side:三郎
井上さん達は帰っていった。一層まで見送りに行ったマツさん。おそらく、自分が居ない内にこっちで相談が始まるだろうということで、一人で見送りに行った。
「どうする? 新しい戸籍でも用意するし、可能なら前の家族を探してもいいと言われたが」
「家族が生き残ってる保障もねえからな。どっちにしろ同じなら、まだ生活の空気が残ってる街の生活のほうが色々と便利ではあるかもしれねえな」
「しかし、マツさんがどうするかだよな。マツさんが行くってならワシらもいかにゃあならんべ」
「そこをどうするのか、マツさん自身もなやんでるんじゃないですかね」
それぞれが意見を出し合う。みんな意見は同じで、基本的にはマツさんが行くなら俺も行く、という意見は揺るがないらしい。
「でも、新しい生活か。ここでの新しい生活にもやっと馴染んできたと思ったんだけどな」
「三郎さんはどうだい、また家族に会いたいかい? 」
意見を俺に振られた。
「そろそろ三人目の孫が産まれてる頃なんだよな。顔を見たいかと言われればそうなんだが、俺の首に保険金かかってるからね。いざ戻って見たら保険金返せでまた家族の首が回らなくなるなんてことにもなれば迷惑がかかるし、ここはひとつ新しい戸籍をもらって別人として生きるぐらいしか道はないのかもしれないな」
「ウチのところもそうやね。捨てられたとはいえ、自分が帰りたいからって帰って家族に更に迷惑をかけるのは……残してきた家族には迷惑はかけたくないわねえ」
俺と美智恵さんは消極的な賛成、というところだろうか。新しい戸籍をもらって別人として生きるのはそれはそれとして、まだ生きているであろう家族に一目会いたいのは確か。ここでの生活は確かに不便だが、飯に困ったり金に困ったりしなくて済むのはいっそ利点でもあった。何かしらの仕事が出来れば飯にありつけるし、体の不調はモンスター狩りの手伝いによるレベルアップである程度克服できている。
もし街にもここのようにモンスターが存在するダンジョンがあって、魔石というエネルギー資源を取るためにわざと攻略を遅らせているダンジョンがあるならば、そこに潜って戦うことで日々の糧を得ることもできる。ここで出会ったのが縁だと、ともに戻る幾人かでパーティーを組んで潜っていけば効率もかなり良い。何より何度も潜った仲でもあるし、既にパーティーとしてある程度決まった連携が取れている。
ここで俺が戻る、と言った場合どうなるだろう。もし戦闘班が全員戻りたいと言い出した場合、いくらマツさんのスキルがあるとしてもやはり限界はあるし、人手が足りなくなる。いや、この際人手は少ないほうが世間的には正しいのかもしれないが、それにしてもマツさん本人がどうしたいのか、どうするべきなのかを聞いてから決めてもいいような気がするな。
しばらくそれぞれの意見を出し合う。中には、一貫してここを動かないつもりだし、死ぬならここで死ぬ、と決めた人もいた。どうせ戻って居場所を設けてもらってもやることはそれほどないんだ、だったらここで一生懸命自分の納得できるように死にたい、というのが彼の意見らしい。
「そもそも、我々としてマツさんが街に戻ることには賛成なのか反対なのか、それも聞きたいところですね」
「マツさんのことを考えたら……いや、それはマツさんに対する俺達のイメージの決めつけだな。それをマツさんに押し付けることはかえってよくない結果を出すことにもなりかねない。そこは考えずにいこう」
マツさんがどうするかは後で考えよう。全員が移動するならマツさんがここに居続ける理由は薄い。そしてマツさんが戻るなら、このダンジョンの攻略の優先度も上がるんじゃないか? という意見も出てきた。
そうなれば、ここに自分たちのように老人を捨てに来る人も居なくなるんじゃないか、そうすればマツさんも気にすることなく自由に動くことができるようになる。それでマツさんも肩の荷を下ろしていいんじゃないのか。
「俺たちの意見はそれぞれで持ってるとして、マツさんが帰ってきたらマツさんの意見も聞こう。そしてその上で全員がどうするかを決めるべきだ。三日後、おそらく皆を輸送するための車がたくさん来る。その時に帰るものは帰る、残るものは残るではっきり決めよう」
「そうさね。ただ、私らの意見として、マツさんがどっちの選択をするにしても我々はそれを尊重する、それだけは伝えてもいいんじゃないかね」
「それもそうだな。マツさんが帰ってきたらそれをまず伝えようか」
みんなの意見はほぼ決まった。後はマツさんがどう考えてどう行動するか。それによってまた気持ちを左右されるかもしれないが、それはそれとして自分の気持ちを大事にする。
俺は……孫の顔を見たいのは確か。そして義理の息子に一言言ってやりたい気持ちもある。殴ったりはしないが、そこまでする羽目になるほど追い詰めてしまった自分の呆け具合にも責任はあったのも間違いなくある。今はもうハッキリとした元気な老人であることを確認できるだろうが、当時の俺はかなり老人として限界に近かったのも拍車をかけたんだろう。これ以上家族を追い詰める気も復讐する気もない。
ただ、無事に生きているということだけを報告できればそれでいい。ただ、その為に今の環境を捨てるのか。そして、残る人たちにとって俺はマツさんの次に貴重な人材であるという立ち位置がその気持ちをグラグラと揺り動かしているのは確かだった。
これは、マツさんに相談をしてみようと思う。マツさんがどうするかではなく、俺がどうするかを決めるための覚悟の話し合いだ。その結果について、マツさんはおそらく引き留めはしないだろう。それがわかる分余計に辛い。だが、自分の覚悟を確かなものにするためにも必要な儀式であるように思えた。