「すっげえー」
目の前には見たことも無い、
長い廊下はどこまでも続いており、その上には赤い
廊下の端には高そうな
廊下から見える大きな広場の中央には
お城の中は迷路のように広く、一つの町が入ってしまうくらい大きいのではないかと思えた。
一つ一つの部屋は家が
見たこともない世界に目を輝かせながら歩いていくセシルを、微笑ましく見守っていたアルが優しく声をかける。
「セシル、王に紹介するよ」
アルの口から「王」という言葉を聞き、セシルは緊張する。
そのつもりで今日はお城へ来たつもりだったが、自分が王様に会うなんて、まだどうしても信じられなかった。
アルの案内に従って、セシルは王の間へと
大きな広間にはたくさんの
空気は張りつめ、セシルの緊張はさらに増していく。体が固まり、手と足が
アルは可笑しそうに笑うと、セシルの背にそっと手を添える。
するとセシルの緊張が少しだけ和らぎ、表情が
アルがセシルを王の前へと連れて行く。
「父上、彼がセシルです」
アルの紹介を受け、王がセシルへ近づいてくる。
セシルは緊張しながらゆっくりと顔を上げた。
初めて王の顔を見るが、とても温和で優しそうな人に見える。
少し丸い体型に、ニコニコとした笑顔が特徴的な、いわゆる
この人が今の国政を行っているとは思えない。やはりあの噂は本当なのか、国政を握っているのは妃だという噂。
町にはそういう噂が以前から流れていた。ただ皆、噂だと思っていた。
しかし、この王を見るとそれが真実なのではないかと思ってしまう。
「君がセシルか、アルから話は聞いているよ」
優しい笑みを浮かべた王が振り返って、誰かを呼んだ。
すると奥の方から妃の妹であるサラが顔を覗かせた。
黒髪を綺麗に後ろにまとめ、
可愛らしさの中に美しさを
サラはゆっくりセシルに近づいてくると、その蒼い瞳でじっと見つめた。
その瞳にじわっと涙が浮かんできたと同時に、サラはセシルをきつく抱きしめる。
その場にいた全員が驚き、どよめく。
皆、戸惑い顔を見合わせている。
サラ自身も自分の行動に戸惑っているようだった。すぐにセシルから体を離す。
「ご、ごめんなさい。体が勝手に。
……あの、あなた、赤ちゃんのときに捨てられていたって本当?」
セシルは急に抱きしめられたことが全然嫌ではなかった。
それどころか、暖かくて、心地がよく、とてもいい匂いがした。
いい歳した男が女性にそんなこと思うなんて……恥ずかしくて、セシルは顔を真っ赤にしながら下を向く。
「はい、父からそう聞かされていました」
セシルが返答すると、すぐに次の質問が飛んでくる。
「王家の
セシルは照れくさくてサラから目を逸らし、たどたどしく頷いた。
「あなた、年齢は?」
「十六歳です」
サラは王と顔を見合わせた。
王が頷くとサラはセシルをまじまじと見つめ、慎重に告げた。
「セシル、あなたは、私の息子なのかもしれない」
「ちょっと待って!」
妃のマーヤが姿を現した。
「話しは聞いていたわ、そう結論づけるのは早いんじゃないかしら」
マーヤは綺麗な金色の髪をなびかせながら優雅な足取りで近づいてくると、その切れ長の蒼い瞳でセシルを冷たく見下ろした。
氷のようなその瞳に見つめられたセシルは
この人はなんて冷たい目ができる人なんだろう。
王やサラとは人間の種類が違う気がした。
「はっきりとした確証もないのに、アルの証言とこの少年の話だけでこんな大切なことを決めていいのかしら。
もし、この少年が私たちを
マーヤは瞳だけでなく声音も冷たかった。彼女の声を聞いているとだんだん心が凍りそうな感覚を覚える。
「でも、お姉さま……私、この子に何か感じるの。
なんだか懐かしいような、はじめて会った気がしないわ」
サラは必死に自分の思いをぶつける。
そんなサラに
「そんな何の証拠にもならない感情論なんかあてにならないわ。
そうでしょ、あなた」
王に腕を
「……そうだな、結論は少し早すぎるかもしれない。
そうだ、今度食事でもしよう。
交流していくうちに、本当の家族ならわかっていくこともあるだろう」
王はとても大らかな人柄だった。
それが妃に権力を握らせてしまう理由の一つとなっていた。
すべての者を優しく広い心で包み込む。そんな人だからこそ、それを悪用しようとする者にとってはこんなに扱いやすい人物はいない。
王はその人柄通りの笑顔をセシルに向ける。
「セシル、今度一緒に食事をしよう」
王はセシルの頭を優しく
セシルは本当に王が父でサラが母だったらいい、なんて思ってしまう。
こんなに優しくて暖かい人が自分の親だなんて、最高だ。
それに、そうなれば俺はアルと兄弟ということになる。
セシルはアルを見た。アルもセシルのことを見つめていた。
二人は目が合うとお互い微笑み合った。
なんだか嬉しかった。
アルと家族だなんて、夢のようだ。
しかし、そんなことありえない、きっと何かの間違いだ。
自分が王族? まさかだろ。
そんな夢見心地のセシルを皆が温かい眼差しで見守る中、マーヤだけが冷たい眼差しで睨み続けていた。
セシルが帰り、王たちと別れたマーヤは一人自分の部屋である人物を待っていた。
「失礼します」
その人物は緊張した
マーヤは氷のような冷たい目で見下ろし、
「ゲイト、おまえあの時、赤ん坊は殺したはずだな?」
ゲイトは下を向いたまま沈黙している。その体は小刻みに震えていた。
「黙っていてはわからん! どうなのだ!」
マーヤはヒステリーを起こした女性のように叫んだ。
ゲイトの顔から冷や汗が
これから自分がどうなるかを想像すると恐ろしくてしかたなかった。
しかし、黙っていることもできないと観念し、今まで隠していたことを
「申し訳ありません、私には殺せませんでした!」
「なんてことを……」
マーヤはサラの子はとっくに死んでいると思っていた。
それが生きていて、目の前に姿を現したのだ。
さらには愛しい我が子のアルと仲良くしているではないか。
もしもセシルが王子だとわかれば、
それだけは絶対に
アルに王位を継承してもらわなければ、すべて失ってしまう。
「あの……お妃さま」
「うるさい! おまえはもう用なしだ! 処分はまた追って伝える、覚悟しておけ!」
マーヤが
「セシル……あいつを消さないと」
そうつぶやいたマーヤは、さっそくセシルの暗殺計画を頭の中で考えはじめていた。