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第10話 決意

 中庭に着くと、マーヤは事前に配置していた配下はいかを茂みの中に確認する。


 今度こそセシルは終わりよ、マーヤの口元がゆるんだ。



 王とサラはセシルと庭園ていえんを歩きながら、和やかに会話を楽しんでいた。

 その少し後ろからアルが周りを警戒しながら歩いていく。


 マーヤは遠くの方でベンチに座り、皆の様子を目で追っていた。


「どうだい、少しは落ち着いてきたかね?」


 王はセシルを心配そうな眼差しで見つめ、優しく尋ねる。

 先ほどの出来事に心を痛めているようだった。


 その心遣いが嬉しくて、セシルは出来る限りの笑顔を向ける。


「はい、お気遣いありがとうございます。この庭園もすごく素敵なところですね」


 王宮の中央にある庭園は、豪華絢爛ごうかけんらんなものだった。


 色とりどりの花が咲き誇り、庭園を埋め尽くしている。

 草花は精巧せいこうな形に切り揃えられ、見事な芸術品のように配置されている。見ているだけで目の保養ほようになる。

 中央には大きな噴水ふんすいがあり、放出されている水が時々形を変え様々な模様もようを描き、見る者の心をなごませる。

 地面にはレンガで道が作られていて、そこを歩けば庭全体が散策できる。


「ありがとう、私が設計したのよ」


 サラが嬉しそうな笑顔をセシルに向けた。


「へえ、すごいです」


 セシルは照れながら微笑み返した。


 サラといるとなんだか今まで感じたことのない感情が溢れてくる。

 これがなんなのかセシルにはわからなかったが、すごく温かくて心地がいい……。


 こんなに優しく暖かな人が自分の母親だったら……ついそんな夢を描いてしまう。


 アルは後ろから三人のことを見つめていた。

 そして、考える。セシルはやはり自分の兄なのではないかと。


 三人から放たれる空気感は、家族のそれを思わせる。


「な、アル」


 セシルがふいにアルに話しかけた。

 考えにふけり、話を聞いていなかったアルは驚いた表情をする。


「あ、ごめん、聞いてなかった」

「なんだよ、しょうがないな」


 笑いながらセシルが王とサラから離れた。

 そのとき、遠くの茂みで何かが光ったのがアルには見えた。


 そこから矢が飛んでくる。

 その矢はまっすぐにセシルへと向かっていた。


 アルは咄嗟とっさにセシルを突き飛ばした。

 矢はアルの腕をかすめていった。


「アル!」


 ふらつくアルをセシルが支えると、すぐに王とサラも駆けつける。

 今度はマーヤも血相けっそう変えて走ってきた。


「なんてことを! アル、大丈夫?」


 マーヤがセシルを突き飛ばしてアルを抱きとめた。

 突き飛ばされ転んでしまったセシルの側にサラが駆け寄る。


「セシル、大丈夫?」

「はい……」


 セシルはサラに微笑んだあとアルを見つめた。


 アルは疑心ぎしんと怒りに満ちた眼差しをマーヤに向けていた。

 そんなアルの視線を無視しながらマーヤが叫ぶ。


「矢を放った者を捕らえろ! 絶対にのがすな!」


 近くにいた家来たちが一斉に捜索そうさくを始める。


 アルがマーヤの手を振りほどき、セシルのもとへ向かおうとする。


「アル!」


 マーヤは引き留めるように手に力を込めた。

 しかし、アルは力強くマーヤを振り切っってセシルのもとへ駆けていった。


「セシル、よかった、無事で」


 アルはセシルの手を取り、心底安心したように微笑んだ。


「アル……ごめん、俺のせいで」


 セシルは自分のせいでアルを傷つけてしまったことを悔いて、苦しげにうつむく。

 そんなセシルを優しい目で見つめたアルは静かに告げた。


「いいんだ、少し休みたい。

 ……僕の寝室しんしつまで連れてってくれる? 

 母上たちはもういいです、今日はお開きにしましょう」


 アルがそう提案すると、皆納得したように頷いた。


「そうだな、今日は色々ありすぎた。

 セシル、申し訳なかった、こんなことになって」


 王が疲弊ひへいした顔でセシルに謝る。


 こんな立て続けに事件が起き、その理由もわからない。

 王も精神的にかなり疲れていた。


「セシル、本当にあなたが無事でよかった。

 こんなことがあって恐いでしょうけど、私はまたあなたに会いたいと思っているわ、よければだけど」


 サラもこんな事態になり、セシルがもう会ってくれなくなるのではと心配していた。

 サラは不安げにセシルを見つめる。


「はい、もちろんです。今日は残念でしたけど、俺もあなたにまた会いたい。

 王にも、アルにも」


 セシルが笑顔を見せると、三人とも安堵あんどした表情になる。


 そんな中、マーヤだけが悔しそうに唇をんで、セシルを睨んでいた。





 アルの寝室に入ったセシルは、また驚くことになった。


「これが寝室?」


 普通の一軒家いっけんやが軽く入ってしまうほどの広さの部屋に、三人でも余裕で寝られそうな大きなベッド。

 高い天井には大きなシャンデリアがあり、開放的でお洒落しゃれなデザインの窓が等間隔とうかんかくに並んでいた。


 中央に机と椅子があったので、そこでセシルとアルは休憩することにする。


 給仕きゅうじが紅茶とお菓子を運んでくる。

 その紅茶を一口飲んで、セシルはやっと肩の力が抜けるのを感じ、深いため息を吐いた。


「なんだか、今日はびっくりすることばっかりだ」

「疲れたでしょ? ゆっくりして、ここならきっと何も起こらないから」


 マーヤだって息子の部屋にまで仕掛けを用意していることはないだろう。

 ここでならセシルとゆっくり話せる。


 アルはセシルへ向き直ると真剣な表情になった。


「セシル、やはり君は、僕の兄かもしれない」


 突然の告白に、セシルは飲んでいた紅茶を吹き出した。

 そして丸く大きな目でアルを見つめる。


「僕の兄は赤ん坊の頃、行方不明ゆくえふめいになったんだ。

 父上や母上、サラさんが一生懸命手を尽くして探したけど見つからなくて、兄は死んだと思っていた。

 でも、僕は君と出会い一緒に時間を過ごすなかで、セシルが兄ならいいのに、なんて思いを巡らすようになっていた。

 一緒にいると居心地がよくて、目に見えない絆のようなものを君に感じていた。

 兄の年齢とセシルの年齢は同じだったし、兄は行方不明でセシルは捨て子だ。共通点も多い。

 何よりあの毛布……。王家の紋章もんしょうを見たときから、僕の中では君が兄なのかもしれないという思いが日に日に強くなっていた。

 だから王とサラさんに会わせたんだ。

 二人に会わせればきっと何か感じるものがあると思った。

 あんじょう、はじめて会ったサラさんは君をすぐに認めた。きっと彼女の中の母性ぼせいがそうさせたんだと思う。赤の他人にはじめて会って、泣いて抱きしめたりなんかしないよ。サラさんは君に何かを感じたんだ。

 そして、僕の母上のあの態度……。

 母上にとって君は邪魔な存在なんだと思う。今事実上この国の実権を握っているのは母上だ。僕が王位を継げば、将来的にも政権をあやつれる。

 セシルが現れたことによって実権を失うことを恐れた母上は、今日君を……」


 アルは黙ってしまった。

 次の言葉を口にすることを躊躇ためらっているようだった。


「僕は今日、確信したよ。

 君は僕の兄で、君を殺そうとしたのは……母上だ」


 アルは悔しそうな表情で俯いた。


「僕は今まで母上のことを何もわかっていなかった。

 少し冷酷れいこくなところがあるけど、本当は優しい人だって。僕の目は節穴ふしあなだった」


 アルの声は震えていた。

 急に顔を上げると、力強い瞳をセシルに向ける。


 「僕はこの国のためにも、母上を止めてみせる」


 セシルはいきなりの告白に、心の整理がつかず、どうしていいのかわからなかった。

 ただ、アルのその強い思いだけは確かに伝わってきた。


 アルのその覚悟と決意を受け止めるように、セシルは戸惑いながらもしっかりと頷き返した。


 もう引き返せない、そんな気がした。




 扉の外でひっそりと耳を澄ましていたマーヤは、静かにその場を離れていく。


「アル……さとい子、さすが私の息子。

 アルはあとで言いくるめるとして。とにかく今は、皆がセシルを王子だと認識する前に、一刻も早くあいつを始末しまつしないと」


 そうつぶやきながら、マーヤは暗闇の中へと姿を消した。


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