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九月・焼き茄子の日々

「すいません。連休のあいだ、おれ、いません」

 申し訳なさそうな顔で瀬川がいった。

「なにかあるの? 旅行?」

「ええまあ、親と。九州の祖母の家に行ってきます。じいちゃんの墓参りに」

「そうか。お彼岸だな」


 今日もぼくは茄子を焼いている。じつは最近ぼくは焼き茄子に開眼したのである。

 子供の頃はどちらかといえば嫌いだった野菜を好きになることもある。茄子も最近はいろいろな種類がスーパーに並ぶので、ひととおり買って、とにかく焼く。丸ごと焼き、スライスして焼く。焼いた茄子は、アツアツを醤油と鰹節とおろし生姜で食べてもいいし、冷蔵庫で冷やしてめんつゆをかけて食べてもいい。焼きたてに粉チーズをかけてもいいし、仕上げにバターを溶かし、醤油をかけても悪くなかった。


 茄子に開眼したきっかけはバーベキューだ。これも正直にいえば、ぼくは野外のバーベキューは全然好きではなかった。リア充パリピどものお遊びだと馬鹿にしていたところがある(院生室の鍋パーティは進んで参加していたのだから今思うと勝手ないいぶんだが、ぼくは蚊に刺されやすい体質なのだ)。ところが、このまえ瀬川に誘われていったキャンプ場でのバーベキューがすごく……すごくよかったので、宗旨替えをしたのだった。

 人間とは単純なものだ。とにかく、茄子は美味い。


「先生、聞いてます?」

「うん。聞いてるよ。墓参りだろ? 行ってきな」


 なんとなく不満そうな気配を感じた。ふりむくと瀬川はぼくのまうしろで口をとがらせていた。もう立派なサラリーマンなんだから──まだ一年目とはいえ──そんな顔をしなくても、と思ったものの、「理由を聞いてくれ」とマジックで書いているような表情である。しかたないな。


「どうしたんだ?」

「先生、おれと来たりしませんよね」

 ぼくは茄子をひっくり返す手をとめた。

「うちの親は大丈夫ですよ。先生のこと知ってますから。先生として」


 いやいや、それはないだろう。どうして予備校教師が元生徒の墓参りについてくるのか。


 最近、瀬川はときどきこんな話をするようになった。母親がBLドラマにハマって、メッセージアプリで萌えを語るようになったのがきっかけではないか、とぼくはにらんでいる。それに瀬川がいったとおり、瀬川のご両親はぼくのことを知っている──とくにお母さんは。受験で面倒をみた教師として、その後もちょっとした出来事があって、お中元を贈ってくれたりするのである。


 しかしぼくは何となく彼らにうしろめたさを感じている。瀬川と知りあったのは彼が高校三年の時で、その時のぼくらは今のようなつきあいをしていなかった。そして今の瀬川は社会人で、自由意志のある大人なんだし、ぼくらは後ろ暗いことをしているわけではない。それでもぼくらの関係は家族にオープンになってない。ぼくはそうしたいと思っていない。


「瀬川君、ぼくは墓参り旅行の引率はしない。おじいさんがびっくりして生き返るかもしれない」

 瀬川がうしろからのぞきこんだ。

「やっぱ嫌ですか?」

 ぼくはだまって茄子をひっくりかえした。しんなりして、両面にきれいな焦げ色がついている。食べごろだ。


「今回はひとりでお墓のおじいさんに報告してみろ」

「はい?」

「生き返ってこなかったらそのうち考える。茄子ができたぞ」


 皿をとるためにふりむくと、瀬川は考えこんでいるような、ぼうっとした表情をしていた。ぼくは茄子を皿に盛る。今日は基本に立ち返り、醤油と鰹節で食べることにする。





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