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こたつ下の攻防

 そいつは部屋にあがりこみながら「こたつ、こたつ」と嬉しそうに唱えた。

 一言の断りもなくクッションに尻を乗せ、足をつっこむ。こたつ布団を胸のあたりまでひっぱりあげる。

「いいねえ。あったかい」

「なんだよ、この前は馬鹿にしてたくせに」

「そうだっけ?」

「花粉がこれだけ飛んでるのにまだこたつかよ、って」


 自分の口真似が混ざった文句を聞いても、そいつは一見邪気のない顔で「そりゃ、時と場合に応じて臨機応変にならないと」と答えるだけだ。そして臨機応変さを証明するように、こたつ布団を持ち上げて顔まで中に埋め、くぐもった声でいう。


「なんで今日こんなに寒いの。雪がふりそうじゃない」

「寒の戻りだって」

 答えながら、ついポットからふたつのカップに紅茶を注いでしまうのは、この一年のあいだに身についてしまった習性というやつだ。

 それにしてもこのカップはいつのまにこの部屋に居座るようになったんだろう。自分が買ったわけでもないし、いつ持ち込まれたのかも覚えていない。もとからあった自分のカップは無地の青だが、そいつのカップにはアルファベットがお洒落な模様を作ってる。何て意味なのかはわからない。英語じゃないからだ。フランス語? イタリア語? まあなんか、そういうやつ。


「明日から四月だぜ? 寒の戻りって、なんでわざわざ戻ってくんの」

 紅茶を吹きながらそいつがいう。

「俺に聞くな」

「授業っていつからだっけ?」

「五日だろ。その前に学科のガイダンス」


 自分もこたつに足をつっこむと、つま先が障害物に触れる。邪魔だと思いながら方向を変えると、今度はそっちに妨害が来る。

「おい、やめろって。ひとのこたつでなにやってる」

「こたつ陣地合戦」


 あのな、と思いつつ、すこしだけ意地になる。靴下と靴下が押し合って、つぎに脛がひっかかるが、そいつはこたつ布団の下の攻防をよそに紅茶をずずっと啜る。まったく、なんなんだよ。

「ね、大吉くん」

 そして唐突に名前呼び。


「名前で呼ぶなって」

「なんで? すごく縁起のいい名前なのに」

「恥ずかしいんだよ。小学生のころから俺は恥ずかしい思いをしてきたの」

「そっか」

 余計なことをいうから足元の戦いに油断が生じた。それを見て取ったように、そいつはニヤっと白い歯をみせながらさらなる攻撃をしかけてくる。

「来月からもよろしく」

 予想外のせりふに自分の飲み物を噴きそうになった。


「だったら戦争やめろよ」

「やめてもいいけど」

「足の長さ自慢もやめろ。おまえの足、長すぎる」

「じゃ、こうしていい?」

 どうするんだと聞き返す暇もなく、膝に足が乗ってくる。

「平和条約締結ね」

「どこが平和だ。足を短くしてからいえ」

「え、無理」

 そいつは悠々といって、紅茶のカップをこたつ台に置く。


 来月からもよろしくなんて、今さらいわれてもこそばゆいだけだ。膝の上の足は重くて、あたたかい。どうして振り払う気になれないんだろう。ふたつ並んだカップを眺めながら、体の中も外もほんわかするのを感じている。



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