翌日の午前九時、十分前ぐらいに探索者事務所に到着した。いつでも出られるように完全武装……と言っても以前まで使っていた厚手の服や膝パッド肘パッドを装着し、槍を持った爺さんが一人のんびりと時間を待っているように見える。これがダンジョン災害が始まる前なら一発で警察を呼ばれそうなものだが、探索者があつまる所であることと、それなりの武装を持った探索者が出入りする場所でもあるので奇異の視線で見らている、ということはない様子だ。
「昨日、今日の午前九時にお約束した野田ともうします」
「あぁ、来られましたか。もう少し待っていただけますか。係の者が少し遅れて来るらしくて、その間少しお時間を取らせてもらうことになってしまいます」
「いえ、大丈夫です。では待たせていただきます」
どうやら保護者が遅刻しているらしい。あんまり送れるようなら保護者なしでダンジョンに潜ることも考えたが、遅れる時間にもよる。十分や二十分ならこの年だし問題ないが、一時間も遅れるようなら社会人として致命的だろう。
今日はいい天気なのでうつらうつらとしてしまい、気が付くと二十分が経っていた。
「すいません、野田五郎さんでお間違えないですか」
丁寧な言葉遣いの女性に声をかけられる。ポニーテールのよく似合う、ゴルフ場でキャディをしていそうなイメージの髪の長い女性だった。
「はい、野田五郎は私です」
「よかった、合ってました。本日試験……というか、野田さんが探索者として活躍できるかどうかを見定める役割を追いました、庄司結愛といいます。本日はよろしくお願いしますね」
手を出してきたので握手ついでに立ち上がらせてもらう。年齢は沙理奈よりは年下に見える。結構若い。
「本日はよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。現地までは徒歩になりますが大丈夫ですか? 」
「一キロメートル程度だと聞いていますので大丈夫です。ダンジョンでは丸一日歩いた経験もありますから」
「ダンジョンで……以前ダンジョンに潜られたことが? 」
「そうですね、ここで立ち話もなんですし、そのへんは歩きながら追々話していきませんか。その間に読み取られる事項もあるでしょうし、それで認めてもらえれば結構ですから」
そういうと立ち上がり、建物から出る。さて、どっちへ行けばいいのかな。
「一キロメートルとは聞いてましたがどっちに一キロメートル進めばいいのかを聞いていませんでした」
「こちらです、ついてきてください」
庄司さんの先導で”鉱山”と呼ばれるダンジョンへ向かう。道中で、ダンジョンに居ることになった経緯やを軽く話す。流石にマツさんのことは言えないため、戦闘しながら自力でなんとか帰っていた、という具合に話はぼやかせてもらった。
「なるほど、では野田さんが一部で噂になってるダンジョン帰りってことですか」
「そんな噂があるんですか」
「充分高年齢なのに我々と同じぐらいに動けるご老体が最近増えた、という話で、何処かのダンジョンでこっそり暮らしていたのを上層部が保護して連れ帰ってきた、という噂です」
どうも断片だけが伝わっているらしい。実際はもっと複雑な話なんだが、噂話としてはこれで充分なんだろう。
「だとすると、私がそのダンジョン帰りで間違いないと思いますよ」
「やっぱりですか。ちょっと前にも同じようなケースでお年寄りのダンジョン探索に同行してくれないか、という話がありまして私もそれに参加したんですが、びっくりするほど戦闘慣れしていて私たちが引率されてるんじゃないかと思うぐらいでしたよ」
「だったらその人、知り合いかもしれませんね。誰だろう」
シゲさんか、タカさんか、スギさんか。それとも第一戦闘パーティーに居た人か。何にせよ、あのダンジョンで生き抜いてきた古強者たちだ。ダンジョンの怖さもモンスターの厄介さも解っていることだろうし、今回も驚いてもらうことにするかな。
おしゃべりをしているうちに”鉱山”へたどり着いた。”鉱山”と名前が付いているが、見た目はダンジョンであるようで、入り口をきっちり探索者で固めていてモンスターが中から出てこないようにきちんと監視しているらしい。
受付で庄司さんがあれこれ説明をしている。やがて受付の了解が取れたのか、ネックストラップを持って来られて身に着けるよう促された。
「これ、今日の仮探索者証明書です。本日発行本日限りなので、それをつけてる限りは合法的に”鉱山”に入ったことになりますよ」
「許可がないとは言ってはいけないことになっているんですね」
「ええ、安全を担保する為もそうですし、違法採掘……つまり勝手に入っていって魔石を集めたり、”鉱山”を踏破して破壊しないように厳重に管理するための物です。今日一日だけですが、無くさないようにしてくださいね」
念入りに全身のチェックを済ませると、”鉱山”の中へ入る。出入口は今までいたダンジョンと同じような物らしい。
やはりダンジョンの中は異空間になっているようで、ここが街のど真ん中にあるとは思えないほどに広く、そして同じような見た目だった。明かりは必要なく、マツさんのゲルがあったダンジョンの三層のように明るい。
「ここからはもうダンジョン内部ですので気を付けて進んでください。一応私が斥候系のスキルを持っているので、モンスターが近づいたら警告します」
「出てきたモンスターを倒せばいいんですよね。解りました」
「では、まずは浅い所から順番に潜っていきます。お疲れ様でーす」
出入口付近で監視とモンスターが出てこないように警備をしているのか、複数人の探索者に挨拶を交わしながら奥へと進んでいく。このダンジョンの一層は洞窟のようになっていて、少し奥に入るといくつにも道が分かれているらしい。これは未知を覚えないと迷子になるな。庄司さんが来てくれっていて良かった。
さて、ここのダンジョンではどんなモンスターが出てくるのかな。楽しみである。