三層に入り、後ろから聞こえてくるモンスターの数も最早数えきれないほどになった。この辺でランナーズハイに入り始めたのか、松井は冷静に状況を考えつつこの状況を作り出したのがあの巨大オークならば、モンスターのダンジョンの出入りの現象の原因はあの巨大オークのダンジョン徘徊にあるのではないか、と考え始める。
定期的にダンジョンの出入りを行うならば、あの巨大オークの一声でモンスターが集まり、皆一斉にダンジョンから出入りし、そして帰っていく。それが週一の出入りであるということだろう。
「グギャアアアアア!! 」
「ゲゲッッ、ゲゲゲッ!! 」
後ろからは巨大オークの声だけではなくゴブリンの声も聞こえる。中々壮観な……そう、まるで大名行列のようになっているのだろうな。巨大オークという大名に引かれてのモンスターの大行軍だ。
問題はこれを抑え込むには巨大オークの撃破が必要になるのだろうが、一撃で人間二つを肉塊にするだけの
二層に入り、追いかけてくるモンスターもかなり少なくなってきたが、後ろから感じる圧迫感は相変わらずだ。おそらく、巨大オークの移動スピードについていけてないゴブリンや一部のオークが脱落して更に後ろから追いかける形になっているんだろう。松井はそろそろ息が厳しい。考えることも難しくなって頭が徐々に白くもやがかかってきた。きっと完全にもやに飲み込まれた時、自分は死ぬのだろうな、と思った。
残りの足音が消える。走り続けているのは私だけか。他の二人は……体力的に限界だったのだろう。三人そろって死ぬよりは私を残して、生きるという全ての責任を私に押し付けて少しでも長く走り続けられるよう殿を務めたようだ。
もう、残りの二人について誰が残っていて誰が最後に私を助けてくれたのかすらわからない。だが、モンスターを倒すような音と声、そして頑張れという声を最後に、後ろからの音はドスドスと走り続ける音以外聞こえなくなってきている。
ここで振り向いたら……いや、振り向いたら私はきっと後悔するだろう。振り向かなくても後悔するだろう。どうせ後悔するなら全てを私の責任にして、全員分の助かった命の集合体として頭を下げに行き、残った遺族に謝罪し、おめおめと生き恥を晒すことに決めた。覚悟を決めると不思議と呼吸が整った。まだ私は走り続けられる。そう思うと、更にスピードを上げて逃げ、一層の階段を上がる。
一層に上ったところでトランシーバーで車の付近で警護をしている連中に連絡。緊急出発をするのでいつでも車を出せるように指示した。向こうからは何があったかと問い合わせがきたが、松井は答えず、ただひたすらに自分が到着次第発車できるように整えておけとだけ指示した。
乗ってきた車にたどり着くと、待っていた五人に乗車をすぐさま指示し、後ろを指さしてただ一言「緊急離脱! 」とだけ説明した。説明を聞いた居残り組は異変に気付きすぐさま発車、全速力でダンジョン内を駆け抜ける。
「松井さん、残りのメンバーは」
「全滅です」
「全滅って、残ったのは一人だけですか」
「あぁ、そうだ。私以外皆だ」
「……そうですか。何があったかは後で聞きます。今は一刻も早く外へ出て、まだ居るはずの輸送班にも連絡が付けばこの場から離れるように言ったほうがいいですか」
「そうしてくれ……すぅ……はぁ……」
一気に力を使い果たした松井が意識を失う。六層から一層までフルマラソン状態だったのだ。いかに鍛えられた探索者でも全力で走ることには限界があった。ただ彼は命を託された十四人分の頑張りを果たしたのであった。
ダンジョンを出てふもとに待機していた輸送班は連絡を聞きつけ、直ちに撤退を決断。車二両探索者総勢二十名で挑んだ威力偵察は、死亡判定十四名、生存者六名という結果を出したのであった。
基地に帰還した後、疲労困憊であった松井が目を覚ますまで半日の時がかかった。その後、松井は知る限りの情報を記し、報告書として上官にあたる人物に提出した。
「ではなにかね、十四名の死者を出しながらおめおめと逃げ帰ってきた、ということかね」
「そういうことになります」
「貴重なヒーラーまで死亡させた上にそこそこ戦えるメンバーも死亡させてスキルも使えない君一人が生きて帰ってきたと、そう言うのだな」
「そういうことになります……あ、スキルは覚えて帰ってきました」
念のためスキルを取得したことは報告しておき、報告書にも記してあるが、詳細はまだ不明のままだった。
「なるほど、十四名磨り潰して覚えてきたスキルは【ネットショッピング】ときたか。どこにネットがあるのかね? どこにショッピングへ出かければいいのかね? これは何か、私へのサプライズパーティーでも開いてくれるとでも言うのかな」
「いえ、使用法がまだ解りませんのでどのようなスキルかもまだ不明であります」
「もうたくさんだ、君には今後任務がないということに期待をしていてほしい。精々その間にスキルについて調べておくようにな」
実質的なクビを宣告された松井は言葉なく上官の部屋を去る。報告することは報告した。後は生き残った者の責任として遺族のところへ弔問へ向かうしかなかった。
「では、主人はあなたを生きて逃すためにわざわざ死ぬような目に合ったということですか」
「そういうことになります。この度は言い訳の仕様もなく、わたくしの落ち度です。申し訳ありません。ご遺族様におかれましてはまことにお悔やみ申し上げます」
全員分の葬儀に参列し、死体の残らない葬儀は何か物悲しく、遺族が体に抱きしめる白木の箱には何も入っていない。
この件で松井は評判を完全に落とし、様々な作戦の立案をしていた松井にとって完全に仕事がなくなるという事態になった。要するに、干されたのである。