亡くなった探索者全員の葬儀が終わった。
全ての遺族の松井を突きさす、お前のせいでうちの家族は死んだんだという目。それらすべてに耐えきり、ただひたすらに謝罪を繰り返し、全てが終わった松井は失意のまま部屋の真ん中で呆けていた。
今の自分にはどれほどの価値があるのだろう。いや、価値がないことは周りが証明してくれている。慎重派であると言われていた自分ですらこんな凡ミスで貴重な探索者を大勢死なせることになった。その結果だけでも無能の烙印を押されるには充分であった。
せっかく無能者の烙印を押されて暇だからと、【ネットショッピング】について色々調べてみた。どうやらこの【ネットショッピング】というスキル上では、色んな過去現在に渡るまで様々な物品を購入することが可能らしい。ただし、どのような形で配送されるのか、そしてどのような決済方法が取れるのかは解らなかった。
紙幣や貨幣を投入口と書かれた半透明のスクリーンに入れようとしても、すり抜けて通らないのだ。つまり、現在流通している紙幣や貨幣、過去に流通していたものでも同じく試したが、やはり何も反応しなかった。購入するための金が解らないのでは何も購入できない。その意味でも無能者か、と半ばあきらめた。ここで諦めてしまったのだ。
「松井さん、まだ生きてますか。様子見に来ました」
あれから時々来てくれている、後方支援として居残り組に配置されていたため死なずに残っていてくれた井上君が今日も来た。
「……まだ落ち込んでるみたいですね」
「落ち込んでるわけじゃないよ。ただ、自分の無能さに腹が立ってるだけさ」
「それを落ち込んでいるっていうんですよ。どこか散歩にでも出かけませんか」
「散歩か……それもいいね。付き合ってくれるかい、ちょっと遠いけど」
井上君の車で行ってほしい方向を指示する。井上君は最初その位置について驚きはあったが、いいから言ってくれ、と松井に促され、仕方なく井上は車を走らせる。現地に到着するまで、松井は一言も話さず、ただひたすらに窓の外の光景を眺めていた。
車で二時間ほど走り、現在地は例のダンジョンのふもと。松井はそこに来て初めて言葉を話し始めた。
「井上君、ありがとう。俺はここでゆっくりするよ。先に帰っててくれないかな」
「松井さん、それはつまり」
「うん、もう疲れたよ。報告書はあげた。遺族には謝って回った。俺のスキルはどう使えばいいのか解らないことだらけで存在しないのと同じ。俺の生き残った意味は、ここでなくなったんだ。もう俺に出来ることはもうないよ」
松井が初めてここで「俺」という言葉を使ったことに井上は気づく。松井の第一人称は私だったはずだ。松井はもう、擦り切れてしまったのだ。井上は、松井に何か言葉をかけようとするが、言葉が出てこない。
「松井さんは……生きていてほしいです。生き残った他の探索者のためにも、そして死んだ探索者のためにも」
「本来はそうなのだろうね。でもね、俺がその重さに耐えきれないんだ。せめて何か、生きる意味がないと。そのためにスキルを覚えることに邁進していたというのに、肝心のスキルがこれではね」
松井が【ネットショッピング】のウィンドウを井上に見せる。井上はそれを見た後、ポケットに入っていた硬貨をそっと投入口に投げ込む。投げこまれた硬貨は、ウィンドウを通り抜けて地面へと落ちた。
「一体何が必要なんだろうね。本物の金でなければいけないのか、それとももっと他のものでなければいけないのか。それを見つけるために色々試してみたんだけどね。結果は俺の思いついた範囲では何もできなかったよ。だから俺にできることはここまでだ。ここまで運んできてくれてありがとう、井上君。後は君に任せたよ」
そのまま松井はダンジョンの中へ入っていく。井上はその松井の行動を止めることは出来ず、ただ見送ることしかできなかった。そのままダンジョンへ入っていく松井の後姿を見送った後、井上は敬礼をし、そして車に乗って帰り路に着いた。
◇◆◇◆◇◆◇
ダンジョンに入り込んだ松井は前に来た時の様子を思い出しながら一歩一歩奥へ進む。この辺りは車で走ったのでよく覚えていない。ただ地図は頭に入っているのでどちらに行けば奥へ進んでいけるかは解っている。
薄暗い洞窟をただ一人歩く。このままモンスターに襲われて死んでしまおう。同じダンジョンで死ぬのならきっと先に行った探索者達も許してくれる……いや、許してくれなくてもいい。松井はただせっかく死ぬならみんなのできるだけ近くで死のうと考えていた。
途中、ビッグラットが襲ってきたのでつい反応して倒してしまう。しまったな、死に時を逃したか、と松井は思ったが後の祭り。しかし、どうせ死ぬならもうちょっと違う死に方をしたい。もっと奥へ行って強いモンスターに一撃のもとに殺されるか、もしくは大量のモンスターに囲まれてどうしようもない状態からボコボコにされて死ぬのが亡くなってしまった同胞への供物になりえるか、と考え直し、奥へ行くことを考え始める。
ビッグラットは魔石を落とした。魔石を眺めながら松井は考える。そういえば、魔石は試したことなかったな。どうせ今更だ、試しに放り込んでみるか。
半透明の投入口に魔石を近づけると、シュッと魔石が吸い込まれていく。そして、ネットショッピングの機能の中の購入ボタンがピッと点いた。どうやらこのスキルを使用するために必要だったのは現金ではなく、モンスターのドロップ品である魔石のほうだったようだ。
これは……試してみるか。松井は考えを改め、モンスターをしきりに探し始めた。この一層は、いやこのダンジョンは例の巨大オークが近くに存在しない限りはモンスターの密度は薄い。数分かかって次のモンスターを仕留めるが、魔石は出なかった。
十分ほどかかって次のゴブリンを倒す。ゴブリンは魔石と、持っていた棍棒を落とした。試しにとこん棒も投入口に入れてみると、こん棒は消えてわずかだが残金が増えた。魔石を入れると、魔石は確かに吸い込まれた。このスキルはモンスタードロップに対して金額を示して、それを使うことで利用できるようになるらしいことが今になって分かった。
後三十分早くわかってれば、井上君にもお願いして戻って結果を報告することで人類のために何かしらの貢献が出来たことだろう。それが実質出来なくなってしまったのも、これも定めという奴か。