王宮内の広大な土地には立派な建物が並び、そこには王族と家臣たちが暮らしている。
その宮殿に住むのは、王と妃のマーヤ、妃の妹のサラ。
そして、妃の息子である十五歳になる少年、アル……。
「アル王子」
城下町から戻ったアルが長い廊下を歩いていると、後ろから呼び止められた。
振り返ると、付き人のトーマスが不機嫌そうな顔をしてアルを睨んでいた。
彼は、小さい頃からアルの付き人をしていて、いわば親友みたいな存在だった。
アルは人を身分で分類することを嫌い、家来たちにも分け
最初は戸惑っていたトーマスもだんだん受け入れるようになり、いつしかアルのことを心から
トーマスは先ほどの町の散策にもお供していた。
はぐれてしまったので相当心配していたに違いない。
「先ほどは心配しましたよ、大丈夫だったのですか?」
心配と怒りが混じった複雑な表情をしたトーマスがアルを覗き込む。
「うん、いい人が助けてくれたから」
トーマスの勢いに押されながら、アルはセシルのことを思い出していた。
「あの少年ですか? どのような
私は王子があの少年に連れていかれてしまったとき、心臓が止まるかと思いました」
少し青ざめたトーマスが大袈裟に身振り手振りで表現する。
「大丈夫、あの方はいい人だよ。
短い時間だったけれど一緒にいてすごく居心地がよかった。僕はあの方のことをもっと知りたい、また会いたいと思ってる」
アルが嬉しそうな表情で語る姿を見て、トーマスはもっと青ざめた。
「いけません! あんな
町へ行くことだけでも大変なことなのに、あんな庶民を助けるようなことをして。
危ない目にあうところだったんですよ!
あの少年だって、
そう言い切るトーマスに、アルが頬を
「トーマス、人を見た目や生まれで判断してはいけないといつも言っているだろう!
僕は僕の見たものや感じたことを信じる」
アルがそう告げたとき、二人の背後から恐ろしく冷たい声が響いた。
「また、町へ行っていたの?」
「母上……」
二人に近付いてきたのはアルの母であり、
綺麗なブロンドの髪を手でとかすように触りながら、
薄っすらと微笑むその瞳は綺麗な薄いブルーの瞳をしており、切れ長の目と
とても綺麗で
彼女はアルに対して優しくはあったが、その考えにはとても否定的だった。
「いつも言ってるでしょ、あまり下へは行かない方がいいって。
マーヤはアルの頭をそっと
「母上、彼らだって僕たちと同じです。
生まれたところが違うだけで何も変わらない、同じ人間ではないですか。
そんな風に決めつけないでください」
懸命に訴えるアルの姿に、あきれたようにため息をつくマーヤ。
「あなたの教育を間違えたみたいね。しばらくは町へ行くことを禁じます。
トーマス、見張っておきなさい」
トーマスはマーヤに敬礼する。
マーヤはアルの頬に手を添え、優しく微笑むとその場から離れていった。
「王子……」
トーマスは心配そうにアルを見つめる。
アルはマーヤに会うと、いつも辛い表情をすることが多かった。
彼を守るのが使命なのに、本当の意味で守れていないような気がして、いつも歯がゆい思いをしていた。
トーマスだってマーヤよりアルの味方をしたいのだが、立場上マーヤに逆らえるはずがない。
自分にできることは、彼の傍で彼の願いを少しでも叶える手伝いをしてあげること、トーマスはそう思っていた。
「トーマス、僕はまたセシルに会いたい」
アルの表情は決意に満ちていた。
こういう表情になったアルを止められないことを知っている。
しかたない、また付き合うか。
トーマスはそう心の中でつぶやくと微笑んだ。
虫の声が静かに音を
夜の空気は澄んでいて、なぜか気分を晴れやかにしてくれる気がした。
セシルは屋根の上で寝転がり、星を見上げる。
考え事をするとき、いつもこうして星空を眺めることが多かった。こうしていると心が落ち着いて、ゆっくりと考えられる気がする。
今日も空には星が
ここから見える星は小さい頃から何も変わっていない。
「どうした? 眠れないのか」
夜中にセシルが行く場所といえばここしかなかった。
ポールはセシルの隣に腰を下ろす。
「ちょっとな……この前、変わった奴に会ってさ」
「おまえが助けたっていう?」
「あいつのことが気になって、頭から離れないんだ」
アルに会ってからというもの、彼の存在が頭から離れない。
それがなぜなのか、セシルにもわからなかった。
「おまえにしては珍しいな、他人に関心持つなんて。
俺ら仲間以外どうでもいいっていつも言ってる、おまえがさ」
ポールの言う通りだった。
親父と仲間さえいれば、それ以外のやつなんてみんな同じ、どうでもいい。
なのに、アルだけは違う。
……あんな奴はじめてだ。
あんな純粋でまっすぐな人間……、あの力強い瞳が忘れられない。
「きっと気のせいだ。
俺は、親父とおまえ、仲間たちがいればそれでいいんだ。
俺にはそれがすべてだから」
自分に言い聞かすようなセシルの発言に、ポールは少し悲しそうな表情をする。
セシルの身内以外誰のことも受け入れようとしないところが、昔から心配だった。
もちろん、ポールだって同じ気持ちではある。
ただ、セシルはそれが人一倍強かった。
彼は家族を失ったらどうなってしまうのだろう、孤独に一人死んでいくのだろうか。
ポールはセシルにはそうあって欲しくはなかった。
人を愛し、人の温もりを感じ、人に囲まれ生きていって欲しい。
そう願っていた。
セシルは外見や態度から誤解されやすいが、とても心の優しい人間だ。
統率力もあり頭も切れる。
人の上に立つべき人間なのではないかと前から思っていた。
セシルはこんなところで終わっていい人間なんかじゃない。
「そうだな……おまえがそれでいいなら、今はそれでいい。
俺もおまえたちがすべてだから。
でも、セシルには無限の可能性があるんだからな、それだけは忘れるな。
おまえはおまえのやりたいように、自由に生きろ」
急に真面目な顔して変なこと言うポールに、セシルは不思議な顔を向ける。
ポールが笑顔で拳を突き出すとセシルもそれに拳を合わせた。
お互いの視線がぶつかると可笑しそうに笑い合った。