マツさんが戦闘に出ることになった。マツさん本人は槍をグルグルと回しながら準備運動をしている。槍を振り回す姿は堂に入っている。パッと見ている雰囲気では問題なさそうではある。
「マツさんてああ見えて実は戦えないわけじゃないんですよね? なんで周りは止めたがるんでしょう」
「マツさんが怪我して取り返しのつかないことになるとマツさんの能力でなんとかしてる食糧やそれ以外の物品なんかの供給が止まることになる。みんなそれが一番怖いんだよ」
スギさんが補足情報をくれる。たしかにマツさんの存在が命綱そのものになっている我々にとってはマツさんは文字通り変えようのない存在だと言える。怪我ならまだしも意識不明になるような状態になってしまうとその間我々もお預けを喰らうという形になるし、本拠に居ないと色々不便を生じるのは仕方がないという話には納得が出来る。でも、それだけだろうか。
「なんかそれ以外にも理由がありそうな雰囲気ではありますが……我々でがっちりガードしてれば大丈夫なのでは? 」
「まあ、見てれば解るよ。とりあえず戦闘になればすぐにわかる。うん」
戦闘に入ればわかる……戦闘になると何かあるんだろうか。なんか不安が押し寄せてきたぞ。
「さあ、行きましょう。久しぶりの戦闘だ。楽しみだなあ」
戦闘を楽しみという物騒な話はさておき、いつものメンバープラスマツさんで二層をグルグル回ることになった。
十分ほど歩いたところでファーストコンタクト。ソードゴブリン二匹とシールドゴブリン一匹のいつもの編成だ。
「よっしゃあ戦闘だぁ、楽しみになってきた」
ボルテージが一気に上がるマツさん。
「マツさん、三郎さんが殴ってからだぞ」
シゲさんが注意を促すが、そのセリフを聞き取り終わるよりもマツさんが飛び出ていったほうが先だった。凄い速さでソードゴブリンを一突きで倒すと、そのままもう一匹のソードゴブリンに駆け寄り、ソードゴブリンの振りかぶった剣を弾き飛ばし、そのまま串刺しにして戦闘をほぼ終わらせる。
「さっきなんか言った? 」
「三郎さんが叩くのが先! じゃないと魔石が! 」
シゲさんが大声で呼びかける。
「そうだった、忘れてた。ごめんよ! 」
「もしかしてマツさんを戦闘に出したくない理由ってこれですか」
マツさんは戦闘になると人が変わるらしいことは解った。それ以上に解ったことは、自分達とマツさんにはかなりのレベル差があることも解った。マツさんなら一人で三階層に入り込んでも何とかなりそうな気がする。
「止めないとマツさんが一人でやっちゃうから出番がないんだよね。せめてシールドゴブリンだけでも倒しておかないとな」
そう二人で頷くとシールドゴブリンに立ち向かっていく。シゲさんが攻撃してる間に横に滑り込んで脇腹を手槍でダメージを加えておく。これでマーキングよし。その後は前衛を後退してシールドゴブリンの攻撃をこっちに引き付ける。シールドゴブリンはダメージに反応してこちらのほうに向きなおったが、その間にシゲさんが後ろからシールドゴブリンを一撃で倒しきる。魔石は落ちた。
マツさんのほうのドロップはソードゴブリンの剣が一本落ちただけで他には何も落ちなかった。やはり俺のスキルは価値がある。それを再確認した。
「いやーもうしわけない。久しぶりの運動だからつい力が入っちゃって。三郎さんの一撃が優先だったね。多少スッキリしたし次からは三郎さんの動きに合わせるよ。頑張ってね三郎さん」
やはり、戦闘の高揚感にまだ包まれているらしい。普段ならここは怪我が無いようにするのを最優先に指示してくれるところだろうが、俺が倒すから先に一撃入れることを優先してほしいと言われたのは初めてだ。
「マツさん、もうちょっと頭を冷やしてから次へ行こう。三郎さんの攻撃が先って百回ぐらい唱えながら進もう」
「解った。三郎さんの攻撃が先、三郎さんの攻撃が先、三郎さんの攻撃が先……」
マツさんは呪文を唱えつつ、モンスタードロップだった魔石とソードゴブリンの剣を拾い上げ、そのまま……ネットショッピングの貯金箱と本人は呼んでいるらしいそこに放り込んだ。マツさんの手元からシュッと魔石とソードゴブリンの剣が消えていく。
「私がが一緒に居ると全てのドロップ品を回収しながら移動できるから無駄が無くて効率的なんですけどね。中々周りが仕事をさせてくれないんですよね」
マツさんがぼやいているが、他のメンバーは慣れているようではいはい、となだめながらタカさんが次のモンスターを探していく。
次も同じモンスターの組み合わせだったので、マツさんとシゲさんが飛び出しそれぞれがソードゴブリンの相手をしつつ、スギさんがシールドゴブリンと盾のぶつけ合いをしている。これはそれぞれ一対一で戦っている間に折れに脇から攻撃をしてその後順番に倒していこうという流れだろう。みんなの手間を取らせないために強そうな奴から一発ずつ入れていく。一発入れ次第、それぞれが動いて順次倒していく。今日はこの手順で一日金稼ぎという形になりそうだ。
全てのモンスターが魔石を落とし、今回も無事に戦い終えることが出来たし、ついでに俺のレベルも上がった。軽めのパワーレベリング、と言った感じだろうか。俺がもうちょっと強くなれればマツさんの代わりに戦闘にも無理が出ない範囲内で活躍できるようになるかもしれないな。目標が出来たぞ。
「なるほど、目で見てハッキリわかりました。やっぱり三郎さんのその魔石ドロップの確定はスキルという認識で間違いないと思います。本来ならスキルの鑑定が出来る人が居ればはっきりできるのでしょうけど、鑑定スキルは希少スキルですからね。流石にこんな果ての終の棲家にそんな人物が来る可能性は皆無でしょうし、そこで納得してもらえるとありがたいですね」
「効果が解ってるだけでも充分価値はありますからね。後はもっと強くなって更に効率がいい狩りが出来るように頑張るつもりです」
「おぉ、その意気です。無理をせずに是非とも頑張ってもらいたいところですね。第一グループに追いつけるようにみんなで頑張りましょう」