トシさんの体調を回復させるための戦闘が始まった。戦闘と言っても接待みたいなもので、モンスターを松井が押さえつけている間にトシさんが止めを刺して経験値を得る。そしてレベルアップしていくとともに、だんだんと動きが機敏になっていく。
曲がった腰がまっすぐに、痛い膝関節や肩の上がり具合、肘の痛さや節々の痛みなどがレベルアップに連れて楽になっていく現象に驚きながらも、トシさんは数度の戦闘を介して松井と共に行動するには問題ない程度にまでレベルアップしていった。
「今日はこんな所ですかね。二層に戻りましょう。安全な場所があるんです」
「マツさんはこのダンジョンに詳しいな、一度調査に来たことでもあるのか? 」
痛いところを突かれて松井は言うか言うまいが悩んだが、ここまできて隠し事をして今更どうということはない。素直にトシさんに自分の置かれた状況やここに来た経緯、ここであったことをかいつまんで話す。
「なるほどな。マツさんはここに死に場所を求めてやってきたのか」
「ええ、それもトシさんのおかげで少し吹っ切れたような気がします。もうちょっと長く生きてみてもいいかもしれない、と」
「人生何があるか解らんからな。俺もマツさんに今ここで出会わなかったら体の調子も治ることなく、モンスターに襲われて死んでただろうな」
二層に存在するセーフエリア部分にあたる高台に移動する。ここは二層を探索したパーティーから、モンスターが湧かない場所として報告されていた場所だ。ここならどれだけ休んでもモンスターが近寄ってこず、またモンスターが湧くこともない。こういったセーフエリアはダンジョンの決まったところにあるわけではなく、もっと深い所で発見される例もある。
「ここが本当に安全なのか? 周りとはあまり大差がないように見えるが」
「正確にどれだけの広さまでは安全か、というところまでは解っていませんが、この壁際からそちらの下りるところまでは安全であることは確認されています。どうやらモンスターには視認や探知が出来ない場所、ということのようです。
「ふむ……まだまだダンジョンにも解らんことはあるってことか」
トシさんは完全には納得していないが、気を張り詰めていなくても安全な場所、ということでようやく一息つけるといった様子で、息を長く吹きだし、深呼吸を始める。
ここまでに集めた魔石をネットショッピングの投入口に入れる。そこそこの稼ぎになったな。これで二、三日分の食料は確保できただろう。ただ、このセーフエリアを拠点として生きていくには欲しいものが色々ある。身支度は仕方ないとしても、地面に寝るのは体温を奪われやすいので毛布のようなものが欲しい。
ショッピングには寝具もきちんと用意されていた。一番安い毛布は……二千円ほどか。大きさはともかくとして、二人分で四千円。流石にまだ稼ぎが足りないな。とりあえず今のところダンジョン内はそこそこ暖かく、毛布がなければ寒くて眠れないというほどではないが寝具として手元にあるかどうか、というのは気持ち的に大事だろう。
「何覗いてるんだ? それが例の買い物スキルか? 」
「そうです、とりあえず毛布か何かあればいいな、と思いまして」
するとトシさんが片眉を上げて意見を言う。
「それならもうちょっと頑張ってテントを買おうぜ。屋根がなくても雨に濡れないとはいえ、プライベートスペースもできるし中に居るかどうかでお互い何してるか確認もできるしな」
「そこまで我慢すると数日かかりますが良いんですかね」
「せっかくだし効率的にいこうや。いずれ買うものなんだろう? だったら最初からそこを目指してちょっとずつ溜めて行こうぜ」
◇◆◇◆◇◆◇
数日かけてモンスターの素材を集め、テント二つ分の貯金がたまったのでテントを購入して二つ設置する。一人用のテントなので安く、組み立ても非常に簡単な放り投げるだけで立つテントだ。
「これでお互い内緒のこともできるな。やっぱり目隠しがあるとないとじゃ気分が違うな」
「ようやく生活感が出てきましたね。次は何を目指しますか」
「そうだな、温かい飯が食いたいな。ガスコンロと鍋、辺りじゃねえか? 」
トシさんは笑いながら次の目標を告げる。
「ガスコンロですか。机に置くタイプのあれですよね。いくらかな……ガスも込みで考えるとテントと同じぐらいしますね。鍋は……安いものなら一日でなんとか買いそろえられそうですね」
「便利だのうそのスキル。こんな貴重なスキル持ちを細かく確かめずにほっぽり出すなんて人類の損失じゃないかね」
「そうかもしれません。スキルが判明しても絶対生活圏へ戻らないのは距離的に難しいことがあるのも一つですが、ここで贅沢して、のんびり暮らしていくのも有りかもしれませんと思い始めましたよ。これもトシさんのせいですかね? 」
久しぶりに屋根のある生活が出来たことでなんだか心の内も落ち着いてきたような気がする。ガスコンロと鍋の次は……床が硬いからエアマットかな。ちょっとずつ生活用品をそろえていこう。
それから数日して、生活必需品を集めるためにモンスターを探し回っては魔石を入手し、投入口に放り込みながら、トシさんの体調改善が続いていく。
トシさんはこのころには一般老人よりもはるかに動けるような形になっており、探索者として活動してきた松井には遠く及ばないものの、自力でビッグラットやゴブリン程度なら倒せるようになっていた。
松井はまだトシさんの介護が必要だと考えていたが、一層なら問題なく探索しても問題はないだろうと考え、自分は二層でシールドゴブリンやソードゴブリン相手に悠々と戦っている。三層まで潜らないのは一人ではゴブリンアーチャーの奇襲に対処できないと考えているからだ。人の目はいくつあっても困らない。二つしかない目で全てを見切ることは不可能であるし、そこまで斥候としての能力が高くないことを自覚している松井にとって、二層は退屈だが確実な収入を見込める場所として十分な成果をあげつつあった。