「ユウキ。あなたにはこの世界を救ってもらいます」
ん?
いま神様が人間に頼むべきでないことが聞こえた気がする。
さすがに一人の人間に世界は救えない。聞き間違いだ。きっと、多分…。
「え?いまなんと?」
「聞いてなかったの?き・み・に世界を救ってほしいと言っているのよ!」
酔いが回っているのか、単に怒っているのか語気が強い。
(聞いてなかったってわけじゃないけど、こんな何の問題も起こってなさそうな世界のどこを救えっていうんだ?)
「もっと具体的には?」
さすがに情報が少なすぎる。無理っぽかったら断って帰ろう。
「えっとれ~だから、あにょ、その、――」
まともにしゃべれなくなっているうえに、神様の目がどんどん細くなっていく。
少し心配になりながら返答を待っていると、
「だかりゃ~あれを、さが、し…」
目が完全に閉じる。神様はバランスを崩して、前に倒れこむ。
ドサッ!
間一髪のところで腕をつかむことができた。ひざを少し打ってしまったかもしれないけれど、自業自得だ。
こんなことを思うのは罰当たりだろうか。
神様が寝てしまったあの後、冷たい石畳の上に放置するのはさすがにかわいそうだったので、案内の時に教えてくれた神様の家に連れていくことにした。
「ちょっと~もう飲めないよ~」
腕の中から幸せそうな寝言が聞こえる。この神様は夢の中でも飲んでいるらしい。
初めて会った時の威厳は完全になくなっている。
こんなでも神様は神様だ。余計距離感が分からなくなってしまった。
すると、周囲から視線を感じる。
ただでさえ羽がなくて怪しまれているのに、そんな奴が寝ている神様をお姫様抱っこして町中を歩いていたら当然注目される。
妖精が絵本の中みたいに小人サイズならいいならあんまり気にしなくてよかった。けれど、残念なことに人間と同じくらいの大きさだから、気にしたくなくても気にしてしまう。
これ以上目立つのもあれなので出せる最高速度で移動する。
途中で、腕の中のこいつと同じように酔ったやつに絡まれそうになったけれど何とかあの家にたどり着くことができた。
さすがに女性の寝室に入るのは気が引けたので、リビングのソファの上で眠てもらった。
ルミナをソファに下ろした後、椅子に座って今日教えてもらったことを思い出す。
・この世界の名前はアヴァロン 住んでいるのは神と妖精たち
・ユグドラシルは数百年に一度、ユグドラシルの力が詰まった実をつける
・できた実の力を使ってルミナが世界を維持している(らしい)
・この町のはるか北東には「禁足地」があり、魔物がたくさん住んでいる
・禁足地以外にも少数ながら魔物はいる
あとは―――
その次の記憶は、ルミナがソファから落ちて悲鳴を上げた時のものだった。
どうやらおれは机に突っ伏して眠ってしまったらしい。
そりゃ、神を一人抱えて結構な距離を歩いたし、そもそもここは別世界なのだ。疲れるのは当然だ。
初日にしては頑張ったほうだと思うし、結構知らない世界に適応できていた気がする。
というか、帰り道を聞くのを忘れていた!
ルミナの「世界を救ってくれ」、が印象強過ぎて一番大事なことを忘れてしまっていた。
もう学校が始まる時間だし、いつまでも帰ってこなかったら家族も心配する。
「おいっ!ルミナ!起きろ!」
ソファから落ちて顔を打ってなお、眠り続ける自堕落な女神の肩をゆする。ほんとうにあの時の威厳はどこへやら。
「あ~、ん~もう朝か~」
眠そうに眼をこする神様に休む暇も与えず質問する。
ルミナのよくわからない寝言を聞いているうちに、尊敬も緊張もしなくていいという結論に至った。
「ここからどうやって帰るんですか?学校があるんです!」
ルミナはおれの声に驚いたのか、目を見開く。直後、急なドヤ顔とともにグッドサインがおくられる。
「大丈夫さ――」
(いや、何が?こちとら受験控えてるんですけど!!!)
「――この私が向こうの世界の時間を止めてるからね!」
(なん、だと!こいつもしかしてすごいやつなのか?!)
「マジっすか?」
「私を何だと思っているの?君が困らないようにそれくらいやってるわよ!」
少し間をおいて、ルミナのすごさを脳が理解する。
「すいませんでした!そんなすごい方だと思わず、正直なめてました。すいませんルミナさんいや、ルミナ様!」
お酒を飲んで外で眠ってしまうような神だから、正直なめていた。
世界の維持とかも見栄張っているだけだと思っていたけれど、時間を止められるような人ならできちゃうのかもしれない。
「ふふ~ん。顔を上げたまえユウキ君よ。どうだい?私のすごさに気が付いたかい?」
すごい嬉しそうにニヤついている。
すごいのは事実だけど、調子に乗らせたのはよくなかったかもしれない。
「尊敬して崇め奉ってくれてもいいんだけど、君とは『相棒』になるわけだし、仲良くしたいから特別にルミナと呼ばせてあげよう」
崇め奉るまでは言っていないけれど…。
前々から気になっていたその「相棒」の中身がやっと聞ける。
「ところで、その『相棒』というのは?」
「これから『黄金のリンゴ』一緒に探しに行くんだよ。知らない世界で君一人に行かせるわけじゃないし、一緒に旅する相棒じゃないか!」
一つ答えが分かったとたん新しい問題が出てくる。
黄金のリンゴはユグドラシルの果実のことだ。けれど―
「探しに行く、というのは?」
怪訝そうな顔をされる。
「あれ、言ってなかったっけ?それがないと世界を維持できないし、悪いやつの手に渡ったら大問題でしょ。最悪、神全員で力を合わせれば次のリンゴの収穫までもつかもしれないけど…」
思っていた以上にやばい状態かもしれない。
「なんでなくなったんですか?」
「私の不注意。てへぺろ」
目の前の片手を頭の後ろに回した舌を出た生物が急に憎くなってくる。
一発くらい殴っても罰は当たらないんじゃないか?
けれど、殴る前にあきれて声も出ない。
「いくら私の管轄がユグドラシルでも、勝手に盗むやつのほうが悪いのよ!」
まあ、その通りなんだけど、盗まれるあんたも同罪だよ。
少しふて腐れているようにも見える。
「それもそうですね。で、それ、どうやって探すんですか?」
目の前の膨らんだほっぺがしぼんでいく。目もそらされた。
「もしかして、何の手掛かりもなしに探すつもりですか?もういいです。帰らせてください」
あきれた。こんなの普通に考えて無理じゃないか。
「いや、手がかりならあるわ。君よ!それに、助けてくれなかったら帰り道教えないから」
意地の悪そうな笑みが浮かんでくる。
帰り道を教えてくれないなんてただの誘拐じゃないか。上司の無茶を聞く社会人もこんな気持ちなのだろうか。
「は?おれが手がかりってどういうことですか?」
「これは世界の存続にかかわる一大事だ!そうなれば、世界樹も力を貸してくれるはず。絶対。きっと。たぶん。」
少しずつ確率が下がっている。せめて、力を貸してくれるか確認取ってから読んでほしかったな。糸に触れたおれが悪いんだけど。
「それなら、ルミナが力を貸してもらえばいいじゃないか」
「もっともな意見ね。けれど私には神としての威厳があるし、それに、神樹も盗まれたことに呆れて無視してくるのよ」
はじめて植物と気が合った気がする。神樹とは仲良くなれる気がする。
「それなら、ほかの神様か妖精に力を借りればいいじゃないか」
「それも無理なんだよ。あくまで神樹は見守るだけの存在だから妖精には干渉しないから。ほかの神にはプライドが邪魔して頼めないのよ」
世界の危機ならプライドぐらい捨てろよ!
「ならおれにだって無――」
「君は違う。あくまで外の世界の人間だ。――」
いつの間にか真剣な顔で話している。このまじめな雰囲気といつものルミナとのギャップに戸惑い話が頭に入ってこない。
「―――だから、簡潔に言うと、神樹に対して『異物を出してほしかったら協力しろ』と脅す立場なんだよ」
なんか急に物騒な話になっている。人の話をちゃんと聞くって大事なんだな。
「ほかの人間じゃダメなのか?」
「人の話聞いてなかったの?」
心の中で謝り、今度はちゃんと耳を傾ける。
「別にいいんだけど、この世界に入れる人間が限られているの。ここは、いわば精神世界みたいな場所だから生半可な精神の人間は来れないのよ。あんたは、『いつも通り』にたいする尋常じゃない執着があったから入れたの。あんたの精神は異常だったの」
なんか悪口を言われている気分になる。気分になるというか、悪口を言われているのでは?
「それに、そこまでして帰りたい?」
ルミナの目に涙がにじみ、声も震えている。
「ちがっ、そういうわけじゃ…」
泣きそうな態度に驚き、あせって訂正しようとすると、
「あはは、あんたやっぱり面白いわね」
ルミナが急に笑い始める。あの泣きそうな様子は演技だったのか。まんまとはめられてしまった。
目の前の小悪魔がニヤついているのが見える。
「あ、けど、神樹の力が一番大きくなる満月しか話せないからあと三十日位はこのまんまだね」
目の前の神の無責任さに絶句する。
======================================
糸川イトカワ 結輝ユウキ
身長:170㎝
体重:49.5㎏
誕生日:5月10日(糸車座)