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第2話

 山の中は蝉の鳴き声であふれていた。


 待ちに待った夏休みだ。終業式の夜から通学用の優斗宅に泊まり込んでいた俺は、朝、迎えに来た優斗のおじさん──正確には少し違うらしいが、とにかくその人、賢人さんの車で三科家の本宅へ向かった。もちろん優斗のお母さんも一緒だ。


 車で三十分と聞いてたけど、四十分はかかったと思う。途中からは車一台がやっと通れる道で、舗装もガタガタ。大きく揺れるたびに俺たちはギャーギャー叫んでみせた。


 三科家の本宅が想像以上に大きかったのも、俺のテンションをさらに煽った。別にマンガに出てくるような大豪邸ってわけじゃない。山道を走った行き止まりに建つこの家には、西洋風の大きな門もないし、手入れの行き届いた庭があるわけでもなかった。


 ただ、ひたすらに大きい。


 大きな玄関が中央に構えられた純和風建築の平屋は、一目見ただけで充分広いことが分かるほど横に広い。俺の住んでいる地域も平屋はよく見るけど、この家は圧倒的だった。


 さらに驚いたのは、この平屋を囲むように三軒の二階建て一軒家が建っていたこと。どう見ても4LDKはある。その上、どれも平屋と廊下かなにかで繋がっているらしいことだ。正直、なんでこんな形になっているのか、意味が分からない。


「なんっだこのデカい家……」


 思わず口を開けたまま見上げてしまう。


「とりあえず荷物、玄関に入れて。陸が泊まるのはうちの離れだから、あとで運ぼう」

「離れってまさか……あれのどれかってこと?」

「そだよ。俺の家族が使ってるのは左の離れ。ほかの二つは別の家族が使ってる」

「……俺の知ってる離れじゃないんだよなぁ」


 これを離れと言える優斗の感覚に、つい引きつってしまう。こんな家に住んでるのに、本当に誰も働いていないんだろうか。そんな疑問は、さすがに口に出さない。


 とにかく荷物を家の中に運ばないとと、この日のために買ってもらったスーツケースを賢人さんから受け取った。服以外にもたくさん詰めてきたから、かなりの重さだ。地面に置いたときに前のめりに転びそうになったところを、賢人さんが支えてくれた。


「積んだときも思ったけど、こりゃずいぶん重いなぁ。ゲームと夜更かし用のお菓子?」

「やー、はは……」


 中身もすっかりバレたらしい。大笑いされ、楽しんでくれと背中を叩かれた。


 賢人さんは父さん達よりは年下だろうけど、それでも三十歳にはなってるくらいのおじさんだ。なのに車での移動中も妙に話しやすくて、一緒にいるのが苦じゃなかった。いい意味で大人らしくなくて、俺たちの話にもノリよく返してくれるのが嬉しい。


「賢人さんは話しやすいだろ。うちで唯一働いてるから、世間話もできるし」

「働いてる人がいたのか!?」

「うん、一人だけな。でも賢人さんはうちの人って言うか──あっ!」


 玄関の引き戸をくぐると、優斗が声を上げる。


 大きな土間をコの字型の広い式台が囲んでいた。その右側の式台に、着物姿のおばあさんが一人立っている。


「大おばちゃん! ただいまぁ!」

「お帰りゆうちゃん、三か月ぶりねぇ。そちらがお友だち? 二人ともすごい荷物!」


 ちょっと不自然なくらい髪を真っ黒に染めたその人は、鈴を転がすように笑った。大おばちゃんってことは、おじいちゃんの兄弟だったりするんだろうか。


 吊り目がちょっとキツそうにも見えるけど、いかにもお嬢様育ちって雰囲気がある。


「おばさん、お久しぶりです」


 俺のうしろから、賢人さんから違和感のある言葉を聞いた。


 優斗の家は、親戚みんなが一緒に暮らしてるって話だ。なのに久し振りなんておかしい。それに大おばさんは、はっきりと無視して優斗に目を向けた。


「さ、帰宅のご挨拶に行きなさい。それでなくてもゆうちゃんはご加護が薄いのだから、きちんと戻ってきたことを報告しないと」

「うん、今から行くところ!」

「え……挨拶って……」

「賢人さん、今日はありがと! 明後日くらいに遊びに行くよ!」


 手を振りながら、優斗は目が白黒している俺を強引に引っぱって行く。一瞬振り返ったその先で、再び車に乗り込む賢人さんが見えた。


 やっぱり、ここに住んではいないようだ。なにか事情があるのかもしれない。


 二週間もいれば、その内聞けるタイミングがあるだろう。そう思って、玄関から改めて三科家を見回した。


 式台と屋内を仕切るガラス引き戸を開けると、客間とでも言えばいいのか、応接用の重そうな机や座椅子が置かれた大きな和室がある。そこを抜けてさらに奥の襖を開けると、気難しそうなおじいさんがちゃぶ台を前に座っていた。


「大おじさん、ただいま!」

「優斗か、よく帰ったな。──さ、わしへの挨拶は後でいい。先に奥へ」


 この人も、急かすように奥へと進めてくる。なにがあるんだ?


 優斗が奥へ続く襖を開けると、そこは暗い部屋だった。何本かのろうそくだけが、ぼんやりと中を照らしてる。


 ──大きな祭壇がそこにあった。


 派手な布がかけられた、階段状の祭壇だ。ろうそくや線香立てのほかには、たくさんの花やお菓子、おもちゃ、ジュースや果物なんかが崩れそうなほど盛られてる。まるで誕生日とクリスマスを一緒に祝ってるようなそれを見て、俺はやっと理解した。


 三科家の人間が、誰より先に挨拶をしなければいけない相手。それは座敷わらしだ。


 母さんは、三科家は座敷わらしを祀ってると言っていた。だけど俺はまさか、こんな祭壇まであるとは思ってもいなかったわけだ。


 急に、全身から冷や汗が吹き出るのを感じた。

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