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しろくま

「あ~アイス!」

 フローリングの上にごろっと転がって、そいつがいきなり叫ぶ。

「なんだよ」

 ベッドに座って呆れ声をだすと、あわれっぽい目つきでこっちをみた。例によって長い足を投げ出している。大学じゃいい感じのイケメンで女子に人気あるのに、なんでいつもここにいるんだろう――と去年は思ったものだったが、二年目になると当たり前になってしまった。


「アイス喰いたい」とそいつがいう。

 思わず冷蔵庫をみてしまうが、中身が空っぽなのはわかってる。自分の冷蔵庫なんだから。

「おまえんとこにはないのかよ」

 そいつはフローリングから顔をあげて、ひとこという。

「ない」

 ちょっと呆れつつ、こういってしまうのもいつの間にか身についた習性だ。

「買いに行く?」

「暑いだろ、外……」


 またあわれっぽい目つきでこっちをみる。ちょっと犬っぽい、と思う目つきだ。大学でこんな顔をしてるのは見たことないのに、いったい何なんだよ。

「でもおまえアイス喰いたいんだろ? 暑いから」

「アイス買いにいくあいだに、溶ける……」

「溶けねえよ」

「溶けるよ」

「うちアイスないし。おまえが溶けるんなら俺も溶ける」


 そいつのためにひとりでアイス買いにいくなんて論外だから、こういった。そいつはフローリングに転がったままため息をつく。

「そうだよな。大吉アイスも暑さには……」

「はぁ、大吉アイス?」

「ここんちのアイス。大吉くんちのアイスだから大吉アイス。縁起がいい」

「何いってんだよ。俺は買いに行かないぞ」

「だよね。わがままいっただけだから」

「いうなよ」

「いいっしょ」

「なんで」

「大吉くんだから」

「そういうときだけ俺の名前いうか」

「うん」

 フローリングからぐっと腕が伸びる。


「なに」

「こっちきて」

「なんで」

「床の方がつめたいって」

「おまえの手が熱い」

「いいから」

 何がいいんだ、そう思うのに、結局床にずるずるひっぱられる。ここにはエアコンの風が這うように吹いている。


「夜になったらコンビニ行こう」と耳のすぐ横でそいつがいう。

 おいおい、夏休みになったからって、うちにずっと居座るつもりか――と、言葉が出る前に先手を取られる。

「大吉くん、アイス何買う?」

「コンビニ行ってからきめる」

「好きなアイスは?」

「耳の横でいうなって」

「何で?」

「くすぐったいから」

「大吉くんは敏感だなぁ」

「悪いかよ」

「まさか、逆だよ。さすが大吉くん」

「なんだよそれ?」


 また、耳のすぐ横でふふふっと笑われた。そのまま並んで寝そべって、日が暮れるまで天井をみている。


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