その日は突然現れた。数人の新しい訪問者が来たのだ。しかも老人ではなく、若い人たち。夕食の途中だったため、全員で迎え入れることになった。マツさんが珍しく驚いた顔で訪問者を出迎えている。
「なんてことでしょう。懐かしい顔に出会いましたね。お互い老けたな、というのが挨拶でいいんでしょうか」
「お久しぶりです、松井さん。生きてると信じてましたよ」
「井上君、久しぶりです」
どうやら昔探索者としてともに行動していた井上という人らしい。前に話してくれた、一緒に生き残った仲間の井上さんのようだ。
「どうしてここまで来たんだい、私が生きているのを信じているのはともかくとして、よくここまで来れたね」「ここまで来れるように偉くなってみました。あの時の上官はもう戦死して居ませんしね。九年かかりましたよ、あれから」
「もうそんなになるか……いや、九年も良く生きてるな、俺も」
「あの後、松井さんのスキルについて色々調査したいという報告が上がりまして、検証するにも松井さんは行方不明。てんやわんやでしたよ」
「とりあえず、ゆっくり話そうか。ゲルの中に入ってきてもらおうかな」
「井上さん、ここは一体……」
井上さんに帯同してきた一人がダンジョン内に老人街が形成されていたことに驚きを隠せないでいる。
「そうだね、この松井という人が作り上げた、自治組織みたいなものだ。書類にあっただろう? このダンジョンには時々面倒を見切れなくなった人たちが自分の親や爺さん婆さんを捨てに来てる形跡があると。松井さんは彼らを保護して自活できるようにここでずっと頑張ってくれていた人だ」
「そんな優秀な人がどうしてこんなところに」
「それは積もる話になるから帰ったらまた話すさ。それよりも今は松井さんと話をするのが先だ。お邪魔して、構いませんよね? 」
マツさんは少し下を向いた後、上を見上げて目を閉じる。そして覚悟を決めたように井上さんのほうを向いた。
「立ち話も何ですからまずは中へどうぞ。ある程度家具もそろっていますし、落ち着いたところで話すほうがいいでしょう」
マツさんに連れられ、一行が中に入っていく。俺も含めて数名がゲルに耳を傾けて、話の内容を聞き取ろうとしている。俺も入り口からそっと中を覗いて、話し合う内容を盗み聞き……いや堂々と見えてるから立ち聞きさせてもらうことにしよう。
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side:マツ
私を探し続けてきてくれた……いや、違うな。このダンジョンで生き残り続ける策が何かあったとスキルの名前から判断して、九年間ずっと気にかけてくれたのだろう。
ゲルの中に招待すると、全員にコーヒーをふるまう。こんな所でコーヒーが……? とざわつく一向。唯一驚かない井上君だけが冷静にコーヒーを飲み始め、そしてほっとした表情になる。
「コーヒーなんて何年ぶりですかね。なんだか夢みたいです。こんな絶対生活圏から離れたところでコーヒーを飲んで帰ってきたなんて他人に言っても、仕事サボって夢でも見ていたのかと怒られるところですよ」
「コーヒーが飲めないならココアもありますよ。こっちも貴重品でしょう? せっかく来てくれたのにおもてなしが出来ないでは申し訳がないですからね」
【ネットショッピング】のスキルの内容を大まかには把握していたのであろう井上君はともかくとして、他の帯同者はこんなところでコーヒーにココアが出てくるということに驚きを隠せないでいるようだ。
コーヒーを飲んで感動し、ココアを飲んでまた感動している。どうやら予想よりも更に嗜好品の類は貴重品になっているらしい。例えばここでタバコ一箱出しただけでも宴会でも始めそうな勢いだ。
「やはり松井さんのスキルはいろんなものを買い求めることができるスキルのようですね」
「予想がついてるって事は、似たようなスキルを発現させた探索者が居るってことかな? 」
「そうなります。その人物は松井さんほどの汎用性はありませんが、【鍛冶屋】というスキルによって武具に関しては潤沢な装備を購入して提供してくれています。おかげで絶対生活圏を広める手伝いをしてくれています」
「彼のスキルでモノを購入する場合、何が必要になっているんだろう。通貨で通じるのかな」
「今のところは金属が通貨になっている形ですね。金属や鉱物の貴重さで金額が変わるらしいです。やはり貴金属の類が最も高く引き取ってもらえるようなので、現代では無価値になった宝石や金なんかを代償にしてもらってるところらしいです」
井上君も色々調べていてくれたらしい。そして俺のスキルについても、硬貨や貨幣ではなくもっと他の物を金の代わりにして商品を購入できるはず、そしてその代金が現金ではなかったのも彼自身が知っている。だとしたら後は魔石か、とあたりをつけたのだろう。それならば俺が生きのびてここで生活をしているかも、と周りを説得できるだけの地位に上って……大変苦労したんだろうな。
「ありがとう井上君、私一人のためにそこまで頑張ってくれて」
「松井さん一人、と言うのは語弊がありますね。あえて言うならここで散っていった十四人の分も含めて、と言うところでしょうか」
「そうですか……そうですね、そう言われると少しだけ肩の荷が軽くなりますよ」
私もココアを入れてすする。今から彼とは頭を使う話し合いになるはずだ。糖分は多いほうがいい。
「松井さんを探しに来たのは今回はついでです。表向きのここの偵察理由は、絶対生活圏の拡張が目的なのです。そのため、過去に探索に失敗して大きな犠牲者を出したこのダンジョンが現在どうなっているか、威力偵察は行わずあくまで上層が過去のデータと一致しているか、それを確かめに来ました」
「なるほど。では、こちらで持っている四層までのデータを再提出することで偵察任務は完了ですね」
「やはりお持ちでしたか。出来れば共有していただけると助かるのですが、こちらから出せるものがないんですよね。この建物もそうですが、ここにある生活品の全てはおそらく松井さんのスキルによるものでしょう? こちらとして松井さんに用意できる報酬は戸籍の復活とここにいる全ての庇護、ぐらいのものですが……松井さんたちはおそらくそれを望んでいませんよね? 」