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第31話:トシさん 1

「私がダンジョンに住み始めるようになった理由、それはトシさんのおかげなんですよ。この老人ホームが出来上がったのも、その気にさせてくれたのも、そして私に生き続ける理由をくれたのも……どこから話せばいいのかな? 」

「マツさんの話したいように話せばええよ。ワシらはちゃんと聞いとるからな」


 スギさんがマツさんを急かさないように落ち着かせつつ、言葉の始まりを紡ぎ出させようとしている。


「そうですね。私のスキルのネットショッピングに課金するために必要な物品が魔石やモンスタードロップであることが判明した後の話になります。何人かは知ってる話ですが、私はその時死に場所を求めてこのダンジョンに来ていたんですよ」


 マツさんがチラッとこっちを見る。あの時の話の続き、ということらしい。これは心して聞いておかなければいけない内容だな。


「トシさんとはダンジョン内で偶然出会ったんです。私がダンジョンに入り込む前に、いわば皆さんと同じで捨てられてこの場に居たことになります。出会った時は……」


 ◇◆◇◆◇◆◇


 松井は【ネットショッピング】について色々調べ始めた。今から死ぬにしても、死に方を考えたい。とりあえず……腹が減った。


 空腹で餓死、というのはあまりにお粗末すぎて他の死んだ探索者に失礼過ぎる。手に入れた魔石で手に入れられる食料は……値段で検索して安いものから探すと、おにぎりがあった。懐かしの百円価格の時代の産物らしい。ついでに、ビッグラットの魔石も価値は百円らしいことが解った。ビッグラット一匹からおにぎり一個か。それほど悪くない金銭効率だな、等と考えられるあたり少し精神的に余裕が出てきたな、と松井は自覚し始めた。

 購入ボタンを押すと、おにぎりがポンッと目の前に現れる。思わず落としそうになったが空中でキャッチする。この包み紙の開け方も久しぶりに見る。真ん中で割って海苔でおにぎりを巻き、そしておにぎりを齧る。海苔の食感もそうだが、久しぶりの鮭の味を思い出し、同時に自分が結構な空腹であったことが更にわかってきた。おにぎり一個ではさすがに満足できない。もう一つ、ツナマヨを選択してもう一つおにぎりを出現させる。


 美味しい……ツナマヨも久しぶりの感触だ。マヨだけは何とか作り上げられているものの、以前ほどの清潔を保ったまま製造することが出来なくなっているので比較的お高い香辛料扱いになっている。


 魚も魔石発電で動く船が貴重であるし海に出現するモンスターのおかげでとんと取れなくなった。口にするだけでも貴重なたんぱく源だが、それがゴブリンの魔石ならなんと二つも購入できる。もっと早く魔石を投入することに気づいていれば、食糧問題は色々と解決していただろう。


 米ばかり胃に入れて喉が渇いた。ミネラルウォーターを買って飲む。このミネラルウォーターもそうだが、パッケージのプラスチック容器も今ではそれなりに貴重品だ。水の持ち運びにも便利だし穴が開くまで使いまわすこともできる。過去となってしまった現代技術の結晶は今となっては、だな。


 ふと、ネットショッピングの画面を見ると「ゴミ箱」という項目がある。試しにおにぎりの包み紙をゴミ箱に放り込んでみると、二円帰ってきた。試しに自分の持っている荷物のゴミをゴミ箱に放り込んでみたが、それはスルーされた。どうやら、【ネットショッピング】で生成されたものならゴミ箱に放り込むことでいくらかは回収できるらしい。


 腹も喉も満たされたところで気分が落ち着いてきた。死ぬのはこのスキルを十全に使えるようになってからでも遅くはない。いやむしろ、このスキルを活かしていけばここでも自給自足の生活が出来るのではないだろうか。モンスターを倒して魔石やドロップ品を放り込めばそれなりに食料は自給できる。食料以外には……武器や防具の類も存在するようだ。もし今持っているナイフが壊れたとしてもネットショッピングの機能を使えば新しく購入することも不可能ではない。


 生きる気力が少し湧いてきた。もうちょっと人生を粘ってみるのも悪くないかもしれないな。もしかしたらここを再偵察するという名目で送られてくる部隊があるかもしれない。そうなればその時に拾ってもらって帰ることだってできるだろう。流石に歩いて帰ったり乗り物を調達することも不可能ではないだろうが、金額を見る限りではその可能性はかなり薄いだろう。流石に車やバイクは高すぎてとてもじゃないが交換できそうにない。


 さて、次のモンスターを探すか。ここはモンスター密度が薄いのでもっと奥、車を駐車したあたりまで歩いて近寄っていく必要がある。と、今日の日付を確認する。どうやら今日は例の現象が起きる日ではないようだ。


 これで一つ、フラフラするのに都合がいい理由が出来た。さて、早速奥へ……


「くっそう、あのバカ息子め、こんな所に置いていきやがって! 」


 独り言をわめいている人と出会った。かなりの歳を召しているようだ。


「そこのあんた、ここが何処だかわかるか? 」

「え、ええ。一応わかりますが」

「よし、帰るぞ。あんたも付き合え…あいたたたた」


 どうやら体のどこかに無理をしているらしい。


「お見かけしたところ、誰かに何処かから連れてこられたようにお見受けしますが」

「そうなんだよ、息子に良い所に連れてってやるって言うから連れてこられたらここに着いた瞬間車から突き落として置いていきやがった。帰ったら折檻してやらねえと」


 ここから歩いて帰るには純粋に歩いて帰っても四十時間はかかる。当然その間にモンスターに襲われる事だってある。どう考えてもお勧めできない。


「多分ですが、歩いて帰るのは相当無理な距離かと。ここは絶対生活圏から車で二時間も離れてるところですし……それにここは一度探索者連合が偵察に来て失敗しているところです。助けは絶望的かと」

「だったらここで死ねってことか? 」


 こっちを睨みつけて因縁をつけられている。


「せっかくなので……ここで生き延びてみる選択をしてみませんか? 私のスキルはダンジョンで生活するためには必要なものが有る程度揃っているようなのです。とりあえず二人で頑張ってみませんか」

「何か手があるってことだな。だったら精々長生きしてやろうじゃねえか。まず、あんたは何が出来るんだ? 」

「そのまえに、名前を教えてもらっていいですか。私は松井高次と言います」

「じゃあマツさんだな。俺は半田敏孝。トシでいい」


 トシさんにスキルについて説明する。それと、モンスターを倒すことでレベルという物が上がる事、レベルの上昇に伴って体の悪い部分や辛い個所が徐々に改善していくこと等を情報共有した。


「じゃあ、俺もモンスターをやらを倒せれば多少は健康になるってことか」

「そうなります。試しにやってみますか」



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