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「この部屋、いつも暗いね」と隣に座る男が言う。

「びわの木があるんだ」


 思い出してひさしぶりに窓を開けると、濃い緑のぶあつい葉が部屋の中に侵入してきた。エイリアンみたいだった。あわてて閉め、エアコンをつける。外は暑すぎるくらいなのに、これは古い機械で、効き目もあやしい。音もうるさかった。


「枝を切ればいいのに」気がつくと隣で男が笑っている。

「大家さんのものだぜ」

「びわって、実がなるだろ。食べられるのかな」

「たぶん。食ったことないけど」

「今度取ってみろよ。食べてみたい」

「来年になってしまう」

 隣で男が笑った。「いいじゃん。来年で」


 実際は来年までもたなかった。びわの木ではなくアパートが、だ。シロアリが出たとかで急に取り壊しがきまり、引っ越さざるを得なかった。古くてボロだったが、何年も住んでいて愛着もあったので、残念な気がした。

 ボーリング場のベンチで、隣に座った男が物問いたげにみる。

「引っ越し先どこよ」と聞かれた。

「まだ決めてない」

「大家さんが紹介してくれるとか?」

「不動産屋には行ったけど、あまりぱっとしなくてさ」


 ふうん、とうなずく気配がして、少し間があって、さらりと言われた。

「一緒に住んだらいいと思う」

 相手の顔を見ずに「そうかな」と言う。

 すると隣の男は「そうだよ。安く上がるし、いろいろ便利だし、一石何鳥かになる。鳥がたくさん飛ぶ」と力説した。

 思わず笑って、隣の男の顔をみた。

「大丈夫かな」

「大丈夫だよ」

「はやりのルームシェアで? タバコはどうしよう」

「ベランダつきにすればいい。2人なら広いところが借りられる」


 隣の男はすっかり乗り気のようだ。不安もあったが、嬉しかった。

「いいかもしれない」と口に出してみる。

 急にこれ以上の解決法はない、という気分になった。

「じゃあ善は急げで、探そう」と隣の男が言う。そして思い出したように付け加えた。

「びわの実、おしかったな」

「もしかして、期待してた」

「少しね」


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