目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第35話:日常 1

 side:三郎


「そんなわけで、トシさんは私の最初の一年半を共にしてくれた盟友にして、尊敬できる人でした。きっとあの人に出会わなかったら今もこうしてここにいたかどうかはわかりません。トシさん、今はみんながこんなに居るよ、元気に生活しているよ。まだ会いに行くには時間がかかるだろうけど、それまでゆっくり待っててほしいな」


 そういうとマツさんはもう一度手を合わせる。他のみんなも一斉に手を合わせ始めた。俺もマツさんの話をすべて聞き終えたんだな、と理解できた。改めてトシさんに手を合わせて心の中でお礼を言う。ありがとうトシさん、あなたが過去にいてくれたおかげで俺はこんなに頼りにされて、ちゃんと生きているという実感を保ったままここに居られているよ。


「さて、しんみりした話はここまでにしましょう。みんないつも通りのお仕事を始めますか」


 マツさんが解散の合図を出すと、みんなバラバラにそれぞれの方向へ向きだした。今日は狩りは休みの日だ。大名行列がある。マツさんの仲間の敵でもあり、そしてここにこうしてコミュニティが生まれた原因のモンスターは今日も元気に自分の存在をアピールするが如く、オークやハイオーク、多種のゴブリンを連れまわして二層から一層に向かって行軍をしている。


 偵察を終えて帰ってきて、水を少し貰う。何回見てもプレッシャーを感じてしまうあの大名行列はいつまで存在し続けるんだろう。我々で倒すことが出来なくても、いずれは救いの手がここまで伸びることがあるんだろうか。


 もしそうなった場合、このコミュニティも解散ということになり、各自自分の家に帰ることになるのだろうか。それとも、このダンジョンで引き続き暮らし続けることを選択することになるのだろうか。


 後者を選ぶ場合、マツさんがこの場に残ることが絶対条件になるわけだが、マツさんはもしここまで救助の手が伸びる、もしくはこの辺りまで絶対生活圏が復活した場合どういう行動をとるんだろう。それでもここに居続けるのか、それとも他のダンジョンを探してそのダンジョンで生活を続けるのか。


 ダンジョンの中に限らず、ダンジョンの外をうろつくモンスターを狩って魔石やドロップ品をかき集めて生存していくという方法も取れるが、それは内向きの問題である。


 これだけレアなスキルを所持して何年もコミュニティを維持してきたマツさんを世間が許すだろうか。自分だけ贅沢をして過去の栄光の産物でもある様々な物品や食料、インフラに関わる設備や建造用品なんかを目の前にして、黙って行かせることができるのだろうか。


 俺がそっち側だった場合、マツさんの確保は至上命題だと言ってもおかしくはない。どんな手を使ってでも自分の手元に置かせるためにあらゆる手段を講じるだろう。たとえば自分達を人質に使って交渉を持ち掛ける、なんてのもありだ。本職の探索者には遠く及ばないであろう我々の力では、おそらく制圧されるのは時間の問題だ。


 それになにより、我々はすでに死んだ人間である、ということも一つある。すでに死んだことになっている人間を殺したところで社会的に非難されることもないし、死体はダンジョンに放置しておけば後は自然に吸収されてなくなるのだから完全犯罪の成立である。


 そこまでやるぞと脅しをかけてもなお余りあるスキルの実用性がマツさんにはある。そう考えると自分たちの置かれた立場はそう良いものではない。出来るだけ足を引っ張らないように行動しないとな。その為にも……今日は無理だが、大名行列が終わった後二、しっかりと力をつけるべくモンスターを倒していかないとな。


「三郎さん、暇だったら洗濯手伝ってもらってもいいかね」


 声をかけられる。どうやら、暇だからボーっとしていたのだと思われていたらしい。


「ああ、いいよ。手伝うよ。お話があった分いつもより時間がないだろうし、分け合って手早く終わらせてしまおう」


 今日の洗濯担当はタカさんだ。俺は今日は偵察係で大名行列を見送ったため、丁度良く時間が空いている。同じ暇なら何か作業をしている方がサボっていると思われなくて済むし、仕事に集中していれば変な考えに頭を支配されないで済むだろう。


 全員の洗濯物が出される。下着・肌着から外へ着ていく装備まで色々だ。流石のマツさんでも、ここに洗濯機を導入するということは不可能だったらしく、今時洗濯板での手洗いにまで文明レベルが落ちてしまっているのは御愛嬌だが、洗濯できる水があるだけまだマシという物だろう。


 布が薄いものは丁寧に洗い、分厚目のものは中まで丁寧に水を吸わせて石鹸で洗う。これもネットショッピングにあった、よく落ちる石鹸という奴を使わせてもらっている。ほのかに花の香りがするが安いものだ。もっと高級な石鹸はあるのだろうが、そんなものを使っているかどうかよりも汚れが一番落ちるかどうかが大事だ。その点で言えばこの石鹸は優秀なものを使っていると言える。泡立ちも良く、香りが付着することでちゃんと洗ってもらったという確実な証拠にもなる。


 この環境、この事態でもあるし、男女の衣服のそれぞれを分けて男女で別れて洗濯なんていう贅沢も言えない。洗う担当のものが洗っていくという機械的な流れで変な欲望も出ずに洗っていく。お互い洗い合っているからか、忌避感を持つ人もこの中ではいないようだ。


 時代が時代で年齢が年齢ならお父さんと同じ洗濯で私の服まで洗わないで! なんていう子供もいるはずだが、ここは老人だらけの老人ホーム。そんな若い女性がいるわけでもない。娘にもそんな時期があったな、と懐かしさを思い出すな。やはりある一定の年齢になると父親の臭いというのは気になるのは何処の家庭でもいっしょなんだろうか。


 分厚い装備以外の革鎧だったり、布できつくしばりつけたような籠手なんかの濡らして洗濯できないものに関しては、【ネットショッピング】で購入した消臭スプレーを使って洗濯、ということにしている。一応表面なんかは綺麗に水で濡らした布でふき取るものの、内側まで回った根本的なにおいや汚れに関しては手が回らないのが実情だ。こればかりはたとえ洗濯機があっても綺麗にするのは難しいだろう。


 二人で洗濯をしたおかげでいつもの時間より少し早く終わったらしく、タカさんから礼を言われてさて、また暇になった。とりあえず夕飯まで横になっていようかな。たまにはゆっくり休憩することも日ごろの仕事をそつなくこなすための必要な儀式だと思えばこそ。横になっていると洗濯でそれなりに疲れていたのか、夕飯で起こされるまで仮眠をとることが出来た。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?