目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第43話:決着

 三人で少し酒を呑み、短い再会と今後の別れの杯をかわした。あまり強くない沙理奈は早々に眠ってしまったので、純一君と二人、飲み続ける。


 どうやらいつあのことを言いだすのかビクビクしているのか、手も少し震えている。酒で手が震えるような様子を見せる娘婿ではなかったはずなので、酒に酔うこともできずにシラフの状態でずっと酒を酌み交わしている状態なのだろう。


「純一さん、縁側で飲みませんか」

「は、はい。今行きます」


 居間から庭に出て、そっとふすまを閉めて、うっかり沙理奈が聞いていないようにぴったりと閉じ、音が漏れないように注意する。


 純一君は俺との距離を離して飲もうとするが、俺のほうから距離を積めて真横に座る。純一君はもう逃げられないと察したのか、諦めて俺の横にピッタリ座る。


 純一君の逃げ場を無くした後、肩を組んで酒を注ぎながら小声で話し始める。


「上手いことやったな。この詐欺師め」


 ビクッと反応する娘婿。ものすごく怒られることを感じていたのだろうが、最初の一言はやはりキツイお説教から始まるのかと内心ヒヤヒヤどころか凍り付いてそれどころじゃないだろう。汗もかいてきたようだ。首筋に感じる体温の上昇と、伝わってくる首筋の心拍の速さから相当焦っていることが伺える。


「文句は地獄で聞くよ、だったか。なら今が生き地獄って感じだろうな」


 何も答えない。むしろここで答えるような豪胆さがあるなら、今後も沙理奈を任せても安心だろうというところだが、流石にそこまでは図太くないらしい。ますます縮こまって、このまま心臓が急停止して死んでしまったら俺が殺人で裁かれることになるんだろうか。それはそれで困るな。


「あれから色々あった。モンスターに襲われて、返り討ちにして、レベルアップして。腰もボケも肩も良くなった。もう心配させることは何もない、とまではいかないが結果的に俺の保険金で我が家も多少は上向いただろうし、俺もモンスターを倒すことで強くなって、頭もはっきり身体もしっかりしてきた。これは、あの時純一君が俺をあの場所へ放逐しなければ起きない事態だったと言える」

「その節は……申し訳ありませんでした」


 だんだん小さくなっていく声でそれだけ言うと、また縮こまる。この小さな度胸でよくもまああんな大それたことをしでかしたもんだなあと逆に感心するぐらいだ。


「俺はさ、実はもう怒ってないんだよな」

「へ? 」

「なんだかんだで物事が良い方向へ向かった。マツさんっていう人が居たんだけどな、その人が居なかったら今こうして俺はここには居ないし、こうやって一言言い返すこともできなかった。多分マツさんに出会わなければ、一日二日で死んでただろう。その人には感謝しても感謝しきれねえぐらいの恩をもらった。そんな人を俺は置き去りにして一足先に帰ってきてしまったんだけどな」


 純一君は俺の話にひたすら耳を傾ける。まるで、その話を聞くことが贖罪の一つであるかのように、静かに相槌を打ちながら。俺は話す。マツさんに出会ったこと、そこのコミュニティのこと、そして出会った人たちのこと。


「だから、あの時車から突き飛ばされて今こうしてここにいる。怪我はないどころか逆に治ってしまった。孫もまだ三人目は見てないが、後で見せてもらおうと思ってる。もう産まれたんだろ? 」

「はい、元気な男の子です。名前は流星ってつけました」

「現代風でいい名前だな。俺が居なくなった代わりにって、沙理奈は妙に大事にしてたりしないか? あいつそう言うところあるからな」


 純一君はうんうんと頷いている。だんだん身体がほぐれてきているようだ。保険屋に対しては申し訳ないという気持ちが残るだろうが、家族に対しての気持ちはこれでいくらか楽になっただろうと考える。


「本当に、申し訳ありませんでした。あんな騙す真似と、失礼を働いて。謝っても謝り切れることではありません。お望みなら、全てを話して警察にも行く覚悟です」


 真の意味での謝罪を今受け取ったと俺は感じた。なら、俺の言うことはもう一つだけだな


「全てを許す。おかげで得たもののほうがはるかに大きかったからな。保険屋には引き続き死んだことにしといてくれや。あと、親類縁者にもだぞ。俺は、竹中三郎はもう死んだんだ。ここにいるのは野田五郎っていう、竹中三郎さんによく似た、ただの爺さんだ」


 純一君のコップに酒を注ぎ、自分のコップにも入れる。


「これが別れの一杯であり、全てを洗い流す一杯だ。これを飲んだら全ては元通り。俺は死んで、純一君達は生きる。どこかでもし出会ったとしても他人のフリだ」

「はい……はい……」


 純一君は涙を流しながら注がれた酒を一気に飲み干すと、ふぅと息を吐き、そして憑き物が落ちたような顔でサッパリとしていた。保険金詐欺事件は迷宮入りのまま、これでうまくいったのだ。後は何も普段通り、いつもの生活が始まるのだ。そう思い、俺もコップの酒を一気に飲み干す。


「よし、飲んだな。これであの日の出来事はすべてチャラだ。全てを忘れよう、そして明日へ向かって生きていくんだ。沙理奈や孫たちのこと、よろしく頼んだぞ。もう詐欺を働ける人物なんていないはずだからな」


 最後にちゃんと言いつけておくと、なんとも晴れやかな気持ちになった。俺にとってもすべてが終わり、竹中三郎は今完全に死んだのだ。これからは野田五郎として新たなスタートを切ることになる。あぁ、いい気分だ。人生のしがらみを取っ払って、真の自由を得た感じだ。明日から心機一転、頑張ろうという気力が湧いてくる。


「お義父さんは……これからどうするんですか。身の振り方とか、生活とか」

「なに、そこは心配ない。こう見えて俺はあのダンジョンの中で槍振り回してゴブリン退治したりゴブリンの上位種倒したりしてきて、腕にはそこそこ自信があるんだ」


 俺は腕まくりをして、純一君に宣言する。












「義父さんな、探索者で食っていくことにしたんだ」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?