茂みの中で倒れていた商人は無言で起き上がり、あたりを見回している。姿を見せても害はなさそうなので、外套にかかった魔法を解く。すると、急に姿があらわれた私に驚いたのか商人はその場で固まった。何の動きもないので声をかけようとした瞬間の出来事だった。
「ノア様!つかの間の無礼をどうかお許しください」
商人が急に私の前にひざまずいたのだ。商人の行動にも驚いたが、私の名前を知っていることのほうが驚きが大きかった。
「貴様、どこでその名を……」
リティー・ノア。魔族ですら忘れているであろう私の名前を、ここで初めて会った妖精ごときが知っているはずがない。
「何をおっしゃいますか。ノア様。あなたの名前を忘れるはずがございません」
私の名前を知っていることといい、ひざまずいていることといい、何かがおかしい。これが精神世界で守護者を取り換えた結果なのだろうか。
まだわからないことはたくさんあるけれど、守護者を倒せば相手を服従させることができるらしい。物理的なダメージを与えられないのは残念だけど、リターンが素晴らしい。
刺して、服従させて、刺して、服従させ続ければ、一人だ難しかったことも簡単にできる。いける。いけるぞ。この力があれば世界だって変えられる。
「ノア様。なんなりと」
自分の世界に入り命令を下してくれない私に妖精が声をかける。命令か。どの程度の命令まで聞いてくれるのだろうか。試してみよう。
「私のために死んでくれるか?」
自死させれるかどうかで、できることの幅がだいぶ変わってくる。自死させれるということは誰も罪をかぶることなく人を殺せるということだ。それに、自死させれればすべての命令は通じるだろう。さて、どうなる。少しの間の後、彼は口を開いた。
「喜んで」
彼は馬車の中から一振りのナイフを取り出し、表情一つ変えずに喉を掻っ切った。いち早く死体から離れたほうがいいのだろうけれど、この胸の高鳴りには抗えずその場で声を出して笑ってしまった。
「フフフ、フハハハハ。四大貴族と王族のゴミ屑どもめ、もうすぐだぞ。貴様らの首が飛ぶ日は」
すべての願いが現実味を帯びてくる。