マツさん、あなたは一体何者なんですか。
初めて会ったその日から数えて、その一言を聞けずに二ヶ月経った。マツさんは何故ここに居るのか。何故ここにとどまるのか。何故我々の世話を焼くのか。そして、我々が全ていなくなった後、彼は何をするのか。そんなモヤモヤを抱えながらも、確実に俺は力をつけて行っていると思う。
マツさんはちょくちょく運動代わりに戦闘第二パーティーに参加する回数が若干増えた。そのたびに酒盛りが行われるという訳ではないが、マツさんが効率的に動くことにより収支はプラスに転じ始めた。
また、俺が第三層で確実に行動できるようになったため、仕事量に余裕が出始めたため武器がちょっと立派になった。前までは手に持てるサイズの鉄筋に手持ちに当たる所に布を巻いてなんちゃって槍で戦っていたのだが、マツさんから新しく完全に見た目からして立派な槍を受け取った。
そこそこの値段がするらしいが、今まで頑張った分のご褒美みたいなものだとマツさんは言っていた。これなら投げてよし殴ってよし突き刺してよしの汎用中距離近接武器となる。今まではぶん殴るか突き刺すしかできなかったのがもうちょっとだけやることを増やすことが出来るようになったというところ。
今日も三層でマツさん込みで三層をグルグルと回っている。ゴブリンアーチャーも完全に慣れ、場合によっては相手が弓を打ち始める前に近寄ってそのまま槍でぶん殴ることも可能になってきた。俺が攻撃に率先して参加できる分シゲさんやスギさんの負担も減り、どんどん戦うスペースが上がっていく。
「三郎さんも三層は完全に慣れたね。これなら四層にも迎えそうだね」
マツさんは今日もニコニコとドロップアイテムを拾っては貯金箱に魔石やゴブリンアーチャーのドロップ品である弓や矢を入れていく。今日は昨日よりも稼いでいることは確実だ。
「四層、行ってみますか? 」
シゲさんが珍しく提案をする。普段は危ないから行かせたくないと言っていたシゲさんが、だ。
「おやいいんですか? 四層からはゴブリンマジシャンが出ますよ」
ゴブリンマジシャンは魔法を使ってくるゴブリンだ。魔法一口に言っても色々あるらしいが、ここのダンジョンのゴブリンマジシャンは火の魔法と石つぶてをぶつけて来るらしい。
「それほど頻度の高い魔法を打ってくるわけでもないし、出てくるモンスターはシールドゴブリンとゴブリンマジシャンだけです。シールドゴブリンが居なければゴブリンマジシャンはそんなに耐久もないし、よほど離れたところ同士で同時に出会わない限りは大丈夫ですよ。三郎さんも強く素早くなりましたし、もうちょっと稼いで帰りましょう」
「解りました。ただ、危ないと思ったら引き返しますからね。ゴブリンマジシャンに火傷でも負わされたら大事ですから」
「解ってますよ。それに危ないときは三郎さんに殴ってもらう前に倒します。その辺の動きは任せてください」
マツさんがサポートに入るので問題ない、ということらしい。よし、四層でも頑張るか。
始めておりたった四層は三層と風景が変わらず、青白い光に覆われた洞窟だ。ダンジョンによっては毎階層ごとにダンジョンの見た目が変わったりするそうだが、ここのダンジョンは現状解っている範囲で見た目に大きな差は無いらしい。タカさんが斥候に出かけ、早速ゴブリンマジシャンを釣りだしてくる。
ゴブリンマジシャンはタカさんに向けて石つぶて……土魔法と便宜上呼ぶらしいこれをひたすら叩きつけようとし、タカさんはそれをひょいひょいと避けている。これだけ慣れた戦闘が出来ていると言うことは俺が来る前は普通に四層で戦いをしていたということにもなる。俺はかなり甘やかされて戦っているんだな。
タカさんとスイッチするように俺が前に出て、ゴブリンマジシャンに向かって突撃する。ゴブリンマジシャンはこちらにターゲットを変えてよく解らない言葉で詠唱を始めるが、その間に近寄り、ゴブリンマジシャンの心臓辺りを一気に突く。ちゃんと持ち手が用意されているこの新品の槍は確実にゴブリンマジシャンの心臓を貫いたのか、詠唱が途中で中断されたらしく何も出現しないまま黒い粒子に変わっていった。ドロップはいつもの魔石より小さいが少し綺麗な奴と、それからアクセサリーのようなものを落としていった。
「初めてにしては上々ですね。その調子でいきましょう。もしかしたらスキルもレベルアップするかもしれませんしね」
「え、スキルってレベルアップするものなのですか? てっきりこのまま魔石だけを確実に落としていくものかと思ったのですが」
スキルがレベルアップする。という事は魔石以外にもドロップが確定していくことになるかもしれないってことか。だとすればもっと強くならなくちゃな。いずれは第一戦闘パーティーに追いつけるようになるかもしれない。その為にもより多く戦っていかなくちゃな。
「スキルはレベルアップします。例えば私の場合、ネットショッピングで買える範囲のものが増えたり、貯金箱を他人に託すことが出来るようになったりしました。第一戦闘パーティーに今は預けてますね。こうやって私が時々戦闘に参加するのも、自信のレベルアップにも期待してというところが大きいです。もしもう一つ貯金箱を他人に託せるようになれば、私が付いていかなくてもゲルで寝てるだけで他の人が戦闘してドロップ品を手に入れて、貯金箱の中の資産が増えていきますから」
なるほど。でも現状であれだけの種類の物資を調達することが出来るマツさんなのだから、レベルのほうも充分高いのだろう。こちらに居ても中々その恩恵には預かれないかもしれないな。
「多分、こっちよりも第一戦闘パーティーについていったほうが効率が良さそうとか考えてると思いますが、流石にそこまでゲルから長く離れると色々と不都合が出てきますからね。だから期待してますよ。私のレベルも是非上げていってください」
また一つマツさんに期待されてしまった。マツさんは毎回俺に何かしらの期待を寄せている。期待には応えようと努力してみるが、帰ったらマツさんには今日こそ聞いてみよう。一体マツさんの過去に何があって今ここに居るのか。そして、何処を目指しているのかを。
四層の戦闘も無事にこなしきり、帰ってきて夕食を食べて自由時間。各自それぞれやりたいことをやる時間だ。この老人ホームには各自の仕事をやり切った後は自由時間として何をしていても良いという余裕が与えられている。とはいえ最新ゲーム機やインターネット対戦ができるわけでもないので、マツさん経由で購入した娯楽設備、麻雀や将棋、バカラや花札等それぞれ参加したいものが参加して遊ぶという全員が暇な時間が存在するため、それぞれの物事に熱中していた。
「マツさん、お聞きしたいことがあります」
その自由時間を利用して、ついにマツさんに質問をぶつけることになった。
「その様子だと非常にまじめなお話みたいですね。話せる事なら話しましょう」
マツさんも薄々何を聞かれるのか感じ取っているような姿勢を見せる。若干そわそわしている。俺の言葉を待っているのだろうか。
「マツさんは何故、この場所にとどまってこのように老人を集めて生存戦略を組み立てていく、というような流れになってしまったのですか。マツさんの能力はハッキリ言って規格外だと思います。現代でもダンジョン災害以前のインフラがそのまま利用できるというだけでもこのスキルは希少中の希少だと思います。それなのに何故、今ここに居るのか。何故、我々のような人々をかくまって生活しているのか。そして、この先どうしていくのが目的なのか。それらを聞きたいと思います。私が知るべき話ではないと言い切られてしまったらそこまでですが、話してはもらえませんか」
真っ直ぐに思いをぶつける。マツさんは後頭部をポリポリと書きながらついに聞かれることになったか、という感じで目をつぶって少し静止した後、ぽつりぽつりと語り始めた。
「夜の小話にしては少々長い話になります。それでもいいですか? 」
「夜はこれから、ですよ。全部お聞きして、もっとマツさんの事を知ろうと思います。そして、これからここをどうしていくかも含めて、私なりの答えが出したいんです」
「さて、どのあたりから始めるべきでしょうかね。九年ぐらい前になりますかね。私がまだ探索者をしている頃でした……」