マツさんがまだマツさんではなく松井高次と姓名正しく戸籍も有り探索者として活動していたころ。スキルについてようやく日本政府がその有用性を正しく認め、広く探索者をかき集めていた時期に戻る。
ダンジョン災害で会社が物理的にも書類面でも潰れ、他にやる事も無く仕方なく探索者となった。仕方なく、といっても探索者は命がけの仕事である。ちょっとそこの工事現場まで行ってくるわとツルハシ担いで稼ぎに行くような仕事の内容ではない。
モンスターを倒して強くなっていく楽しみと、いつスキルが芽生えるんだろうという期待を胸にまず三ヶ月、生活圏防衛担当として勤めた。緊急の案件でもない限り給料が増えたりするわけでもないが、至って真面目に務めた松井だった。
なんどもモンスターに攻撃を受けそうになったりたまには怪我もして戦線を離脱することもあったが、後遺症もなく再び防衛班に戻ってこれていたのは充分に幸運だっただろう。
しかし、一向にスキルというものが生えてこないことに共に行動をするパーティーからしびれを切らし始める。一番スキルが生えてこないことにしびれを切らしていたのは松井本人だったが、私だって同じことを思ってるんだ、なぜおれに中々スキルが生えてこないのか。そんな気持ちで日々戦い、そして自分にスキルらしきものが一向に芽吹かないことを嘆いていた。
スキルが無くてもある程度以上に戦える人材として見込まれてきたころ、生活圏防衛担当から生活圏解放担当に異動することになった。
生活圏防衛担当はある程度の範囲を常に調査し、範囲内に入りそうなモンスターを倒していくというのがお仕事ではあったが、生活圏解放担当は生活圏範囲外に存在するダンジョンを攻略し、その周辺地域の安全を確保していくことが仕事である。
名前は文字にすると似ているようだが、仕事はかなり違ってくる。生活圏防衛担当は確実にモンスターを葬るだけの実力があれば務めることが出来るが、生活圏解放担当はいわばダンジョン攻略部隊であり、モンスターの必殺を目的としたものではない。ダンジョンは幹線道路沿いに出来ると決まっている訳でもないため、場合によっては近くまで車両を使った輸送、その後登山や森林探索を行った後のダンジョン攻略などにも費やされる。
そのため、生活圏外で生存するためのサバイバル技術やダンジョンの攻略法、ダンジョンの構成、ダンジョン内のモンスターの習性やドロップ品の扱いなど、様々な知識が要求される。
それらの要求を満たしてようやくなれるのがダンジョン攻略部隊である。当然ながらスキルの有無もそこで要求され、松井はスキルこそまだ未開花なものの知識面での理解力が高く、ガイドとしては充分に務めうると判断された上での任命となった。
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「松井さん、もうちょっと先まで行きたいのですがどうでしょう」
同行するダンジョン攻略部隊員から質問が飛ぶ。
「おそらくですが、もう少しすると雨が降ってきます。ここから先は急斜面ですから、雨が酷くなる場合がけ崩れや地面崩壊、土砂崩れなどに巻き込まれる可能性がありますのでここで一旦休憩を取ったほうが良いでしょう」
松井のサバイバル知識が役に立つ一面である。インフラが破壊されて道路の破片程度が見つかるならまだいいものの、山の中腹や崖の上、そういった所にダンジョンが発生している場合もある。その場合必要なのは登山をする時の知識であり、天候の見方や実際の地面の具合、そして雨が降った時のシミュレーションなどを行う事が出来る松井は有能であった。
「松井さんが言うならその可能性は留意しておいたほうが良さそうですね。休憩の指示を出してきます」
「雨が降り出す前にダンジョンに入っちまえばいいんじゃねえのか? 俺たちの体力ならそれまで持つだろう」
他の部隊員が意見に疑問を呈する。確かに、今から全力で挑めばギリギリダンジョンに入り込むことも不可能ではないだろう。ダンジョン内では天候の変化がない。ダンジョン内に入り込んでしまえば警戒さえしてしまえばそっちの意味では安全に休憩を取ることが出来る。
「それもそうですが、今回のダンジョンは浅く広く、そしてモンスター密度が高いとの事前報告を受けています。疲弊した状態でダンジョン内に入り込んでそこで長時間戦闘を行う可能性を考えると、今無理せずに落ち着いて行動するほうが安全策だと思います」
「なるほどな……まあ松井さんがそういうならそうなんだろう」
「それに、ダンジョン内には入って三十分あたりのところにモンスターが寄り付かないエリアが存在するようです。疲れた体で三十分間戦闘を継続するのは怪我人も出るかもしれませんし、今回は安全策のほうを優先したいと思います。もしダンジョン構造が簡単で狭いような場所なら一気に制圧してしまうほうがより安全だとは思うのですけどね」
松井の意見に納得すると、疑問が解消したのか質問した探索者も休憩の準備に出かけた。地図を開いて登山ルートを確認しながらのダンジョンまでの道を確実に見つけるため、松井は二人だけ連れて先を見に行き、危険だと思われた箇所の下見に出る。予想通り、多少切り立っている狭い獣道のような場所に出た。
獣道の先の地面をよく観察すると、横に水が流れたような跡を発見した。ここは大雨になると水浸しになって滑りやすくなる。人間の足ではやはりこの後の雨を考えると移動は厳しい。新しいルートを探すべきだろう。
より安全な道を探し出したところで時間切れのようだ。ぽつぽつと雨が降り出した。山の天気は変わりやすい。まもなく豪雨となることは予想できる。早めに撤収指示を出して休憩場所に指定したはずのキャンプへと戻った。
今日はまだツいている方だ。休憩できる場所が確保できている分だけ幸運だろう。そのような開けた場所や屋根のある場所を見つけられずにずぶ濡れの中強行軍でダンジョンへ挑むことになるケースもある。あの時は強行軍で進んだおかげでダンジョンへたどり着く前に一人が川に流されて行方が解らなくなり、貴重な斥候スキル持ちを一人失うことになった。彼が居ればもう一パーティー余分に攻略部隊を組織して、ダンジョンを潰して回ることが出来ただろうに。彼の最後の言葉を思い出し、すこししんみりとした。