リュシェ・ゼリアスと名乗った彼は、荷物を取りに行きたいと申し出たので、オク太郎に解放させた。
洞窟から出てきた彼は先ほどとは見間違えるようだった。くくっていただけの髪の毛はしっかりまとめられていて、泥やら血やらで汚れていた服装も今ではしっかり整っている。
「やけに時間掛け勝っていると思ったら――」
愚痴をこぼしながら彼の姿をもう一度見て気が付いた。黒と深紫でおられた
「もしかして、幻魔騎士団?」
幻魔騎士団とは一種の社会伝説のようなもので、実際に存在するのかはわからない組織だ。社会の裏側で、魔法を取り締まっている組織で、政府の命令一つで街一つ消すような魔法使いの集団。殺し屋稼業も請け負っているとか何とか。
黒いマントに鈍く光るエンブレム。聞いた話と完全に一致する。それにあのマントと手袋は何か嫌な感じがする。
「まあ、
彼はあっさりと告げたけれど、恐ろしいことを知ってしまった。彼の存在は、幻魔騎士団の存在を裏付けている。
どんなに強い兵士も
「本当に存在するんだ……幻魔騎士団」
「存在はするさ。魔界にはいろんな連中がいる。万引き犯から禁忌の魔法を研究するやつまで。警察が対処できないやつを処罰する組織は必要だろ?」
彼の言っていることはわかる。だけど、それだけなら――
「政府公認の組織でいいじゃないか」
「政府公認の組織が、人殺しじゃダメだろ。この世界はきれいごとだけじゃないんだから、誰かが汚れ役にならなきゃいけない」
静かに語る彼の目に光はなかった。私なんかが知っている政府の悪事などほんの少しなのだろう。
私が言葉に困っていと、リュシェは再び話し始めた。
「俺の一家は幻魔騎士団の一家でな、幼い頃から嫌というほど魔法の知識を詰め込まれた。父さんみたいに、兄さんみたいにエリートになりなさいって言われながら」
「お兄さんがいるんだ……」
「自慢の兄貴だよ。今は騎士団長だ。誰よりも強かった。そんな兄貴に憧れて、憧れてなくても入らないといけないんだけど、幻魔騎士団に入ったときは失望したよ。幻魔騎士団の実際の仕事は人殺しだ」
一呼吸おいて、リュシェはつづけた。けれど、先ほどと違って目には光があった。
「だから、俺は魔界を変えるために旅に出た。すぐオークにつかまっちゃったけど」
最後は笑い話で終わらせた。まだ出会って一日もたっていないけれど、彼は根っからの善人なのだろう。だからこそ、幻魔騎士団の仕事が耐えられなかった。
「幻魔騎士団の一員だったのに、オークにつかまったのはなぜ?」
「寝ようと思って入った洞窟がオークの巣穴だった」
「はあ?魔力探知とかしなかったわけ?」
彼のあまりにも間抜けな回答に思わず声が出る。魔力探知を使わなくても、オークがいるのは見たらわかるだろう。
「いやあ、右も左もわからない世界で三日三晩迷ったもんだから、疲れ切っちゃって」
てへへ、と笑う彼に呆れて声も出ない。本当に幻魔騎士団の一員だったのだろうか。なんかでかい失敗をやらかしてそうだし、やらかしそうだな。
「ところで、そのマントと手袋。何?」
我ながらへたくそな質問だと思ったけれど、伝わったようだった。
「幻魔騎士団の制服だよ。このマントは他人の魔力干渉を防いでくれるんだ。だから魔力探知も攻撃魔法も効かないよ。手袋はただの魔道具だよ。魔力の流れを制御しやすいだけ」
魔法が効かないか……。幻魔騎士団に狙われたら勝ち目がないな。うっかり出くわしたりしないことを願うしかない。
「そういうリティーのマントは何なんだよ。変な魔法がかかってるけど」
「これは神樹からもらった外套よ。呪文を唱えたら姿が見えなくなる。――こんな感じでね」
一応効果を見せることにした。これからの仲間なのだから。
「魔力探知には引っかかるのか。ん?でも正確な位置はわからないな」
顔をしかめながらリュシェは続ける。
「マントが魔力を出してるからドンピシャは難しいけど、何かがいることはバレるな」
「幻魔騎士団に目をつけられたら終わりだね。私たち」
「誰だって終わりだよ」
そりゃそっかと二人で笑ったけれど、現実は変わらなかった。
「幻魔騎士団に見つからないようにするのはマストだし、うまく貴族を襲撃する作戦はあるのか?」
「オク太郎みたいな魔物をいっぱい仲間にしたら、魔力探知からは避けれるんじゃない?」
「いやいや、魔物一匹手なずけるのにどんだけ時間かかるかわかってんのかよ。どれだけ頑張っても3年――」
「0秒」
「は?」
「
「は???????」
そりゃそういう反応になるか。