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第14話 再生

 王宮の外には、国中から人が集まっていた。

 見渡す限り人で埋め尽くされている。


 窮屈きゅうくつそうにひしめきあう人間たちの間を人が通り過ぎて行く。

 事故にならないようにと、兵士たちが等間隔に並び人々を誘導している姿が目に入る。

 国中の老若男女ろうにゃくなんにょ、すべての人たちがここに集結しているように思えた。


 今日は新しい王が発表される日。

 国民は目を輝かせ、王の誕生を今か今かと待っている。


 セシルたちは、発表のための準備を整えているところだった。


 これから発表の場となるバルコニーの奥には関係者が控えていた。

 皆忙しそうに、これから行われるセレモニーの準備に追われている。


 そんな中、セシルを中心に人が集まりはじめていた。



「セシル、これでよいのだな」


 王が問いかけるとセシルは笑顔で頷く。


「おまえという奴は……」


 王は優しくセシルを抱擁ほうようし、満足そうに頷く。続いて隣で待機していたサラがセシルをきつく抱きしめた。


「セシル、アルを支えてあげてね。私はいつでも二人の味方よ」


 式のために正装したサラは、女神のように美しかった。

 瞳を輝かせながらセシルを愛おしそうに見つめる。


「ありがとう、母さん」


 セシルは最高の笑顔をサラに見せた。

 すると、そこへロジャーが姿を現した。


 彼のスーツ姿なんてはじめて見た。

 セシルは可笑しくてつい笑ってしまった。


 ロジャー自身も着慣れない服装が気恥ずかしいのか、少し頬を染めて咳ばらいをする。


「セシル、こんな素晴らしい席に招いてくれてありがとう」


 ロジャーがセシルの手を強く握った。


「ロジャー、あんたは俺のもう一人の親父だからな」


 セシルがニカっと笑ったあと、お互いの視線が交わる。

 微笑みながら二人は拳を突き合わせた。


 すると突然、横からポールの拳が二人の目の前に飛び込んできた。


「兄弟も、忘れんなよ」

「忘れるかよ」


 セシルとポールはお互い微笑み合うと拳をぶつける。

 三人は肩を組み合い笑った。


 しばらく会話を楽しんだあと、セシルは二人と別れた。


 そのとき、コホンと一つ咳払いが聞こえ、セシルが振り向く。

 そこには、トーマスが背筋を伸ばしながら敬礼して立っていた。


「これからはあなた様のことも、命に代えてお守りいたします」


 張り切ってそう言い放つトーマスを尻目に、セシルは照れくさそうに頬をいた。


「いいよ……おまえはアルを守ってくれ」


 その言葉を聞いたトーマスはもう一度敬礼し、笑顔で配置に戻っていった。

 その様子がおかしくてセシルはクスっと笑ってしまう。


「セシル王子!」


 大きな声に驚きセシルが振り向くと、今度はひざまずこうべを垂れるゲイトの姿があった。


「王子、許してくださいとは言いません。どんな罰も受ける所存しょぞんです。

 しかし、これだけは言わせてください。

 ――生きていてくださり、ありがとうございました!」


 頭を下げ続けるゲイトを見つめ、セシルは優しく微笑んだ。


「もういいんだ、過去のことは。

 これからは俺とアルと、この国のために力を貸してくれ。

 それでチャラだ!」


 セシルが飛び切りの笑顔を見せると、ゲイトは顔をくしゃくしゃにして笑った。


「はい!」




「アル、準備できたか?」


 セシルがアルに声をかけると、アルは振り向き頷いた。


「うん」


 セシルが手を差し出すと、その手をしっかりと握るアル。


 二人は幕を開け、一歩踏み出した。





 国を広々と見渡せる広いバルコニー、そこへセシルとアルが現れる。


 国民たちは一斉いっせいに叫び、熱狂する。

 大きな歓声が飛び交った。


 新しい王の姿に、皆興奮がおさまらない様子だった。


「皆、静粛せいしゅくに」


 王が国民に告げると、一瞬にして静寂が訪れる。


「これより、新しいこの国の王を紹介する」


 皆は息を呑んで、王の次の言葉を待った。


「アルフレッド!」


 呼ばれたアルは一歩前に出る。

 静かだった空間に、また国民の歓声が沸いた。


 アルは大勢集まった国民を見下ろし、皆に深々と一礼する。


「みなさん、私がこの国の次の王に任命されました、アルフレッドと申します。

 僕はこれまでの国政を一から見直していきたいと考えています。

 今までのように上の者が下の者から奪うのではなく、お互いが与えあい感謝できるように。

 強き者が弱き者を従わせしいたげるのではなく、お互いに支え合い助け合えるように。

 生まれや育ちで人の価値を決めず、一人一人と向かい合い、それぞれが尊重し合えるように。

 国民全員がこの国に生まれてよかった、幸せだと笑って生きていけるような国にしたい。

 僕はそう思っています」


 皆、真剣にアルの話に耳を傾けていた。

 皆、アルを見つめる目は真剣だった。


「今までみなさんのことを苦しめていたこと、王子として謝ります。

 申し訳ありません。

 ――そして約束します。

 これからは僕と、彼が! この国をみなさんが誇れる国へ導いていくことを」


 アルがセシルを見つめる。


 緊張した面持おももちのセシルがアルの横に並んだ。

 セシルの登場に、国民がざわついた。


「小さい頃、行方不明になっていた王子が見つかりました――それが彼です。

 彼は、僕の兄です。

 彼はスラムで育ちました、彼の育ての親もスラム出身です」


 国民の表情が不安や疑心に変わっていく。

 皆それぞれセシルについて様々なことを言いはじめた。


「おい、スラムだってよ」

「そんな人が、王子?」

「これから、あいつが国を治めるのか?」


 セシルは困った表情でアルを見つめる。

 アルはセシルを励ますように笑顔で頷き返す。


「みなさん、彼だからこそ、私と共にこの国を治めて欲しいのです。

 スラムで生きてきた彼だからわかること、考えられることがあり、そして、みなさんのことをよりわかってくれるとは思いませんか?

 僕は彼と過ごす中で――彼の人間性を知り、人として兄として尊敬し、共に生きていきたい。

 共にこの国をより良くしていきたいと思いました。

 どうか、みなさんにも彼のことを認めていただき、応援していただきたいと思っています」


 国民はただ黙ってアルの声に耳を傾けていた。


 アルが不安そうなセシルの背にそっと手を添える。


「セシル、何か一言」


 セシルは緊張した面持ちで国民を見渡すと、大きく息を吸い込んだ。


「あの、俺、みんなの期待に応えられるような人間じゃないってことくらいわかってる。どうしようもない奴だっていうことも知ってる。

 ――俺自身、自分が王子だなんて信じられなかった。

 俺はスラムで育ったスラムの人間だ、生きるために悪いこともしてきた。皆がみ嫌う存在だってことも、わかってる。

 でも、俺は有難いことに人に恵まれてた。

 父親代わりに俺を育ててくれた人や、兄弟みたいな仲間たちに愛されて育った。

 その人たちのお蔭で、俺は真っ当な人間になれたって思う。

 そりゃあ、苦しいこともたくさんあったし、この国の汚いところも見てきた。もちろん世の中の残酷さも知ってる。

 俺自身、たくさん差別を受けたし、虐げられてきた。

 ――でも、だからこそ! そんな国は、世の中は嫌だ。

 みんなが笑って幸せに暮らせる国を作りたい。

 もう誰かが虐げられ、泣いている姿は見たくないんだ……。生まれや身分で人を差別するような世の中は、もううんざりだ。

 アルみたいな奴が作った国に俺は住みたい。

 だから……俺にも少し手伝わせてほしい。隣で支えながら、アルの理想の国を一緒に作っていきたいって、そう思ってる。

 みんなに受け入れてもらえると、嬉しい」


 セシルは、精一杯の思いのたけを伝えた。


 辺りは静まり返る。


 セシルとアルは国民の反応を待った。


 徐々に一つ、二つと拍手が聞こえはじめる。

 それはだんだん大きくなっていき、その中にはセシルへの声援も混ざっていた。


「おまえがいい奴なの、伝わったぞ!」

「これからに期待している!」

「アル王と仲良くねー」


 たみからの暖かい言葉がセシルの耳にも届く。


「アル……」


 セシルがアルを見つめると、アルの目には涙が滲んでいた。


「ばか、おまえが泣いてどうするんだ」

「だって……」


 二人が微笑み合う。

 その後ろで、王とサラも喜びを分かち合っていた。



 いつまでも鳴りやまない拍手の中、アルとセシルは幸せそうに国民たちを見つめる。


 ふとアルがセシルに問いかけた。


「……本当にこれでよかったの?」


 アルはセシルが正当な王位継承権おういけいしょうけんを持っていたのに、セシルが辞退したことを気にしていた。


「いいんだ。アル。王はおまえだ。

 俺は出会ったときからそう思ってた。

 ――俺はおまえを支え、一緒に夢を叶えていきたい」


 セシルは幸せそうに笑った。

 アルも満面の笑みを向ける。


「セシル、この国を必ず豊かで幸せな国にしよう」


 お互いの決意を確かめるように、二人は握手を交わす。


 国民の歓声は最高潮さいこうちょうに達し、国中に響き渡った。



 空には鳥が飛び交い、泣き声を響き渡る。


 青空は果てしなく広がり、太陽は二人の前途を祝福し、この国を照らしていた。


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