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ep.1 絶望《LOST》

 「二者択一」。素晴らしい言葉だ。たった四文字で世界の真理を表せる。

 何かを得れば何かを失う。その通りだ。けれど、これだけじゃないと思う。

 誰かが何かを手に入れれば、他の誰かがそれを失う。こういう意味もあると思う。

 この世界に無限なんてものはない。誰だってわかることだ。それなのに、みんながみんな幸せになれると信じている。世界中みんな幸せなんてことは無理なのだ。誰かの幸せは誰かの不幸の上に成り立っている。

 受験で考えればわかりやすい。誰かが受かれば誰かが落ちる。それだけだ。

 誰かが幸せになれば、誰かは不幸になる。



 私はなんてことない魔族の学生だった。親が貴族なので少しはトクベツだったかもしれないけど、やっぱりただの学生だった。

 家族は4人。両親と弟。父は小さいけれど土地を持つ領主で、住民から好かれていた。母は慈愛に満ちていて、誰にでも手を差し伸べる人だった。貧困層やホームレスの人たちにも優しく、よく慈善活動を行っていた。弟はかわいかった。ほんっっっとうにかわいかった。これで十分だった。私は幸せだった。


 だけど、世界はとっくの昔に歪んでいた。



 あの日。家族が焼かれた日。あれから5年たった今でも、しっかりと網膜に焼き付いている。


 太陽が隠れていたせいでもあるけれど、雨で少しの先も見えないような日だった。その日は雨具を持っていくのを忘れたので、友達の障壁魔法に入れてもらいながら帰った。障壁と言っても10歳の魔法なのでほとんどカバーできない。飛竜の皮でできたリュックはもちろん靴も服もびしょびしょになりながらの帰り道だった。

 子供だったので濡れることを嫌がるのではなく喜んでいた。

 楽しくはしゃぎながら帰っていると、突然目の前を消防隊が横切った。小さな家事なら水属性の飛竜一匹いれば足りるのでよっぽど大きな火事が近くで起こったのだろう。雨でテンションも上がっている中、飛竜を見ることができた私たちは当然のごとく喜んだ。まさに狂喜乱舞だ。

 だけれど、幸せが永遠に続くことはなく、不幸はやって来るのだった。


 友達と別れ、家の面する通りに入ったとき、私は道を間違えたと思った。だって、自分の家がある場所に火柱がたっていたから。隣の通りも、その隣にも私の家はなく、道を間違えていなかったことに絶望した。

 敬愛する父母が、かわいくてたまらない弟が、出かけていることを願うしかなかった。日の中にいないことを願った。

 だけれども、残された唯一の希望も情報共有する消防隊員の声で失われた。

 一人の学生に火を止める力などなく、ただただ眺めることしかできなかった。暗い雨の中、家を包む魔界の蒼炎は消えることなく煌々と光っていた。


 もし、家の中に走れば弟くらいは救えたかもしれない。



 その後は想像通りだった。大人の自己満足でカウンセリングを受け、施設に入れられた。

 警察のマニュアル通りの対応は間違っていないのだろうけれど、私を傷つけた。見えない傷を癒した気になって、何も持たないまま放り出された。

 一寸先どころか、今いるところすらも暗闇だった。カウンセリングなんていいからこの状況からどうすれば脱却できるかを教えてほしかった。自分が安心できる居場所を作ってほしかった。

 何度も何度も家族が生き返ることを願った。よわい十歳の私に現実を受け止めきれるほどの器はなかった。

 現実を受け止められない私は死ぬことだけを考えた。こんな世界には生きる希望も生きる価値も無かった。だけど、いざ死のうとすると死ねなかった。死ぬのが怖かった。

 死ぬこともできず、抜け殻のようだった日々はある出来事を境に変化する。



 十三歳の夏休み。施設の中は暑いだけなので、少しでも涼しいところへ行こうと思い出かけた。目的地のショッピングモールは周囲の目線を除けば冷房が効いてて居心地がよかった。ベンチでボーっとしていると隣のベンチの主婦の会話が聞こえてきた。


「――三年前の夏に大きな火事があったでしょ。主人から聞いた話なんだけど、あれ政府がやったらしいわよ。」


「それホントなの? 確かあなたの旦那さんって」


「ええ、中央議会の議員よ」


 魔界は大きく分けて五つに分かれる。ノース領、ウェスト領、サウス領、イースト領、セントラル領。はじめの四つはそれぞれ四大貴族が政治の方針を全て決めて、セントラル領は中央議会と王家が政治を行っている。民主主義をうたっているけれどどの領地も貴族が治める独裁政権だ。


「なら九割九分ホントじゃない! 政府も堕ちたものね」


「くれぐれも人にばらしたりしないでね。――」


 そのあとはくだらない世間話だったと思う。

 知らない主婦の話していた話は、本当かどうか分からないけれど私を突き動かすのには十分だった。


 私の愛する家族は、誰もが幸せで入れる世界を願った家族は、自らの幸せしか考えないようなやつに消されるのだ。

 慈善活動などできない貧乏な生まれだったのならこうはならなかったのだろうか。中途半端な貴族ではなく、王族やそれこそ四大貴族だったら。


 あの日から私の復讐の日々は始まった。

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