老人ホームは皆それぞれ役割を分担して運営されている。正しい意味での老人ホームならば食事を作る、ベッドを新しくする、掃除洗濯する、排便排尿の世話、それぞれにや介護士さんがいて、とかなりの人数の管理が必要だが、ここには介護士というものは存在しない。老人が管理運営して老人が自分で食糧を得るための活動をして、老人が食事を作って、出来る限り自分で排尿排便もする。
いつも通りマツさんの部屋で書物を読ませてもらって勉強中、ふとそのあたりをどうやって管理しているのか? とマツさんに問うてみると、割と解りやすくて単純だが苦労をしのばせる答えが返ってきた。
「まずここに来た段階で、皆さんにはある程度レベルを上げてもらっています。三郎さんがやっているように、何かしらの形でモンスターへ攻撃を行ってもらって、その後倒すことで経験値分配ができますからそれで数レベルアップしてもらいます。そうすれば、三郎さんの膝みたいに悪くなっている体の節々や体調なんかをある程度コントロールしてもらっているんです」
つまり、食事や洗濯を担当している老人たちも数レベルはレベル上げを体験してもらっている、ということになる。
「もし、レベル上げのためとはいえモンスターを倒すことに忌避感がある人が来てしまった場合どうなるんです? 」
「そういう方も居ました。自分だけ何もしないということに居づらさを覚えて自分からここを去る決断をした人も居ます……さすがにそう言う決断をされた方のケアまでここで対応をするわけにはいきませんからね。みんなのホームですからルールはあります。ルールを守ろうとして守れなかった人と、ハナから守る気が無い人には明らかな壁があります。言い方は悪いですが、そういう人には出て行って自活してもらうか、モンスターの餌食になっているか、よほど運が良ければダンジョンから脱出して他に助けを求めることも出来たんじゃないでしょうか」
マツさんは悲しそうにそう答える。考えてみればいきなり変化した環境に誰でも対応できるわけではない。虫も殺したことがない人がこちらへ追い立てられてきて、もしくはボケが入り始めて対応仕切れない、他にもいろいろあるはずなんだ。ここに居る人は皆この環境に対応で来た人しかいない。もっと多くの人がここと訪れ、人によっては去り、人によってはここで亡くなっているんだろう。
「ここで亡くなった人が出た場合、御遺体はどうなさっているのでしょうか? 」
俺自身も死期はそう遠くない所に来ているのは解っている。死体を埋葬するのか、それともダンジョンに放置するのか。
「墓場があるわけではないんですが、特定の場所へ運んでそこに放置しておくことでダンジョンに取り込まれる、という形で埋葬させていただいています。鳥葬や水葬に近い形ですね。ここへきて今までに亡くなった人は五人居ます。二人は戦闘中の怪我が元で、一人は事故、と言うか転んだ時に頭を打って意識が無くなってそのまま、二人は……往生した、と言っていいんでしょうかね。難しい所ですが老衰という形になっています。地上程の医療水準を確保できるわけではありませんから、精々血圧と体重を計って原因を探る、ぐらいしかできません。医療品を入手することは難しくはないんですが、医者がいるわけでもないですからどうしても対処療法になってしまいます」
やはり亡くなる人がでるというのは避けられない事態のようだ。
「レベルを上げていても健康面に限度はあるんでしょうね。私も気を付けないと」
「三郎さんならまだしばらくは大丈夫だと思いますよ。なんでもレベルをそれなりに上げた人になると、予兆が来るらしいのですよ。俺はそろそろ厳しいかもしれない、と。不思議な話で、その半年ぐらいかけて自然と体が衰えて来るらしいです。そう言い残していったケースが二件しかないのでサンプルとしては足りないかもしれませんが、探索者として経験を積んだからこそ感じ取れる第六感のようなものかもしれませんね」
おれもそこまで探索者として? のレベルを積み上げていけるんだろうか。その時にならなければ解らないか。それまでは出来る限りここの役に立てるように精進していこう。
それにしても、これだけの人員管理と差配が出来て、金銭的……この場合通貨が魔石になるがそれらを把握して院長として仕事をしていられる。このマツさんという人は何者なのだろう。何故この場所に、という点についても謎だが、これだけ便利な能力を有していれば現代社会では一財産も二財産も気づく事だって可能だ。なんせ、この世に存在した通販商品を全てその場で取り出すことが出来る。モンスターの魔石が必要だとしても、魔石を購入して直接使う事でここで暮らすよりも楽な暮らしが出来るのは間違いないのだ。何のためにマツさんはここに居て、何のために我々をここで生かし続けるのだろう。
質問をしたいのはやまやまだが、その質問をすることが怖い。質問をして彼の中で得心できる結論が出来て彼が何処かへ去ってしまう事になれば、それは残された人々にとっての絶望を意味する。そう考えてしまう自分がいる。
つまり、既に俺もマツさんに依存してしまっているんだな。そしてこの依存はここに存在する限り、そしてマツさんが生き続ける限り続いていくのだろう。それについてマツさんの負担にはなっていないかどうか。そのあたりが気になるな。
マツさんの横顔を眺めながらそんな考えをグルグルと回していると、マツさんがこちらの視線に気づいて手を振っている。手を振りかえし、読んでいる本に集中することにした。モンスタードロップ運以外に俺にも何かスキルが生えてこないか、それを確かめるための本……らしい。
「もしかしたら戦闘に役に立つスキルが新しく身に付くかもしれないから目を通しておくといいよ」
そうシゲさんに言われて読んでみている本である。ちなみにシゲさんは途中であきらめたらしい。今自分がちゃんと戦闘で来ているならそれで充分、スキルは適性がある人が有効的に活用していけばそれでいい、自分は己の肉体で戦い抜く、と言っていたが、聞いたところシゲさんは俺より二つ年上。無理して血圧を上げるような真似はつつしんでもらいたい。
続きを読むか。何々、探索者としての能力はダンジョンに潜って初めて開花する物も有り、年齢や性別にかかわらず発現する可能性は低いとは言い切れない……