この世のすべての出来事には理由がある。
すべての幸せ、もちろん不幸にも原因はある。
幸福の理由になれればそれでいいけれど、他人の不幸の理由にはなりたくない。自分のせいで人を不幸にするのは嫌だ。
そして、この世のすべてのイレギュラーは不幸につながる。だからみんな毎日同じことを繰り返している。会社や学校が最たる例だ。
同じことを繰り返すだけなら、誰かの不幸の原因になることはないし、考えなくていいから楽だ。
それに、みんながそうすれば誰も傷つかなくていい。
「そいつもう体力少ないから倒せるよ!」
深夜一時半。今日はダンジョンボスとの戦いが長引いているのでいつもより遅い。普段ならもうベッドに横になっているのに。
友人に誘われて始めたこのVRMMO。はじめはあまり乗り気ではなかったけど、友人があまりにもしつこいのでしぶしぶやることにした。
けれど、やってみると友人のしつこさの理由が分かった。面白過ぎた。自分でも驚くほどはまってしまった。なんと、三つある職業のうちの一つ「アタッカー」で世界一位になってしまった。
今では、毎日夜の九時から一時までやることが日課になっている。
「ボスも倒せたし解散だな。それじゃあおやすみ」
「おいおい、少し待てよ。明日は学校ないんだからもう少しやろううぜ」
一緒に戦った和服を着ているプレイヤーが話しかけてくる。
見た目は違うけれど、おれをこのゲームに誘ってきた本人だ。
こいつのキャラクターはいかつい体をしているのに、さわやかイケメンの顔が乗っているからどこかミスマッチのビジュアルをしている。
「もうすぐ夜の二時になるし。寝る時間なんだ。また明日やろう」
いつもは翌日の学校のことを考えて一時には終わるようにしている。
けれど、学校の有無に関わらずイレギュラーは嫌いなので延長するつもりはない。
少し不服そうな顔をされたけれど、明日やることを約束して、そのあとは二人ともログアウトして終わった。
翌日起きたのは昼過ぎで、朝食兼おやつにバナナを食べてそのまま夕食後までだらけていると、さすがにわが子の自堕落な生活を見て何かを感じたのか、おれに散歩を命じた。
いつもと違うことをするのは嫌だったけれど、散歩をすることで他人が不幸になるとは思えないし、健康のためにも従うことにする。
家を出て、近くの大きめの公園まで歩き、公園のベンチに腰を下ろして空を見る。
その日の月は満月かその一日前みたいな感じだった。きれいな形で明るく光っていたのは印象的だった。学校の行き帰り以外ではほとんど外出しないので、久しぶりに見た月だった。
そのあとは、公園を一周して帰ってきた。
土曜日はレベル上げの日なので、無心でレベル上げをしていた。努力の成果が目に見えてわかるからレベル上げは好きだ。
そのまた次の日。晩御飯を食べて、家の外に出る。
昨日の散歩が楽しかったのでいつものルーティーンに組み込むことにした。
夜風は心地よく、月はきれいに輝いていた。
「今日が満月だったのか。昨日より丸い」
うっかり口に出てしまっていたらしく、隣の家のおじいさんが反応する。
「甘いのう。わしにはわかる。今日はまだ満月ではない。天気予報では明日が満月じゃと言っておったわい」
「そうなんですか!?知らなかったです」
天気予報はずるじゃないのか?とおもいつつ返事をし、ウォーキングを再開する。昨日と同じルートを通り、日曜日にすると決めているウィークリークエストをする。「~を○○体倒せ」や、「~ダンジョンをクリアしろ」みたいな面倒なのが多くていつもより手間取ってしまった。
毎週同じのにしてくれればいいのに。
月曜日。いつも通りの時間に起きて、制服に着替え、朝食を食べる。
いつもと同じ通学路を通り、いつもと同じ時刻の電車に乗り、いつもと同じ景色を見て、いつもと同じ駅で降りる。
授業は時間割通り進み、終礼が終わり、帰路につく。
いつもと同じ駅で乗り、いつもと同じ景色を見て、いつもと同じ駅で降り、いつもと同じ通学路を通る。
晩御飯を家族と食べて、お風呂が沸く前にウォーキングにいく。
いつもの道は工事中だったので、仕方なく違う道に行くことにした。
細い道に入ると、そこにはいつもとは違った。
多少のイレギュラーは無視できるけれど、それは多少ではないイレギュラーだった。
虹色に光る細い糸が落ちている。
あまりにも美しい輝きに目が奪われ、無意識のうちに手を伸ばしていた。
この輝きに触れてみたい。頭の中がそれでいっぱいになる。
美しい光に触れると、どこか懐かしい光に包まれて、視界が真っ白になる。
再び目を開けると、そこには現代日本とは思えぬほどの美しい草原と森があった。少し先には、雲の上まで伸びているであろう巨大な木がある。
「まるで世界樹だな…」
あまりの迫力につぶやいてしまった。
口に出して気が付く。ゲーム!
確かにこの木はあのゲームに登場する世界樹と似ている。だけど、そんなことどうでもいい。どうにかログインして、火曜日の日課をやらないと。でも、どうやって…
見えるのは、草原と森と、あのでかい木の下にある町らしきものしかない。
出口らしい場所がないことに絶望して、放心状態で草原に寝転がって夜空を眺めることにした。
この世界には、自分の力でどうすることもできない事がある。この状況がまさにそれだ。
散歩なんていつもと違うことをしなければ…。
なんて考えていると気づいたら一人の女性が横に立っていた。
「糸川結輝イトカワユウキよ。どうかわたしを助けてください」
大切にしていた「いつも通り」が光る糸一本に消された。
けれど、この人についていけば取り返せる気がした。