目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第41話:三日後

 三日は早かった。お互いにあの日からどうする? 俺は? と言い合うこともせず、己と向き合う時間が長かったのだろう。魔石集めのちょっとした会話にすら残るか行くかの選択の話は出ず、シゲさんやタカさんとすらそれについて話し合うことはなかった。


 残るか残らないかはともかく、お互いのモヤモヤを晴らすべく活動したためか、ここ二日は調子良く探索を進めることが出来た。もうすぐお別れだからとやる気が見られない、と言った人も中には居たが、それぞれ考えることがあっての結果だ。俺としては、後三日間はこのホームのメンバーなのだし、俺のスキルが効果的なのも今だけだという後ろめたさもあって、気合が入った狩りが出来ていたと思う。


 三日後、井上さん達はちゃんと来た。そして、前回よりも多い人数で現れた。こちらを威圧して移動を推奨するような狙いがあるのか、それとも単にこちらの人間を移送するのに護衛する人数が必要だと判断したかは解らない。


「みなさん、三日ぶりです。本日はお答えを聞きに来ました。また、それ以外にもこちらのコミュニティを抜けて街に戻る、という方々を護衛するためにちょっと大人数で来たという理由もあります」


 表向きはそういうことにしておけば理屈は通る。実際、マツさんだけを拾って帰るならこれだけ仰々しい人数は必要ない。おそらく護衛のために、というのも真実なんだろう。


 マツさんが代表として前に立ち、話し始める。おそらく俺と相談した内容全てを含めての立ち回りだろう。


「私は最後にどうするかを決めます。まずは皆さんがどうするか、それを先にお聞きしたいと思います。誰が残って誰が行くのか、それによっては私も回答を変える可能性がありますからね」


 これには二つの意味があるだろう。大事な人が離れるなら俺も離れていく。全員離れるなら俺も離れる。全員残るならマツさんも残る。それを見極める必要があるためにマツさんの決断は最後でなければならない。


「ワシは……街に戻りたい。新しい名前をもらって、何か仕事をもらって死ぬまで人の間で暮らしたい」


 最初に言いだしたのはスギさんだった。探索に手を抜いていなかったのは、もう最初から戻ることを決意していて、その間に残せるものを残していこうという決断がそうさせていたのだろう。


「俺は残る。あんな家族が近くにいると思うともしもどこかで出会っただけで吐き気がしそうだ」


 当然、残ると主張する人もいる。もう街に未練はないといった風の意見もあった。順番に自分の意見を言い、残る側と行く側、それぞれに分かれていき、俺の番が来た。


「俺は、街に戻ります。ここに未練がないわけではありませんが、街にも未練があります。それに、もしも街が嫌になったら……またここに戻ってきて本当に死ぬこともできるわけですし。まずいったん戻ってみてそれから考えるのでも遅くはないと考えます」


 はっきりと意見を述べ、戻る側の人の塊へ並ぶ。


「なるほど、そういう考えもありか……やっぱり俺も戻ろうかな」


 俺の考え方に触発されてか、やっぱり戻るほうに行く、と宣言しなおす人も居た。それはそれで考え方としてはありなので誰も止めはしなかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 最終的に、十人の老人が残ることになった。マツさんは全員の意見が出そろったところで最後の宣言をする。

「では私の決断ですが、条件付きで残るほうを選択したいと思います。条件と言っても変な地位を要求したり物品やそれらに付随する物を手に入れたりとかそういう物ではありません。そちらに利がある条件を提示した上で、私はここに残り続けようと思います」

「条件付き、ですか。聞きましょう」


 井上さんが身を乗り出し、マツさんの意見を聞く。


「今街で不足している物品で急遽必要な物資や私のスキルでしか手に入らないもの。それらと魔石を交換します。今後も必要になれば取りに来てくれても構いません。対価はそちら持ちですが、重要物資が手に入る可能性がある、というならば、皆さんを引き取ってきて対応をするだけの手間に見合った対価になると思います」

「ということは……やはりまだ、離れられませんか」

「気持ちもうれしいし井上君が頑張ってくれていることも十分に承知しているつもりです。だが、みんなに、俺の代わりに散っていった仲間たちの分も生きて、そして弔うにはあの巨大オークを倒すまでは終わらないと考えています。その気持ちが晴れるまでは、やはり私はここに居続ける必要があると思うんです」


 井上さんは下を向いて何かをこらえている。グッと手を握り締めた後、マツさんに向かって井上さんは意見をぶつけ始めた。


「マツさん一人が背負う必要はもうないんです。あの時スキルについてもっとよく調べなかったことも含めて、落ち度はみんなにあった。マツさん一人が生き残ってくれたからこそ、このダンジョンに手を出すことが出来なかった。生き残っただけでもマツさんは充分役目を果たしたんです。それでもまだ、あなたは自分を責めるんですか」

「自分を責めるかどうかじゃないんですよ。これはけじめです。このクソッたれた……失礼、どうしようもない世の中になって、人の命が軽くなっても、やはり私は十四人も大事な人材を消費させてしまった愚か者なのです。そんな自分に気をかけてくれる井上君には申し訳ないとも思っている。でもこれは、これだけは譲れない一線なんだ。それに、仮に全ての人がこのダンジョンから脱出をするとしたら、その後でここに連れて来られる人を誰が助けるんですか。それが出来るのは……これは自慢でもあるが、私のスキルぐらいなんだ。それを十全と言わずとも、それなりに活かしている。そしてこれからも街には協力をする。それではダメなのか」


 今度はマツさんが顔を上げて井上さんに自分に刃を向けるようなセリフを吐きながら思いのたけを話す。マツさんの目には少し光るものが出始めていた。


 井上さんはマツさんのそれに気づくと、マツさんに歩み寄って肩を掴みながら言う。


「今回はそれで納得します。でもいつか、近いうちに、出来るだけ早く討伐隊を指揮してここにやってきます。あの巨大オークを倒して見せます。その時が来るのを待っていてください。必ずあなたをこの穴倉から救い出しに来ます。それまでは……時々様子見がてら補給物資を引き取りに来ます。それでいいですか」

「ああ、約束だ。私のスキルの許す限り、そちらの欲しいものを魔石やドロップアイテムで変換できる限り提供することを約束する。今回はそれでいいか? 」

「納得しておきます。篭絡しきれなかったのは残念ですが、予防線はこれで張れました。叱られずとも褒められず、と言ったところでしょうが、これで松井さんの重要度はより跳ね上がったことになります。もしかしたらその貿易の約束のせいで私が考えているよりも遅れる可能性だってありますが、それも私の胸の中にしまっておきます。今回は……もしかしたらこんなこともあろうかと、車のほうにスペースを開けてあります。そこに少しでも、証拠になる物品を提供していただけるとありがたい」


 今後の取引確実さを求めるため、現代では手に入らないような代物を用意して、それを証拠として持っていくことで交易が成り立つ、と考えているのだろう。


「解った。今回は俺からのサービスとして何か出させてもらおう。品目は……とりあえず移動する全員が車に乗り込むのを見送った後でいいか」

「一人称が俺に戻ってますよ、松井さん」

「おっと……感情的になると時々こうなるんだよ」

「九年前から知ってましたよ」


 井上さんとマツさんが握手をする。これで成立、ということでいいんだろうな。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?