六層に下りる。六層の様子は相変わらず、五層と同じ石造りのダンジョン。ただ、空気が違う。最近モンスターが通った跡のような獣臭にもにた匂いがただよっている。
「大分近い感じはしますね。もしかしたら、モンスターが出てくるという現象が起きて戻っていった直後なのかもしれません。索敵を厳に、落ち着いて対処していきましょう……と、休んでる暇はないようですよ」
松井が指さす方向には既にこちらを視認して追いかけてくるオークと、兜を被り斧を持ったオーク……ハイオークの姿が見える。どうやらこの階層は当たりの可能性が高い。この階層か、この下の階層におそらく、目的の現象の原因がある、そんな気がしていた。
「アタッカー行くぞ、盾役はハイオークの攻撃を往なし続けてくれ。その間にオークを撃破してすぐにカバーリングに入る」
「わかりました! 」
盾役が四人前に出てハイオークの攻撃に耐える。その間にオークとの戦闘を始めて、アタッカーたちがそれぞれ目標にしたオークに立ち向かっていく。松井も戦闘に参加し、オークの数を減らしつつすぐにハイオークへの対応をすることになった。
松井の攻撃でハイオークの兜の隙間に一撃が入る。浅い、と感じたがその感触を考察する暇もなく、ハイオークからの反撃を予知して早めに距離を取る。さっきまで松井が居たところに斧が振られる。あのまま感触に浸っていたらおそらくダメージを受けていたであろう。
「くっ、攻撃が、重い……」
盾役の一部がダメージに耐え切れずに崩壊しかかるも、数を減らしたオークのおかげでアタッカーの手が空きその分だけ後ろからハイオークに襲い掛かる形で攻撃を始めた。おかげでハイオークはこちらの防御を崩すことなく、力なく倒れていく。
その時松井に不思議なことが起こった。松井の頭の中に音声が流れる。
「スキル【ネットショッピング】を獲得しました」
これがスキル……しかし、ネットショッピングとはどういうことだろう。交通網、通信網が寸断されてかなりの年月が経つ。もう今では再興が難しいとされる流通網がスキルそのものである、というのはどういう意味だろう。
「どうしたんだ松井さん、急に動きを止めて」
かろうじてハイオークを仕留めていったアタッカーたちが治療を受けつつ松井に話しかけてくる。
「どうやら……私にもスキルが使えるようになったらしいんですが、意味が解らなくて」
おお……と周囲がどよめく。もうスキルについては半ばあきらめられていた松井にスキルが生えた。ハイオークとの戦闘で一定の経験値が入り、それによってスキルが開花したのだ。こんな場所ではあるが、皆が口々におめでとうと松井を持ち上げる。
「ありがとうございます。ですが、まだスキルについてまだ何もわかっていない状態です。そもそも【ネットショッピング】なんてスキル聞いたこともありませんし、帰って似たようなスキルを持った人を……」
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! 」
松井が話している間に突然叫び声が響く。全員がそちらを見ると、そこには巨大な一匹のオーク……そう、巨大と言っていい。上位種オークすらもかすむような巨大なオーク。立派な装束や装飾品に身を包み、片手には巨大な刀にも似た片刃の刃物を持ったオークがこちらをにらみつけていた。
「こんな大きなオークは報告に無かったですよね! 」
「落ち着いてください、先ずは撤収です! 全員一層まで駆け抜けてください! 」
冷静になる場合ではなく、この場は逃げるしかない、そう判断した松井が逃げろと言った直後、巨大なオークから刀がはなたれる。その強力な
一瞬の間に二人が死んだ。こんな相手が潜んでいたのでは、たしかに攻略は難しい……いや、難しいどころの話ではなかろう。
「とにかく逃げるぞ、全員全力でダンジョンから脱出するんだ! 荷物も放置して良い! 命最優先!! 」
全員が一直線に階層を上がって五層へたどり着き、そのまま四層方向へ向かっていく。すると、後ろから階層を上がってくる重低音が響き渡る。先ほどの巨大オークが追いかけてきている。目で見て確認することは出来ないが雰囲気で解る。奴が近づいてきている。
また後ろから刀を投げられたら避けようがない、当たらないようにジグザグに逃げるしかない。何とか逃げ出してここの危険性を報告しなければ、また同じように被害者が出てしまう。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!! ガッガッ!! 」
また巨大なオークが吠える。すると、周辺からモンスターが集まり始めた。どうやら仲間を呼び寄せることもできるらしい。これは最悪前からも……やはりきたか。ゴブリンマジシャンが行く手をふさぐように立ちはだかる。
ゴブリンマジシャンだけならまだいいが、オークまで集まりだした。これは逃げ切れるかどうか怪しいな。何度をふさがれるようなことになれば追いつかれて全滅だ。
すると、盾役であった四人が足を止め、逃げ道を作るようにモンスターを押さえつけ始めた。
「せめて松井さんだけでも逃げ切ってください! 我々には失敗したと報告をする義務があります! 」
「でも君らは! 」
「適度に抑えたところで逃げ切りますから心配しないでください! 」
そう発言した盾役の頭部が後ろから追いかけてきていたハイオークの斧によってかち割られる。ザクロのように飛び散った血と肉が、彼の最期を告げる。
「松井さん、行ってください! 後は何とかします! 」
「……わかりました。出来ればずっと後で会いましょう! 」
血路を開いてくれている味方のためにも、自分がここでへたばってはいけない。意識を切り替えて走る足を止めることなく真っ直ぐ四層へ、三層へと向かっていく。だんだんパーティーのメンバー数が減り、徐々に同時に走る足音の数も減っていく。みんな考えることは同じだったらしい。やがて、自分と足音二つが聞こえるだけになり、後ろからは相変わらずけたたましく吠える巨大オークの声と、それに寄せられるように集まったモンスターの息遣いだけが聞こえてくるようになった。