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第6話 試す

 セシルはアルを連れて、スラム街を進んでいく。

 珍しい客人に、通りすがる者たちがちらちらとアルを見つめる。セシルが一睨ひとにらみするとすぐに視線が逸らされる。


 危険なスラム街もセシルと一緒にいると安全だった。

 皆、彼を恐れ近づいてこない。


 はじめは付き添っていたトーマスも、最近ではセシルと会う間は町の方で待っているようになった。

 トーマスはスラム街にあまり近づきたくないらしく、アルが来なくていいと言ったら嬉しそうな顔をした。


「この先の森の奥に俺の住処すみかがあるんだ、そこで俺の家族が待ってる。

 おまえに会えるのを楽しみにしてるってさ」


 セシルが嬉しそうに語る姿を、アルは優しい眼差しで見つめる。


「そっか、嬉しいな、君の家族に会えるの。僕は気に入ってもらえるかな」

「アルなら大丈夫さ」


 二人はいつものように楽しい会話にきょうじる。気づくといつの間にかセシルの家の前に辿り着いていた。


 そこはスラム街から少し離れた森の中、うっそうと茂る木々の中にひっそりと存在する一軒いっけん。セシルたちのアジトだ。


 セシルが扉を開けると、家の中ではロジャーとポールが待っていた。

 二人はじっとこちらを見つめている。

 辺りを見回すが、他の仲間たちの姿はそこになかった。


 ロジャーはアルのことをポールにだけ話したようだ。

 とても重大なことなので、仲間全員に話すのはかなりリスクが大きいと考えたのだろう。

 セシルだってロジャーに話すのは勇気がいった。それでもロジャーを信頼しているから話せたのだ。ポールのことももちろん信頼している。


「はじめまして、僕はアルと申します。今日はおまねきいただきありがとうございます」


 アルはロジャーとポールに深々とお辞儀をする。


「やあ、いらっしゃい、心待ちにしてましたよ」


 ロジャーは笑顔でアルを出迎えた。


 セシルはその笑顔に違和感を覚えた。何かがおかしい。

 ポールの方を見ると、彼も何か様子がおかしかった。穏やかでない表情をしている。


 セシルが突然アルを背にかばった。


「ど、どうしたの?」


 アルの問いには答えず、セシルはロジャーとポールを睨みつける。


 二人は黙ってセシルを見ていた。

 その目は、いつものあの優しい眼差しではなかった。


「何、考えてる?」


 セシルが二人に問いかけると、ロジャーとポールが同時に動いた。


 ロジャーがセシルを羽交はがめにしたかと思うと、同時にポールはアルの腕をつかんでいた。

 予想していなかった出来事にセシルは対応が遅れてしまった。

 ロジャーに両手足をしばられてしまう。アルもポールに縛り上げられていた。


「どういうことだ、離してくれ!」


 セシルが叫ぶ。

 ロジャーとポールは見たこともないほど冷たい目をしてアルを見ていた。


「アルさん、王子なんだって?」


 ロジャーがアルに話しかける。

 その目は冷たくたかのように鋭い眼光がんこうを放っている。


 アルはそんな視線におくすることなく堂々と言い放った。


「はい、僕はこの国の王子です」


 縛られながらも威風堂々いふうどうどうとしたその態度に、ロジャーは一瞬意外そうな顔をしたあと鼻で笑った。


「そんな軽々しく自分の身分を明かすもんじゃない、王子は浅はかですね」

「僕は誰にでも打ち明けるわけではありません。

 セシルだから、セシルの家族だから明かしたんです」


 アルはまっすぐロジャーを見た。

 ロジャーはその瞳にセシルを重ねた。


 二人は似ている。


「ふん、セシルが気に入るわけだな」


 ロジャーはつぶやき、アルの方へゆっくりと近づいていく。


 セシルが藻掻もがいて暴れても、ポールに押さえつけられどうすることもできない。

 しかたなく成り行きを静かに見守ることにした。


 ロジャーはアルに近寄ると目線を合わせ、じっと見つめる。


「君は、今の国をどう思う?」


 ロジャーの瞳は真剣だった。

 アルはそれをしっかりと受け止め、力強い眼差しを向ける。


「僕は、城の中で育ちました。

 母から町へ行くことを止められていて、外の世界を見たくても見られなかった。

 ある日、我慢できなくて城を抜け出しました。

 僕はワクワクしていた。自分の国がどんなところなのか、民の生き生きとした幸せそうな姿を想像していました。

 ところが、目にしたのは全然違う光景でした。

 皆、税金を支払うために懸命に働き、その日暮らすお金にも苦労している人たち。

 さらに、階級で人は区別され、差別され、貴族が国民をしいたげている姿。

 上で胡坐あぐらをかいている者たちが懸命に生きる人たちから奪うという、そんな現実でした。

 僕は知らなかった、知らないことは罪だ。

 僕も他の人たちと何も変わらない。なげいてただあわれむことなんて簡単にできる、しかしそれでは何も解決しない。

 僕はこの国を変えたい。皆が平等で、笑って幸せに暮らせる、そんな国にしたいんです。

 僕にはそれができる、そういう立場に生まれた僕にはその責任があるんです。今まであなた方が苦しんだ分、僕はこれからの人生をあなたたちのために生きます。

 この命尽きるまで、国民に僕の命をささげる所存しょぞんです」


 アルの言葉が静寂せいじゃくの中にこだまする。

 ロジャーもポールも彼の言葉を黙って聞いていた。


 アルの言葉には魂があり、重みがある。

 彼の言葉は人の心に響く。


 これが本当の王の言葉だ、アルは王になるべき人間なんだ。


 改めてセシルはそう思った。


 黙り込んだ二人に向かってセシルが静かに語りかける。


「ロジャー、ポール……わかっただろ? アルはこういう人間だ。

 本当にこの国のことを、国民のことを想っている。

 俺はアルこそ王に相応ふさわしい人間だと思ってる」


 セシルは誇らしい気持ちでアルを見た。アルもセシルを見つめ頷いた。


 僕は君を信じている、というように。


 こんな状態でも決して人を疑わない……そういう人間なんだ、アルは。


 ロジャーとポールはお互い顔を見合わせ、ひそひそ話すと頷いた。

 ポールが二人の縄をほどいていく。


「アル、大丈夫か」


 解放されたセシルがすぐにアルに駆け寄ると、心配かけまいとアルは微笑み頷いた。


「すまなかったな」


 ロジャーがアルに手を差し伸べる。

 アルはその手を躊躇ためらうことなく握った。


 突然、ロジャーはセシルとアルに頭を下げた。


「アルさんのことを試させてもらった。 ……セシル、おまえのために」


 そう言われたセシルは訳がわからなくて、アルと顔を見合わせる。


 セシルをじっと見つめ、ロジャーはゆっくりと昔のことを話し出した。


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