりと腰を下ろした。態度が悪い。
一応会釈をしたけど武さんは見もせず、煙草に火をつけながらまた文句を言う。
「うちの女たちなら昨日、幼稚園から帰ってすぐ出発したよ。おかげで昨夜から、うちが出せるのは作り置き料理ばっかりだ。恥ずかしいったらない」
「作り置きしてくれたことに感謝しなきゃ。海岸沿いの帰省、そりゃ楽しみだと思うよ」
「女腹が帰省なんて厚かましいったらない」
優斗のフォローもまったくの無視だ。この人は絶対嫌な奴だと確信した。
話の流れからすると、たぶん武さんの奥さんと子どもは、昨日から帰省中なんだろう。一人で残った理由は知らないけど、ひどい言い様だ。
優斗もそれ以上話しかけることもなく、武さんとは少し離れて、応接セットを挟んだ逆側の机に移動する。
「あの人は大おじさんの息子で、うちの跡取り」
「性格に難あり?」
こそこそと耳打った質問に、にんまりとした笑みが返る。正解らしい。
そこに、ドタドタと大きな足音が響いた。
「優ちゃん、おかえり! 武、ご飯の前に煙草なんて吸わないでよ、クサいんだから!」
大声でやってきたのは、大おじさんによく似たおばさんだ。丸っこい体型で畳を踏みならし、持ってきた料理を豪快に机の上に並べていく。三科家では持ち寄ったメニューの中から、好きなものを取り分けていく食事スタイルらしい。ちょっとしたバイキングだ。
優斗のお母さんは、さらに炊飯器と給湯ポットを持ってやってきた。こういうものまで所狭しと並べられていく光景は、まるで学校の合宿だ。だけどここにも、賢人さんの姿はない。やっぱり別に暮らしてるらしい。
それにしても、親戚全員が一緒に暮らしているにしては、人数が少ない。
「陸?」
優斗が俺を覗き込む。変な顔でもしてたのかもしれない。
「あ、ごめん。……親戚全員にしては、なんか人数少ないなって」
「すごいな、そこに気がついたんだ!」
食事の準備が進められていくのを横目に、先に二人で着席させてもらう。座る場所は決められているらしい。
手近なヤカンでお茶を淹れてくれた優斗が、ええとと言葉を探した。
「親戚全員って言っても、男系って言うの? 男の家系だけが一緒に住んでるんだ。お嫁に行くと、帰省はしてくるけど一緒には住まない」
「そうなんだ。じゃあ最初に会った、大おばさんって人はずっとここに……?」
「あ、あの人は例外。一番最初に子どもができて、しかもそれが男だったから、結婚後もここに住んでるんだ。旦那さんとも死に別れたって」
「じゃあ離れのどれかが、大おばさんの家?」
「ううん。大おじ、大おば、俺のじいちゃんは母屋……ここに住んでる。大おばの息子さんは、うちと逆側にある離れに住んでるよ。──変な家だろ?」
眉毛をハの字にして笑う優斗に苦笑いしつつ、全面同意する。
男だ女だと、ここまで意識している家も今じゃめずらしい気がする。もちろん新しく家族ができても実家に住み続けるなんて特徴がある時点で、充分めずらしいんだけど。
話を聞いている内に、どうやら全員集まったらしい。大広間が騒々しくなっていた。
中央の応接セットには大おじさんと大おばさん、優斗のおじいさんらしい人。俺たちの机には優斗の両親と、痩せ型で無口そうな、ちょっと渋いおじさんが座った。
逆側の机は、大おじさん似ではあるけど体型の違うおばさん三人、それと文句を言い続けている武さんだ。
俺を合わせて十三人。だけど応接セットの一角、優斗の隣には空席があった。
ほかの席は空のお皿とお箸が並んでいるのに、そこだけはおかずや白米が盛られた皿が置かれていて、妙に目を惹きつける。
「なぁ、そこの席は誰が座るんだ?」