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4.初めてそう呼んだ日

「……え?」


私は、湯水さんの言葉があまりにも唐突すぎて、その場に固まっていた。


そして、気がつくと桐島さんに両脇の下に腕を通されて、身動きが取れなくなっていた。


「は?え?ちょっと待って」


困惑する私のことを、湯水さんはじっと見つめていた。


「さて、じゃあ渡辺さん、お昼ご飯にしましょうか」


湯水さんは、私が持ってたメロンパンを取り上げて、封を開けた。そして、中のパンを地面に落として、それを思い切り踏んづけた。


脚を上げると、パンは上履きの跡がついていた。


「さあ、はい。あ~ん」


湯水さんがそのメロンパンを拾い上げて、私の口許に持ってきた。


当然、口を固く閉ざす私だけど、湯水がそれを許すはずなかった。


「なに?食べられないの?お腹いっぱいかしら?」


「………………」


「じゃあ、お腹減らさなきゃね」


そんな台詞を吐いた瞬間、湯水さんは私のお腹を思い切り蹴り上げた。


「げぇっ!」


思わず開けた私の口から、胃液が少し漏れる。その隙を狙って、湯水さんはパンを口に詰めてきた。


「むがっ!」


「美味しい?そう、良かった」


「きゃははははははははは!!」


気色の悪い湯水の微笑みと、耳がキンキンする喜楽里の笑い声が、私の恐怖心と……有り余る怒りを湧き上げさせた。



がりっ!!



私にパンを咥えさせている湯水の人差し指を、パンと一緒に思い切り噛んでやった。


「っ!!」


咄嗟に手を離した湯水は、自分の指を確認した。人差し指に歯の跡がくっきりと残り、そこからポタポタと血が垂れる。


「ありがとー湯水さん。美味しかった♡」


「………………」


「それにしても、あなたのカレ……立花くんだっけ?見る目あるよね~。あなたよりも私の方が魅力的だって分かってたってことでしょ?デート中、私のFカップばーっか見てたもん。こんなことなら、デートすっぽかすんじゃなかったかな~?」


私が今思い付く限りの煽りを受けて、さすがの湯水も笑うのを止めた。


すん……と、無表情になり、ひたすらに冷たい眼差しを私に向けた。


「生意気なメス犬が……。調子乗ってんじゃないわよ」


湯水は、自分の上履きを片方脱ぐと、それを使って私の左頬を思い切り叩いた。


パシーンっ!という大きな音が、周りの空気を震わせた。


パシーン!パシーン!と、合計三回ほど私の頬を殴り続けた。執拗に同じ場所を狙ってくる辺りが、湯水の性格の悪さを物語ってる。


湯水は腕を振り上げて、四回目を私に食らわそうとしたその時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。それと同時に、湯水は腕を下ろして上履きを履き、桐島も私を解放した。


三人は私に背を向けて、スタスタと出入口の方へと歩いていく。そして、湯水が眼だけをこちらに向けて、こう言った。


「私の立花くんがあなたを誘うなんて、ありえない。どうせあなたが誘惑したに決まってる」


「あ、そう。じゃあ本人に訊いたら?たぶん言ってくれるよ?『湯水ちゃんー!君のAカップじゃダメなんだー!美結ちゃんのFカップじゃなきゃダメなんだー!』ってさ」


「私はAカップじゃない!B カップだ!」


コンプレックスを刺激されたのか、ものすごい剣幕で湯水は怒鳴った。


「Bカップ?ざっっっっこ!Fカップ未満の女は人権ないって知ってた?」


「……見てなさいよ、あんた。学校に来られなくしてやるから」


そう捨て台詞を吐いて、彼女たちは出ていった。








「……はあ、痛いなあもう……」


私は痛む頬を手で押さえて、家路を歩いていた。上履きでビンタされるのって、思いの外痛い。頬が腫れてるのが鏡を見なくとも分かる。


「これからは、あいつらが鬱陶しいことしてきそう……。はあ、ダルい……」


家の玄関を開けて、二階にある自分の部屋へと向かう。その時、兄……なんて呼びたくない、あの男がいた。


「美結、お帰り。あれ?その頬どうした?」


「………………」


もちろん、私はその言葉を無視した。


冴えない男に心配されるとか、屈辱の極み。 部屋にスタスタと入って、鞄をベッドに放り投げた。


「あ~むしゃくしゃする。“メグ”に電話しよう」


私はポケットからスマホを取り出し、メグに電話をかけた。


メグというのは、私が転校前に通ってた友だちで、一番仲良しだった。本名は平田 恵実なので、メグと呼んでる。


『もしもし~』と言って出てくれた彼女の声に、私は久しぶりに安心した気持ちになった。


「メグー?久しぶり~」


『あ、美結?どうしたの?』


「ちょっとさー!聴いてー!」


『えー?なになにー?』


私はメグに、事の経緯を事細かく話した。途中、話ながらだんだん湯水たちにまたムカついてきたので、言葉もちょっと荒くなった。


メグは『うんうん』と言いながら、小一時間ほど続いた私の話を聴いてくれた。


「ホントに痛い!マジでありえない!」


『それは酷いね~』


「でしょー!?もうマジでイライラする~」


『ちゃんと冷やしたり、薬つけておいた方がいいよー』


「うん、そーするー」


私は一階にある薬を取りに行くために、スマホを持ってメグと話したまま、部屋を出た。


「あれ?」


扉を閉めようと取っ手を見ると、そこに小さなビニール袋がぶら下がってた。


スマホからメグの『どうしたの?』という声が聞こえる。


「なにこれ……?」


右手でスマホを持って、左手でビニール袋を持つ。袋の中を覗き込んで見ると、傷薬……というか、軟膏が入っていた。


小箱に入ってるタイプで、まだ未開封だった。 そして、小さな紙?的なものも袋の中にあったので、一度袋を床に置き、袋の中に手を入れて、その紙を取ってみた。


それは、近所のドラッグストアのレシートだった。 1500円……結構高い。それと、4月10日の午後4時25分に購入したという記載が、レシートの中にあった。


「今は……4時40分。ついさっき買ってきたってこと?」


『なにー?何かあったのー?』


「あ、いや……なんか、ドアの取っ手にビニール袋が下がってて、中に薬があった。さっき買ってきたやつっぽい」


『へー!良かったじゃーん。お母さんからかな?』


「いや…。ママはまだいないし……たぶん……」



──美結、お帰り。あれ?その頬どうした?



「……お兄、ちゃん?」


『え?お兄ちゃん?あ、そっか。お母さん再婚して義理のお兄さんできたんだっけ?』


「うん」


『優しいお兄さんだね』


「………………」


私は袋を手に取って、部屋のドアを開けた。部屋に入る前に、ちらりと……兄の部屋の扉を見た。


「………………」


しばらく私は、その扉を見つめていたけど、それ以上は特に何もしないまま、私は自分の部屋へと入り、ドアを閉めた。








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