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第33話:トシさん 3 あとシゲさん

 トシさんと出会って数週間。二人は順調にモンスターを倒して魔石をかき集めては、必要物資に変更していく作業に没頭していた。どうやら【ネットショッピング】というスキル自体も、利用していくことで扱える品物が豪華になっていくことが判明した。


 甘い洋菓子がラインナップに上がった時は二人で小躍りしながらエクレアをむさぼり、今ではもう日本では手に入らないであろうチョコの風味と甘いカスタードクリームの味わいを覚えて天国へそのまま上ってしまいそうな雰囲気であった。


 トシさんは酒のほうもいけるクチのようで、安くてうまい酒を色々と知っていた。前後不覚に陥って翌日に響かない程度に酒を酌み交わし、二人で笑い、そして次の日の予定を決める。そんな毎日を繰り返していた。


 相変わらずトシさんは一層で探索をやっている。


「ここに俺が連れてこられたって事は、誰かがこのダンジョンを知っていてそこに老人を捨てるならおそらく帰ってこれずにダンジョンにそのまま取り込まれて行方不明扱いに出来る。それで保険金なり食い扶持なりを確保して生存していこうって考えの奴が必ずいるはずだ。もしそんな人がいるならできるだけ助けたい。それに……仲間が増えたほうが楽しいしな」


 トシさんは何本か抜けた歯を見せながらニカッと笑い、上機嫌で一層に出かけていった。人探しをしながらビッグラットとゴブリン相手に戦い、時々たんこぶを作ったりもしていたが、分厚い布の帽子をかぶるようになるとそれもなくなっていく。松井のほうは相変わらず二層で戦い、時々三層の様子を見ながら出来る範囲で自分の力を鈍らせないように戦い抜いていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 二人のダンジョン生活が始まって半年が過ぎたころ、最初の捨てられ者を拾った。シゲさんである。シゲさんもトシさん同様に家族に騙されて連れてこられた。シゲさんの場合は少々事情が異なっていたが、家族はせめてもの食料として何日か分の食べ物を持たせた後でシゲさんを洞窟に残し、去っていった。


 シゲさんを見つけたトシさんは、まず二層まで下りるだけの力をつけさせるためモンスターを自らの手で殺させ、レベルアップを図ってから二層のテントのところまで連れてきた。


 シゲさん曰く、捨てられたわけではなく自ら進言してここに居残ることを了承した形でのダンジョンへの放逐であった。


「俺はさ、今のままでは家族の負担になるだけで、それがいつまでも続くのが嫌だったんだ。それならせめて負担が少ないうちに自分姥捨て山に捨てられにこようと思って来たんだが……まさかここで暮らしてる人が居るとは思わんかったよ」

「そうですか。第一の人生ご苦労様でした。これからどうされますか? 」

「これから……というと? 」


 松井はシゲさんに選択をさせる。このまま本当に捨てられたものとしてモンスターに襲われるか、食物を取らずに餓死する方法を選ぶのか。それとも自分たちと共に共同生活を続けて行って、本当に自分がダメになるまで生き続けるか。


 シゲさんはしばらく考える時間が欲しいと言って一日を過ごした。その間セーフエリアから出ないようにだけ言づけておくと、二人は日課に戻り、流石に一日に二人も送られては来ないだろうと二人で二層を回り、シールドゴブリンやソードゴブリンを相手に戦うトシさんも中々に強くなってきていることが確認できた。


 一日の作業が終わり、シゲさんの元に戻る。もどって食事をした後、シゲさんの前でスキルについて説明をして、物の試しにと魔石を投入させてみる。最初は驚いていたが、自分で入れてみると面白くなってきたのか、次々に魔石を投入し始めた。試しに、あんぱんを購入して見せたら喜んで食べ始めた。どうやら好物らしい。


「あんぱんなんて久しぶりの贅沢だな。これが魔石……何個分なんだろう? 」

「そうですね、ゴブリン一匹倒せれば充分には」

「そうか、あれ一匹で……でも、必ず落とす訳じゃないんだよな。だとしたら数匹分の収穫ってことか」

「大体ですが、30%ぐらいの確率で落とすような気がします。なので四匹分ぐらいですかねえ。それであんぱんを買っておつりがくる感じですね。あ、ゴミはゴミ箱にいれてください。それでいくらか帰ってくるんですよ」


 シゲさんが素直にアンパンの袋をゴミ箱のスクリーンに入れる。スゥッとゴミが吸い込まれ、二円戻ってきた。


「これ、現金じゃダメなんだよな? モンスターの魔石じゃないと換金してくれないのか? 」

「そうみたいです。モンスターが落とすドロップ品でもいいみたいですが、魔石が一番お金になりますね」

「よし、じゃあ俺の仕事は早く強くなってより稼げるようにすることだな。それまでトシさん、悪いがサポートを頼むよ」

「その様子だと生きる気力が湧いて感じだな。頑張ってもうちょっといい暮らしができるようになろうぜ」


 トシさんがシゲさんの肩を叩き、やる気に満ち溢れている様をたたえる。


「マツさん、仲間が増えたよ。これでもう、死ぬとは言わないよね? 」

「ええ、そうですね。やることが増えましたし必要な物品も増えました。死んでる暇はないですね。精一杯生きて飯食って、飯が食えなくなるまで頑張って、それから楽しい人生だったと言い切れるようになってから死にましょう。それまではここで皆で一蓮托生、がんばろうじゃないですか」

「その意気だ。マツさんもそう言ってるし、シゲさんも頑張る気に満ち溢れてるし、俺もやる気だ。今は三人だが、もっと増えるかもしれないしな」

「どうやら、年寄りを捨てたら戻ってこれないダンジョンということでここはにわかに噂になってるみたいだ。多分、原因はトシさんか、もしくはトシさん以外で誰か捨てられて、見つからないまま何処かへ行ってしまった人が居るんだろう。今後も増えるかもしれないから、しっかりスカウト活動頑張らないとな」


 本来ならお世話される側の人間がお世話する、いや、共同生活を送る場としてお互いが認識したらしく、それぞれで出来ることをカバーリングし合おうということになった。


「なんだかここが老人ホームみたいな気分になって来ましたよ。自活が出来る老人ホーム、健康的でいいですね」

「名前は……名前は要らねえか。ここしかない世界なんだ、マツさんの所、で良いな」

「そうなると何か目印になるようなものが欲しいですね。建物でも何でもいいですが、集まりやすくてモンスターに見つからなくて、それでいて誰でも見分けられるような」

「これなんかどうだ?目印としては丁度良さそうだぞ」


 トシさんが示す先には、ウィンドウに「伝統型 モンゴルゲル」と表記されていた。お値段は……かなり高い。毎食あんぱんを二つずつ食べて、一年過ごすよりも更に高い金額だ。


「中々高い目標を設定しますね」

「何、時間はあるしそれまでは必要最低限の設備があればいい、たまに湯を沸かせて風呂の代わりに体さえ身ぎれいに出来ればそれ以上の文句は言わねえ。まずはこいつをおったててマツさんここにあり! ということを見せつけないとな」

「私のゲルですか。でも確かに……一年ぐらいかければ何とかなりそうな金額ではありますね」

「よし、じゃあ自助介護老人ホーム建設計画をここに開始しよう。マツさんのゲル計画始動だ」


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