しくじった、全てバレてしまった。

　先ほどから物陰にかくれ、アルたちのやり取りを見ていたマーヤは気が気でなかった。

　まずい……しかしまだ挽回ばんかいは可能だ。

　あいつらみんな騙しやすい連中ばかりだ。うまく誤魔化せばなんとかなる、私の頭脳と話術を駆使くしすれば。

　マーヤはここにきてもなお、自分の勝利を疑っていなかった。

　彼女にとって自分以外はすべて自分の欲望を満たすための駒こまでしかない。

　自分は絶対的な支配者として君臨くんりんし続けることができるのだと信じ込んでいた。

　あとはセシル、貴様だけは始末しまつしなければ。

　それだけはやり遂げないと、今までの苦労が水の泡だ。

　セシル、どこだ、逃がさない。

　マーヤは変装し、町の人込みに紛れていた。

　鋭するどい目つきでキョロキョロと辺りを見渡す。

　この辺りにセシルがいると配下から連絡があったのだ。

　あいつの住処すみかまで襲撃しゅうげきしたのに運よく逃れたようだな、なんと悪運の強い奴。

　今度こそ、私がこの手で始末してやる、それが一番確実だ。

　いた！

　マーヤはスラム街から出てきたセシルを発見した。

　セシルは一人で無防備に歩いている、かっこうの餌食えじきだ。

　今度こそ、仕留しとめてやる。

　マーヤはゆっくりと確実にセシルとの距離を詰めていく。

　二人の距離が数メートルになった。

　不気味に微笑むマーヤの手には、ナイフが握られていた。

「さようなら、王子」

　マーヤはセシル目掛け駆け出した。

　アルは必死にセシルを探していた。

「待ってください、そんなに走っていかれたら危ないです」

　アルの後ろを懸命についてくるトーマス。

　彼はアルの奔放ほんぽうぶりに振り回され、いつもヘトヘトだった。今もアルを守れるかどうか気が気でない。

「僕より今はセシルが危ない、トーマスもセシルを探してくれ」

　アルは町を駆け抜けていく。

　スラム街に行ったほうがいいかと考え、そちらへ目を向ける。

　そのときマーヤの姿が目に入った。

「いた！」

　アルが急に立ち止まる。

　マーヤの手にはナイフが光り、彼女の視線の先を辿るとそこにはセシルの姿があった。

　アルの心臓が大きく跳ねた。

　いけない、駄目だ……それだけは。

　アルの足は考えるより先に動いていた。

　セシルはロジャーとポールのことを護衛に任せ、アルのもとへ向かう途中だった。

　自分も危険だが、アルのことも心配だった。

　母親があんな人間だと知って、どれだけアルが傷ついているか……傍にいてあげたい。

　いてもたってもいられなくて、城へと急いだ。

　スラム街から町へ出ると、遠くの方からアルが走ってくるのが見えた。

　こんなところで一人で危ないじゃないか、とセシルは内心ないしん怒った。

　彼は自分が王子だという自覚がないのだろうか、いつも気軽に町やスラムに足を運んでくる。

　セシルはアルを守ってあげたいという思いが、日に日に強くなっていくのを感じていた。

　アルは物凄ものすごい速さでこちらへ向かってきた。

　そして、あっという間にセシルはアルに突き飛ばされていた。

　え――何で、どうした？

　その瞬間、目の前でアルは誰かに刺された。

　今まで自分がいたその場所で、刺されたのだ。

「え……」

　セシルは固まってしまい、動かない。

　刺した相手もしばらく動かなかったが、はっとしたように今度はセシルの方へ向き直り、もう一度セシルを刺そうと襲い掛かってきた。

　が、突如現れたトーマスがそれを阻止そしする。

　素早い動きでナイフをもった人物を羽交はがい絞じめにした。

　通りすがりの女性が事態に気づき、悲鳴を上げる。

　アルは地面に倒れた。

　脇腹わきばらの辺りが徐々に血で染まりはじめる。セシルはその様子をただ見つめることしかできない。

　セシルの後を追ってきた護衛たちが、急いでアルの手当をはじめる。

　刺した人物は護衛たちに取り押さえられ、連行されていく。

　アルはすぐに近くの診療所しんりょうじょへと運ばれていき、セシルはただその様子を茫然と眺めているだけだった。

「ア、アル……」

　セシルはアルの名を繰り返すだけで、動かない。

　見かねた護衛がセシルを立ち上がらせると、アルの運ばれた診療所へと連れていった。

　アルは診療所で治療を受けたあと、すぐ王宮へと戻された。

　続いてセシルも王宮へと案内される。

　王とサラが心配そうにセシルを出迎えた。

　セシルがまだ放心状態でいると、サラが真剣な眼差しで告げる。

「アルはきっと大丈夫。

　……医者が言うには今晩が峠とうげだそうよ」

　アルの傷はそう深くはなく、命に別状べつじょうはなかった。

　しかし、刃に毒が塗られていて、その毒がアルを蝕むしばんでいた。解毒剤をすぐに打ったので、容体は落ち着いている。

　あとは本人の体力が回復するのを待つしかないと医者は告げた。

　セシルはベッドで眠るアルの傍に行き、手を握りしめる。

「アル……ごめん、俺のせいで。

　死なないでくれっ。まだ俺は、おまえに何も返せていない。

　まだまだおまえと一緒にやりたいことがたくさんあるんだ。この国をいい国にするんだろ？　一緒に夢を語ったじゃないか。

　おまえにしかできない、頼む……目を覚ましてくれ」

　セシルは祈った。

　今できることはそれしかなかった。

　王とサラは、そんなセシルに寄り添い一緒に祈った。

　三人は夜が明けるまでアルの傍にいた。