「……決めました。このまま調査を継続しましょう」
「慎重な松井さんが進軍を言い出すには、何か理由があるんですかね? 」
他の隊員からも少し驚きの声が出る。
「いやね、ダンジョンは見つけた、ということでいったん外に出て休むというのも一つの手ですが、ここまで何もしてない人がそれでは不満でしょうから、体をちょっと動かしてもらって英気を養ってもらうのも大事だなと考えたまでですよ。それに見た所、今のところモンスターの気配はほとんどありません。危険度は現状では低いとみていいでしょう。それに……私も運動不足ですからちょっと動きたいんですよね」
軽く笑いが起きる。リラックスは出来ているようだ、と松井は判断した。
「五人一組で行動していきましょう。ちょうど二十人いますから四パーティー作れます。それぞれでマップを作りつつ、三日あるうちの初日で一層と二層あたりの地図を作り切って、その後で奥を目指す、そのぐらいのつもりで行きましょう。では、行動開始で」
松井も一つの班を率いて探索を開始する。居ない間にモンスターが近寄らないよう、ポーターを含まない一パーティーが警護役として残った。ポーターは三人なので、残りのパーティーにはそれぞれ一人ずつ残った形になる。
松井パーティーは一層の探索、他の二パーティーは二層の探索をする、ということになった。まずは自分たちの退路を確保しておくという面でも、入り口に向かって地図を軽く作りながらの作業、モンスターも一層なら問題ない強さであることはここまでの行程で判明しているので、気楽に素早く地図作りを始める。
「モンスターはあんまりいませんね。深いほど増えていくパターンでしょうか? 」
アタッカー役の赤井が松井に質問を投げかける。洞窟は薄暗いが何も見えないほどではない。ほのかな光源があり、視界にモンスターが移り込んでも解る程度の明るさは保持されている。
また、先ほど自動車でひき殺したビッグラット以外にゴブリンも現れることが解った。モンスターとしては一番弱い範囲であり、一パーティーだけでも充分に倒し切れるほどの密度しか湧いていない。本当にここが調査が必要な危険なダンジョンなのかはまだ証明できる部分がない、という形だ。
三時間ほどの時間をかけて調査し終わり、おおよその広さと構造を理解したところで車のあったところまで帰ってきた。どうやら二層探索パーティーはまだ帰ってきてはいないらしい。
「どうでしたか、モンスターの集まり具合は」
「全然でしたね。本当にダンジョンの中なのか? というぐらいのモンスター密度の薄さです。もしかしたらある程度の範囲外にはうろつかないような形になっているのか、それとも本当にモンスターが薄いのか……まだ判断するには情報不足ですね」
居残り組から報告を受ける。どうやら本当にモンスターは少ないらしい。やはり、モンスターが引き上げた後だからなのか、居残っているモンスターの少なさがモンスターのダンジョン脱出現象の終わった後、というタイミングで入ってきたせいでもあるのだろう。どうやらダンジョンの奥のほうにモンスターは引っ込んでしまっているようだ。
しばらく雑談をしていると、二層を担当していた二パーティーが帰還する。早速ブリーフィングと飯を兼ねて情報交換の時間となった。
「二層ですが、やはりモンスターが他のダンジョンに比べて少ない、という形になると思います。戦闘回数はそれなりにあったのですが、出てきたのはゴブリンの中位種にあたるソードゴブリンやシールドゴブリンなどがメインでしたね。後はゴブリンも見かけましたが。どうやら二層はゴブリンがメインのダンジョン構成をしているようです」
「あと、安全地帯みたいなものも見かけました。一定の範囲になるのですが、完全にモンスターが湧かない区画の存在を確認しています。いわゆるセーフエリアのようなものだと認識しても良いと考えます」
「モンスターが狂暴化していた、とか逆に鎮静化していた、といった様子は見られましたか? 」
「今のところそれにあたるような現象は発生していませんね。もしかしたら例の三日後のモンスター噴出現象が起きるまでは通常の状態にあるのかもしれません。二層についてはほぼ地図が出来上がってる形になるので、休憩が終わり次第三層に向かっても良いかもしれません」
説明を聞きつつ、そういえばモンスターと何度か戦ったがレベルアップもしなかったな。この調子だと今回の偵察でも自分のスキルが生えることはなさそうだ、と松井は物思いにふけり始めた。このままスキルが生えなくてもこうして調整役、立案役として自分の身の置き場を残しておくことは出来る。スキルが生えるのを期待してここまで来たが、このまま無スキル探索者としてやっていくのもそれはそれで有りだろう。
「松井さん、休憩後はどうしますか」
ふと名前を呼ばれて我に返る。休憩を終えたらそのまま三層へ行くというのが自然な流れだろうな。
「三層への階段の位置は判明しているんですよね? 」
「ええ、ちゃんと見つけて地図にも書き込んできました……階段ではなく通り道という感じでしたが、およそこの辺りになります」
「では、今回とは別のメンバーで居残って車を守る組を選定して、三層の調査へ行きましょう。二層でこれなら三層ではゴブリンマジシャンやゴブリンアーチャー、その上のゴブリンサージェント当たりの発生が予想されます。密度もまだ不明ですが、三層になって急激に増える可能性もありますし、三パーティー同時に動いて周囲警戒を怠らないようにしていきましょう。もしまだ安全に探索が出来る場合は、三パーティーから二パーティーに分散してそれぞれで三層の攻略、この形でどうですか」
松井が全員を目にする。納得する表情をしているものと、納得していない表情の者も居る。
「心配しなくても、今回車で待機していただいていた方々には確実に前で戦ってもらいますので運動不足にはならなくて済むと思いますよ。ちょっと暇つぶしに難があるかもしれませんがそこは一つ任務ということで了解していただきたい」
そう告げると、半数以上は納得する表情に変わった。
「車の護衛、本当に必要かねえ? 最悪輸送班の車に同乗して帰ればいいから最悪破棄する形になるとは思うが、そこまで心配する物でもないとは思うが」
「今の時代ちゃんと動く車は貴重ですからね。威力偵察で車両壊されて帰ってきました、ではちょっと立つ瀬がない思います。たとえ魔石が回収できなかったとしても、車だけでも無事に帰してやることが出来ればまた詳細情報を集めに来る、ということでリベンジすることができます。大事なのは今回は情報集めのほうですから、ダンジョン踏破まで行かなくとも出来る限りの範囲で情報を集めるほうに周知徹底しましょう。暴れたいのはわかりますがいまはまだ落ちついて情報収集に勤めましょう」
どうやら存分に暴れたがっていた組は納得してくれたようだった。松井はやれやれ……といった表情を出さず、冷静にダンジョンに着いて知見を集め始めていた。これだけ静かなダンジョンが週に一度暴走する、本当にその予兆があるならダンジョンの何処かにギミックじみたものが有るのではないかと考え始めていた。