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第5話 新たな出会い

 妖精の形をした糸を見逃さないようにルミナにつかまって枝から滑空する。


 空気は寒くないくらいに冷たく、乾燥していたので、下の景色がよく見えた。


 いまの日本では考えられないくらいに自然が豊かだった。


「やっぱり、私の世界はきれいね」


 ルミナの意見には同意する。けれど、この世界を今危機にさらしているのは紛れもなくこの神様なのだ。


「どっかの神様のせいで大ピンチだけどな」


「もう、ごちゃごちゃうるさいわねあんた。振り落とすわよ!」


 うぅ…。普通なら冗談で済むところなんだろうけど、こいつならやりかねない。


 一か月一緒に過ごして分かったことがある。


 ルミナはとことん不器用だ。だから、手加減というものができない。一か百しかないのだ。


 この場合では落とすか落とさないか。片手だけ放してビビらせるなんて芸当はできない。


「それにしてもあんた神樹のブレスレットアストラル・バインドと相性いいみたいね。こんなに長い時間も糸がはっきりと像を結んでいるなんて。」


 幸いにもルミナのほうから話題を変えてくれた。


「相性とかあるんですか?」


 てっきり付けたらだれでも使える道具だと思っていたけれど、そうではないのかもしれない。


「そもそも、神でも神樹の力のコントロールは難しいのに、いくら補助アイテムがあるといっても普通はあんなにうまく扱えるわけないのよ。」


 少し上を飛んでいる妖精の形をした糸を指さす。


「え、なんであの妖精のほうが上を飛んでんのよ!」


「そりゃ、糸のほうが軽いから…あ、ルミナ様が重いってわけじゃないですよ」


 女性に重いなんて言ってはいけない。これは小学生でも知っている。


「当り前じゃない。重いのはあんたよ!あんた人間でしょ、科学の力で飛べるようにできないわけ?重いんだけど」


 何度も重いといわれると少し傷つく。


 飛べるように、か。


 手首のブレスレットを握る、ことはできないけれど握っているつもりで祈りを込める。


 たちまち背中に細い糸が集まり羽の形になる。羽を動かせることを確認し、ルミナの手を放す。


「ちょ、ユウキ、死んじゃう――って、え!?」


 さっきまでただ人間だったやつが急に飛べるようになったら、こういう反応するだろうなっていう、そのままの反応をルミナにされる。


「ルミナの背中の形をおれの背中の形につなげてみた」


 初めて説明されたときにはよくわからなかったけれど、「つなげる」というのはあくまでイメージで、つなげてできた「結果」は思い通りにできる。


 別の場所や、時間にあるものの姿かたちを今の時間や場所に「重ねて複製」することで見たり触れたりできる。けれど、複製するだけなので変更はくわえられない。「重ねて複製オーバーラップ」することで泥棒の足跡をたどっている。


 数学の「イコール」みたいに「つなげる」ことで繋がれたもの同士を同じにすることができる。オーバーラップと違って見えるもの同士しかつなげられないのが残念だ。


 たぶんほかにも「結果」の種類はあるのだろう。けれど、まだそのイメージがわかない。


 今回は、「イコール」を使って羽をはやすことができた。


 機能ごと同じだから使わないときはルミナみたいに収納できるはずだ。


 飛べるようにしろと言われたから飛べるようになったのに、ルミナは止まって、頭を抱えている。


 もしかしたら、ルミナの頭には少し難しかったかもしれない。


「わかりやすく説明すると――」


「理解できなかったわけじゃないから!私はバカじゃないし!新しく能力使ったら、さっき使った能力が消えちゃうじゃない!ほら!ってあれ?」


 ルミナは怒り気味に前方を指さすけれど、上空にはまだ糸でできた妖精が飛んでいる。


「消えてないじゃないか。それに、普通はここまでもたないんだろ。あ、でもここまでもたなかったときはどうするつもりだったんだ?」


「あの方向には村しかなかったし、村の周りで成功するまでひたすら祈ってもらおうかと…」


 この女神は人の心がないのかもしれない。それこそ―


「泥棒が村に行ってなかった場合はどうするつもりだったんだよ。村の周りでどれだけ祈っても成功しないじゃないか!!」


 この世界の存続がかかっているんだからもう少しちゃんとしてほしい。


「その時は…えっと、この世界で生涯を終えるとか…?」


 なぜ疑問形なのか、聞きたいことはあるけれど…やっぱり、人の心はなかった。


 不安しかない旅路だ。


 だけど、元の世界に帰るにはこれしかないから仕方ないと、自分を納得させる。


 少し進んだところで、ルミナが急降下を始める。


「どうかしたのか?」


「誰かが悲鳴を上げている」


 何にも聞こえなかったけれど、神様だから心の声が聞こえたりするのだろうか。


 もしそうなら、ルミナの近くで考え事するのは危ないのかもしれない。


 でも、今まで心の中でルミナの頼りなさを散々こぼしていたのに、なぜとがめられないのだろう。この疑問ははっきりさせておかなければならない。


(ルミナのばか!返事しないならもう手伝わないからね)


 心の中で叫ぶも、返事がない。つまり、ルミナに心の声は聞こえない。


 そもそも、人の心の声が聞こえていたら日常生活も不便なはずだ。


 ルミナは嘘をついている。


 本当に聞こえたのかもしれないけど、おれは全く聞こえなかったからその可能性は低い。


 ならなぜ?


 無視して先に進みたいところだけれど、万が一にも悲鳴を上げた人が本当にいたのかもしれない。目の前の困っている人を無視するような人にはなりたくない。


 降りてあたりを探していると、少し北にある森の中から本当に誰かの悲鳴が聞こえた。


 ルミナは嘘をついていなかったようだ。


 逆方向を探しているルミナに伝えて、声のした方へ走っていく。


 悲鳴がした方向にいたのは、一人の妖精と一匹のオークだった。


 ルミナからオークの話は聞いてはいたけれど思っていたものよりも大きい。


 ゲームに出てくるような太った豚だと思っていたけれど、腹筋は割れ、腕は首と同じくらいの太さがある。あんなに筋骨隆々だとは聞いていない!


 襲われているエルフは身軽さを生かしてうまく逃げているけれど、見てわかるほど疲れている。つかまるのも時間の問題だろう。


 ちなみにおれは木の陰でこっそり見ている。走ってきたはいいものの、おれは多分あのオークには勝てない。オークがこければその隙に倒すことはできるはず。


 だから、妖精を助けるチャンスを待っている。


 その時は思ったよりもすぐやってきた。けれど、俺の願っていた状況とは違う。


 オークがこけたのではなく、妖精が木の根に引っかかって、転んでしまったのだ。


 すぐ後ろまで来ていたオークが妖精の足元で斧を振り上げる。あの筋肉で振り下ろされたらひとたまりもない。


 木の陰から飛び出して、エルフの腕をつかんで走り去る。


 急だったから引きずる形になってしまったけれど、死なずに済んだのだからこれくらい許してくれるだろう。気絶しているのか何の反応もないけれど多分死んではいない。


 それよりも問題は、後ろのオークだ。


 飛び出してすぐは驚いていたけれど、すぐに追いかけてきた。そもそも足は速いほうではないのに、いまは妖精一人引きずっているのだ。


 このままでは追いつかれてあの斧で真っ二つにされてしまう。


 考えるだけで危機を回避できたらよかったけれど、世界はそんなに甘くなかった。


 すぐ後ろに迫ったオークの手がおれの頭をつかむ。あまりの痛みに咆哮する。


 「死」


 自分とはまだ縁もゆかりもないと思っていた単語が脳内を埋め尽くす。


 いやだ。いやだ。いやだ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。


 頭をつかまれたまま持ち上げられる。徐々に強くなってくるオークの握力に骨が悲鳴を上げる。


 ここで死ぬのか。たかが糸一本のために自分の信念を曲げたせいだ。自業自得だ。


 だけど、だからこそ、死にたくない。過去の過ちを償うために、「いつも通り」を取り返すために!


 痛みに耐えながら、右手で腰の剣を抜く。オークはおれの力では何も切れないと思っているのか、何の反応もしない。なめられているのは癪だけど、これはチャンスだ。抜いた剣を俺の頭を握っているうでに刺す。


 うでを刺したことで頭をつかんでいた手の力が弱くなり、抜け出すことができた。急いで落ちている妖精を拾い逃げ出す。


 剣はオークのうでに刺さったままなので、体が少し軽くなって走りやすい。


 急いできた道を引き返し、ルミナのいたほうを目指す。


 ルミナはおれと引きずられた妖精を見るなり駆け寄ってきた。


「君、その頭」


 ルミナに言われ顔に手をやって気が付く。頭から血が出ている。けがの存在に気づいてから少しずつ痛くなってくる。


 まだ、オークが追ってきているかもしれない。ルミナに伝えなければいけないのに、意識が遠のいていく。


 色を失っていく視界に映ったのは、立ち上がり、何かを唱えるルミナと彼女の右手から放たれた一筋の光だった。




「ユウキ君!ユウキ君!」


 ルミナの言葉が聞こえ、目を覚ます。まだ傷が痛むので頭に手をやると、包帯が巻いてあった。ルミナが巻いてくれたのだろうか。


「傷はもう大丈夫ですか?」


 ルミナとは違う声に振り替えると、そこにはさきほどの妖精のすがたがあった。


「先ほどは助けてくれてありがとうぽ」


「「ぽ?」」


 ルミナと声が被る。


「あ。でも、二人は恩人だからホント―の姿を見せるぽ」


 そう告げた後、目の前の妖精は何かを唱え、煙に包まれ消えた。


 その代わりに煙の中からはどこかのマスコットキャラクターになっていそうなまるっこい生き物がいた。猫とも、犬とも、ほかの動物とも言えない絶妙なラインの見た目をしている。かわいくて、守ってあげたくなるような見た目をしている点は犬や猫と同じだ。


「これがポポのホント―の姿ぽ」


 先に口を開いたのはルミナのほうだった。


「カ、カワイイー!」


 真横で大きく、高い声を出されたので頭に響く。けれど、ポポは痛みを忘れさせてくれるほどかわいい。


「ポポは魔物ですも。だけど、悪いことはしないですぽ」


 こんなかわいい魔物がなぜオークに追われていたのだろう?


「ポポはなぜオークに追われていたの?」


「ポポはある理由でヨーセーの偉い人とお話ししないといけないぽ」


 ポポの顔が少し曇る。


「だけど、ポポがヨーセーに化けているのがあのオークにばれて…」


 それでオークと追いかけっこしていたのか。魔物が妖精の偉い人と話したい理由は気になるけれど、ポポは言いたくなさそうだから聞くのはやめておこう。そう思った刹那。


「なんでポポは偉い人と話したいの?」


 ルミナが質問する。空気を読むことは難しい。ルミナのような人にとっては特に。


「それはヒミツですぽ」


 ポポは胸を張って答えた。短い手足で仁王立ちしている姿が可愛い。多分世界で一番尊い生物だ。




 あのあとはポポが妖精の姿になってご飯を作ってくれた。


 ルミナとは違ってちゃんとおいしいご飯を作ってくれた。


 ポポの会いたい妖精がいる場所と、おれ達が目指している村は同じだったので一緒に行くことにした。

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