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第16話 クラッシュクッキー5

 幻想術ファンタズマは良く弾数として数えられる。




 ゲームのようなMPとは違う。使用回数が明確に決められている。それは威力を変え、弱く使おうが、強く使おうが使用回数は変化しない。例えば1撃でどんなものでも破壊する力があったとする。その力で小枝を破壊しようが、巨大な建物を破壊しようが同じ1回として処理される。


 そしてより強い力は使用回数が低く制限される。エイブの持つビスケットが割れたクラッシュクッキーの使用回数は12回。これはタナトス内ではタブルと呼ばれ、幻想術ファンタズマの使用回数としては多い方だ。2度攻撃しないと大きな力が出ないという制限もあり使用回数も多い。


 そしてシングルと呼ばれる幻想術ファンタズマは威力も大きく使用回数はぐっと減る。平均としての弾数は2回とぐっと下がる。



 もちろんこの使用回数を回復する方法も存在する。



 1つは、多くのタナトス因子を集める事。そうすれば使用回数もわずかだが増える。だがこの方法はあまり推奨されていない。何故なら使用回数を増やすには膨大なフラグメントを集める必要がある。上位クラスのフラグメントを数千近く取り込んで、それでもようやく増える可能性が出るというレベルなのだ。エイブも3年間でようやく2回増やすことに成功している。とはいえ効率的ではない。


 だからもう1つの方法を多くの覚醒者が取る。それは眠気覚ましと呼ばれるフラグメントを使用する事。多くは煙草や飴玉、注射、飲み物という形となって現れる。比較的入手しやすく手ごろだからだ。




 だからエイブはディズの身体を半分に割り、拘束した状態の荷物を漁った。持ち物は水。水自体に眠気覚ましの効果はあるが、1本飲んでようやく1回回復するという程度の効果しかない。



 レオナルドから聞いたディズの能力は、不可視の遠距離攻撃という話だけ。だが実際目の当たりにしてある程度予想がつき始める。



(恐らくは空気、もしくは空間を固定し動かす能力。威力は大したことはない。もともとレオナルドはタナトス因子が低く防御力は殆ど普通のカエルと変わらない。あの程度の力、そして昨日奴が使用したと思われる能力の数から考えて奴はダブルだな)




 そうアタリを付ける。そしてディズは嘘の能力を使用しているという事も気が付いた。

 能力の名を口に出すという行為は、自分の中にある幻想の力を引き出すために必要な行為だ。だからその幻想に名を与え、言葉にする必要がある。



 だが、ディズは能力の名を口にして実際に使用していない時がある。恐らく最初にレオナルドの足を砕いた時は使用したとエイブは予想する。次に壁を破壊した時と柱を破壊した時。だが煙の中から攻撃した時は恐らく使用していない。




 ディズはその素性は明らかではないが、このタナトスでの戦いは完全な初心者。昨日馬鹿みたいに自分の能力を使っていたという話は推測すると自分の能力を試していたと考えると辻褄がある。



 そこから考え向こうが思いつきそうな作戦。




 それは幻想術の能力回数を偽る事。




 この世界に来たばかりの初心者はこの弾数のルールを知る由もない。昨日使ったとしても威力を変えれば多く使えると勘違いを多くの初心者がしてくる。なぜならこの世界をゲームと類似して考えるからだ。

 最近のゲームはMPやSPなど名称は違うが、多くは威力によって消費する力が違っている事が多い。だからそれに紐づけて同じように考える。




 だからこちらが向こうの能力の使用回数を把握しているとは思ってもいない。




(恐らく途中で眠気に襲われたフリをする。そこで俺が油断した瞬間を狙って本命の一撃を出すつもりなんだろう)






 笑みがこぼれる。




 何も知らない初心者。肉体のポテンシャルがいくら高かろうが生かせなければ意味はない。だから乗ってやろうとエイブは考える。気を付けなければいけないのは遠距離から来る見えない攻撃のみ。この手の攻撃は見えないから厄介だが、そういうものがあると分かれば怖くはないのだ。



「おら撃てよカイウス!」

「お、おお! ”|我が兄弟たち《チューチューブラザー”」




 5体に分裂したカイウスたちの銃撃がディズを襲う。腕を上げ銃弾を防いでいるが、連射される銃弾のすべてを防げず肉体部分に命中している。



(よろめいているが目立ったダメージがない。随分頑丈だな)



 数秒足を止めていたがすぐにディズは動いた。




「ヴァンダリム!」



 そう叫び近くの壁を破壊する。拳を振るって破壊した。恐らく能力を使用した。ディズは目元を抑えるようにしながら少しおぼつか無い足取りで破壊した壁の向こうへ逃げていく。




「エイブ! ありゃ眠気が来てる! 追いかけようぜ!」

「ああ。あの向こうはただの廊下だ。蜂の巣にしてやる!!」



 それを聞いてエイブは必死に笑いをこらえた。カイウスとレオナルドはどうしても視野がせまい。自分の望んだことが起きていると錯覚をする。能力を数回使用しているがまだそれでも恐らく今ので3回。まだ十分能力は使用できる。


 なのにあの芝居。必死に眠いフリをしている姿がどこか滑稽に映る。だがそれに合わせる必要がある。ディズが逃げた先はこのホテルの廊下。遠くから能力をしようしてこちらを叩くつもりだろう。




「お前ら2人は俺の後ろから来い! 奴はもう限界だ! さっさと仕留めようぜ!」



 大きな声でそう叫び、俺は近くに落ちている2つの剣を手に取り、そしてさらに背負っていた剣も引き抜き、幻想術ファンタズマを使用する。



ビスケットが割れたクラッシュクッキー



 3本の剣に両手を合わせ同時に使用する。そして手元に6本の小さな剣が出来る。さらにもう一度。



ビスケットが割れたクラッシュクッキー



 12本の小さな剣。この異質欠片アノマリーフラグメントは幻想武器と呼ばれる代物で、爆弾剣は強い衝撃を与えると爆発を起こす剣だ。そして爆発の強さは与えられた衝撃の強さで決まる。

 本来、エイブの持つビスケットが割れたクラッシュクッキーで分裂させると能力も半分となるため、小さな爆発となる。だが、この剣の爆発条件は衝撃を与える事。ならば小さくしてより速く剣を同時に投げた場合どうなるか。



 ほぼ元の能力と変わらない威力の爆発を複数発生させることが出来る。まさにエイブと相性のいい武器だった。



「ちと大きさはバラバラだがまあいいか」




 フォーク程度の大きさになった剣を両手に持ち、壁の向こうへと足を進める。





 この時。






 エイブの読みは正しくあっていた。




 リリアが立てた作戦も、それに合わせたディズの行動も、すべてエイブは間違いなく読み切っていた。





 1つの大きな認識の違いを除いて。


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