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第17話 クラッシュクッキー6

 リリアは考える。この戦いで自分は明確に足手まといになっている。敵は3体。こちらは戦えるのは1人だけ。情報も不足しピンチの状態。

 自分が捕まり、すでに迷惑をかけている状態で何ができるのか、少しでも情報を集め、この戦いを有利に進めるしかない。



 撤退はできない。ディズの身体が抑えられている。戦うしかないのだ。そう考えたとき、気になる事がリリアにはあった。



 なぜ相手は幻想術ファンタズマを使うとき名前を言っているのか。





 漫画やアニメであればお約束という一言で済む。単純にカッコいいからか、もしくは見栄えを考えているからかだ。


 仮に自分も似たような力を使えるようになれば、きっと嬉々として技の名前を言ったりするだろう。でも全員が全員そういうタイプではないはずだ。だが、ディズに聞いた話しとリリア自身が見た情報を合わせると、敵の3人は全員幻想術ファンタズマの名を言っている。




 であれば少なくとも名前を言わなければ発動しないという法則があるはず。



 では、ディズは?




 この世界に来て二日目。知らない事が多い中で他の覚醒者というのは情報の塊だ。だからすぐディズと他者の差が顕著になる。まず、呼ばれて1日目で幻想術ファンタズマが使えるという事。そして、名を言わなくても幻想術ファンタズマを使えるという事。


 このことから考えるに、2つの可能性がある。1つはディズは初めてこの世界に来たわけではないという事。もう1つは無言で幻想術ファンタズマを使えること。



 すべて憶測だ。だがこの仮定が事実だとした場合、これは大きな武器になる。



「ディズ君。今後幻想術ファンタズマを使うときは必ず技名を言うようにしましょう」

「カッコいいからか?」

「それもあります。恐らくこの世界では名前を言って幻想術ファンタズマを使うのが一般的な可能性があります。私が言いたいことわかります?」



 リリアがそういうとディズは顎に手を当て何かを考える仕草をする。



 それを見てリリアは確信する。ディズは何かを隠している。




 でもこの世界の知識量は恐らくリリアとほとんど一緒。多分それ以外の何かを知っている。それを言ってくれない事にわずかな寂しさを覚えるが仕方がないとリリアも考える。



「わかった。それでどうすればいい?」

「ずっと気になっていたんです。この世界だとディズ君はすごい身体が強いです。強いというか、すごいというか。ほらさっきも壁を叩いてヒビ入れてましたよね?」

「あ、ああ。確かに」



 そしてそれはリリア自身にも当てはまる。妖精という小人程度のサイズしかないのに、10㎏程度の石なら持ち上げる事が出来るのだ。人間サイズで考えれば数十キロの石の塊を持つというとんでもない怪力という事になる。


 つまり、幻想タイプという種族は身体能力がとんでもなく強い。これを利用する。




「いいですか、作戦はこうです。ディズ君はこれから嘘の幻想術ファンタズマを使って相手を欺きましょう!」

「嘘の幻想術ファンタズマ?」

「はい。向こうはディズ君の幻想術ファンタズマの能力を正確に把握していないはずです。恐らく遠距離から見えない攻撃ができるという程度のはずです。だから誤解させるのです」



 敵がディズの能力を見たのは恐らく2回。詳細の力はわかっていないはず。だからこちらが使える幻想術ファンタズマの数も知られていない。



「向こうも幻想術ファンタズマを使い続けると眠気が襲ってくるというのは知っているはずです。だからこちらが無知であるという事を利用するんです!」

「つまり、嘘の幻想術ファンタズマを使い、途中で眠くなるような芝居をして不意を突いて倒すって感じか?」

「そんな感じです。ディズ君の素の力であれば壁を破壊できるはずです。技と名前を言って壊せそうなものを壊して勘違いをさせるんです。ホテルを散策して大体の地形は把握しています。出来るだけ1階のロビーの壁を破壊すれば廊下にでます。そこへ逃げるふりをして思いっきり幻想術ファンタズマを使ってみましょう!」







 少ない情報を最大限使い、何とか作戦と呼べるものを作り出した。





 そしてこの作戦はエイブに予想され筒抜けとなっている。幻想術ファンタズマに対する情報量の差がこの戦いを分ける一因となっている。





 そう本来であれば。







 壁を破壊した先の廊下をディズは走る。能力が半分になった身体でも現実世界より早く走ることができる。後ろから聞こえ声から足を止め振り返る。



 距離は約30m。



 破壊した壁からこちらを向いて笑っているエイブの姿がある。歯を食いしばり力を籠める。腰を落とし右の拳を限界まで握りこんだ。




 目に映るすべてを破壊する。ただそれだけを考え思いっきり拳を前に突き出した。



そのすべてを破壊ヴァンダリム



 突き出された拳は速く空気が破裂する音がする。だがそれ以上にその拳に込められた幻想の力が、ディズの視界というレンズに写し取ったそのすべてを――――――破壊した。






 一瞬音が消える。





「……は?」





 エイブがそう零れた言葉が最後の音となった。





 振りぬいた拳に呼応するように、ホテルの床も、壁も、天井も、そしてガラスの向こうに見えていた家も、ビルも、すべてが崩れていく。ディズから距離が離れるほどにその破壊は大きく広がり、文字通り、視界に映るすべてを破壊した。




 それを後ろから見ていたリリアは確信する。




 ディズの能力。



 それは――目に映るものをそのままに、距離も質量も無視して攻撃することができる力。



 最初に検証したときにその可能性に気付いた。


 目の前で起きた破壊の痕で自分の仮説が正しいものだと確信する。



 たった一撃でまるで巨大な兵器が攻撃したような衝撃は走った。でも、その破壊は随分限定的なのだ。その証拠に大きな破壊はあったが、貫通はしていない。ホテルの1階の廊下はほとんど全壊しているが、その外はほとんど無事なのだ。一部視界に入った外の建物や山などは激しく損傷しているが、それを除けばそこまで大きく周囲に被害は出ていない。



 そして距離ごとに威力が違うという点を考え、さらに考察を深めていく。




 距離が離れると当然小さく見える。恐らくディズは距離が離れ、小さく見えるものをそのまま小さいものとして、破壊しているのではないか。

 例えるなら視界に移るそのすべてを写真に収め、上から写真を叩き粉々にする。まさにそれを現実に行う力なのではないか。



 だから距離が離れれば、それは小さいものとして捉えられるため、破壊が大きくなる。あまりに馬鹿げた空想のような力。




 そんな、あり得ない力を目の前にしてリリアは恐怖するでもなく、怯えるでもなく、ただ……目を輝かせた。




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