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第4話 旅立ちの日

 なんやかんやあって、おれ、糸川結輝は異世界で、ルミナに剣術とこの世界のことを教えてもらいながら生活している。


 魔物から身を守るために教えてもらった剣術も、なかなかできるようになってきた気がする。


 毎日、機械を頭にのっけてコントローラーを振り回していたのは無駄じゃなかったわけだ。




 ルミナが酔って無駄にした満月の日からもう一か月が経とうとしていた。


 今日の訓練で疲れて食指が止まっていと、そのことを指摘される。


「箸が止まっているわよ。この私が作ったんだから、冷めないうちに食べなさいよ!」


 毎日おれが作っているのに、一回作っただけでなぜこんなにも調子に乗れるんだろうか。


 こっちの世界に来て初めてルミナのごはんを食べた時はいろんな意味で口が動かなくなった。


 おいしいものを作ってくれるのならよかった。けれど、実際出てきたのは、食べ物がどうかわからないようなものが皿に盛り付けられたものだ。


 口の中の水分はすべて奪われるのに、ねばねばした食感だし、食べれるようなものではなかった。それなのに作った本人は自信満々で感想を聞いてくる。


 訓練で疲れ切った脳は口の中の毒物の対応で追われているのに、また一つ難題を出されたときはオーバーヒートしそうだった。




 あの時命の危機を感じたおれは稽古のお礼にご飯を作ることを提案した。


 元の世界では、月曜日と水曜日の晩御飯担当だったので、腕には自信があったから何の問題もなかった。


「あ!それと、明日は待ちに待った満月だから絶っっっっ対に寝過ごしちゃだめだからね!」


 いくらおれでも一日中寝たりはしない。


 どちらかというとルミナのほうが心配だ。旋回の失敗に懲りず今日もお酒を飲んでいる。


 頼むから今回は神殿の中で急に寝たりしないでほしい。寝るならせめて神樹から力を借りた後にしてくれ。


 食器を洗い、お風呂に入って、自室のバルコニーで夜風に吹かれる。


 さすがにずっと床で寝るわけにもいかないので、二階の客室を借りている。


 借りて最初のほうは絵にかいたような汚い部屋の掃除終わらず、結局は床で寝ることになったけれど…。


 こっちの生活にも慣れてきた。


 けど、向こうの生活が恋しくないかと言ったらうそになる。やっぱり『いつも通り』が一番だから。


 たまたま見えた流れ星に誓う。


「おれは必ず『黄金のリンゴ』見つけて『いつも通り』を取り返す」




 待ちに待った満月の日。いつも通り、朝ご飯を作ってルミナを起こしにいく。ご飯を食べた後は庭で剣を教えてもらう。


 いつものルーティーンなら午後は、こっちの世界に関する座学だけれど、今日は違う。


 神殿に行き、神樹にルミナの言う手掛かりとやらを教えてもらう。




 神殿に先に入ったルミナは祭壇の上で片膝をつき、知らない言語で祈っている。


 そもそも美人だけど、別人との入れ替わりを疑うくらい神秘的で美しかった。


 ふと思ったけれど、なんでこっちの世界でも日本語が通じるんだろうか。買い物の時なども、言語で不自由した記憶はない。


 ルミナの力?それとも…?


 いろいろ考えているとルミナに呼ばれる。


「こっちに来て。」


 祭壇につくと、ルミナが手のひらで手首を包んできた。


 あったかい何かに包まれた気がして心地が良かった。


 ルミナが手を離すと、手首には木でできたブレスレットがはめられていた。


「これは?」


「それは『神樹のブレスレットアストラル・バインド』。様々なものを『つなげる力』があるらしいよ。」


 魔法の杖とか伝説の剣でもなく、木のブレスレットか。そもそも「つなげる」とは?


「使い方も教えてくれたし、習うより慣れろ!実際にやってみるわよ。思っていたより神樹も親切だったし」


 脅す立場とか言っていたけれど、優しくしてくれたのなら何よりだ。


 手を引かれるまま神殿の外に出て、今度は一本の枝まで飛んでいった。


「この枝に実がなっていたの。神樹のブレスレットアストラル・バインドに祈りを込めて、この場所の『過去』と『現在』をつなげるよう願ってみて」


 言われるとおりに、手を合わせ、願う。


 すると、この世界に来る前に見た虹色の糸が何本もどこからともなく現れて像を結ぶ。


 妖精の形をした糸はリンゴの形をした糸を枝から引きちぎり、北へ飛び去って行った。


「犯人は妖精だったのね。北には村と禁足地しかないはず…でも、とりあえず行ってみるしかないわね。」


 ルミナがおれの手を握り、飛ぶ準備を始める。


 一つ疑問がわいたので聞くことにした。


「黄金のリンゴの予備とかはなかったんですか?」


 おれが神様なら、そんな大事なものは予備を用意しておく。


 それがあれば、たとえ盗まれてもゆっくり探すことができる。


「あるにはあったのだけど、十五年前に盗まれたときに使ってしまったのよ。でも、犯人が妖精と分かった今、少しは時間の猶予ができたはずよ」


「妖精だったら時間の猶予ができるんですか?」


「一介の妖精が、あんな力の塊を一気に食べたら爆散するわよ。少しずつ食べるだろうから、時間があるはず。神様だったら爆散しないから危なかったんだけどね」


 神様と妖精にそんな差があったとは。まだまだ知らないことばっかりだ。


「じゃあ、行こうか」


 月を背中に一人の神と、人間が神樹から飛び立った。まだ見ぬ困難に向かって。




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 予備ができる理由


 リンゴを食べてから次のリンゴができるまでの時間を100年とすると、リンゴを食べて世界を維持できる時間は101年くらいなので、予備ができます(千年に一度くらい)


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 ルミナ=フェディア(ユグドラシルの管理者)(女神)


 身長:165㎝


 体重:××㎏


 好きなもの:かわいいもの、お酒

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