多少強引な仮説だとは思うが、一応は筋は通っている……はず。
時間がない今、必要なのは慎重さよりも大胆さだ。
情報を集めて時間切れなんて本末転倒。
それならアタリをつけて動く。
例え仮説が間違っていたとしても、動くことで何かしらの情報は入ってくる可能性は高い。
人質が人間だというのなら、有力な情報を得られるのは――。
「城に行ってみるか」
「そうね」
人間のことは人間に聞くのが一番。
なので普通は噂を辿っていくというのがセオリ―なんだが、今回はその手は使えそうにない。
そもそも勇者である源五郎丸が魔王を使役していることさえも街の人たちは知らなかった。
それなのに、その魔王の弱みである人質について知っているわけがない。
中には情報屋みたいなやつが情報を持っている可能性があるが、そいつを探す方が骨が折れる。
それに見つけたとしても、そいつから情報を聞き出すのも一苦労だろう。
というよりそっちの方が大変なはずだ。
そうなると王や貴族の方が情報を持っている可能性も高いし、引き出すハードルも低い。
今回のような場合は特に。
「人質はこの国の姫かもしれないしね」
「あ、結姫もやっぱそう思う?」
「魔王と国王の弱みを同時に握れる。手札としては悪くない」
「リスクは2倍どころじゃねーけどな」
弱みを握るということは恨みも買うということだ。
最高の手札であり、切り札だが、無くしたと同時に詰みになる。
オレなら怖くて絶対にできない。
にしても人質がお姫様、か。
だとしたらベッタベタだな。
敵対する者同士が惹かれ合うなんてことは、ある意味、創作の世界じゃセオリ―と言ってもいい。
それは遥か昔、中世の時代から使われている手法だ。
それに姫はよく魔王とかに攫われるからな。
しかも自分を攫った相手のことを好きになるなんてことは現実世界でもあり得ることらしいし。
確かストックホルム症候群だっけ?
あり得ない話じゃない。
もし仮にそうだとしたら、 魔王と恋に落ち、助けてくれるはずの勇者に人質として攫われたということになる。
なんとも皮肉な話だ。
「さっそく行くわよ」
残ったパンのかけらを口に含み、立ち上がる結姫。
もう日も落ちている。
王たちが眠ってしまえば、情報収集自体が出来なくなる。
今は一分一秒が惜しい。
「そうだな」
オレが立ちあがった瞬間だった。
「にゃー」
不意にテーブルの下から鳴き声が聞こえた。
「!?」
目の前にいた結姫が一瞬で消えた。
まるで瞬間移動したかのように。
そのくらい素早かった。
結姫はテーブルの下に潜り込んでいる。
そして猫を抱えて立ち上がった。
街から出るときにどこかに行った、あの小さな三毛猫だ。
「やっぱりこの子、私のこと……」
まるで恋人へ向けるような表情。
わずかに頬を染めて、愛おしそうに猫を見ている。
まあ、他人から見たら無表情で猫を睨んでいるように見えるだろう。
結姫の表情の変化はオレだからこそわかる範囲だ。
もう少し表情筋を動かせば普通の女の子なのにな。
今度、顔面の筋トレを勧めてみよう。
「お待たせ。ナフィオンとバリレナだよ」
そう言って店のおばちゃんが、サンドイッチとから揚げのような料理が乗った皿をテーブルの上に置く。
そういえば追加で注文してたんだった。
「ごめん、おばちゃん。それ持って帰りたいから包んでくれる?」
「あら、急用かい? ……って、ああ。城に行くんだね」
おばちゃんの、その言葉に心臓が跳ね上がる。
なんで城に行くことを知ってるんだ?
まさか、今までの話を聞かれてた、とか?
「な、なんでそう思うんだ?」
「え? 猫を届けるんじゃないのかい?」
おばちゃんが、結姫の肩に乗り、頬にすり寄っている三毛猫を指差す。
「猫を届ける? なんのことだ?」
「なんだい、御触れ見てないのかい? 城で猫を集めてるみたいだよ」
「……集めてどうするんだ?」
「さあ。貴族の考えなんて一般人にはわからないよ」
「こういうことってよくあるのか?」
「初めてだよ。2日前くらいに急に御触れが出てね。どんな猫でも買い取るっていうんでみんな猫集めにやっきになってるよ」
「……」
ちょうどいい。
城の中には忍び込む気満々だったが、これで堂々と中に入れそうだ。
結姫は肩に乗っている猫を、オレから守るように抱き抱える。
「売らないから」
「わかってるって」
城の中に入る理由さえあればいいんだから、売る必要はない。
……だから、そんな敵を見るような、殺気を込めた目でオレを睨まないでくれ。
* * *
城の入り口付近にある中庭。
そこには20人くらいの人が猫を持って並んでいた。
「そこの籠に入れたら、奥で報酬を受け取ってくれ」
受付の兵士らしき人間が定型文を言って、やってきた人を捌いている。
見ている限り、猫の種類や大きさ、年齢などの個体差を見て選定している感じはない。
本当にただ猫を集めているみたいだ。
扱いも酷い。
1つの籠に10匹くらいの猫を雑に入れていく。
城の中で飼うとか、そういう目的ではなさそうだ。
「……」
そんな光景を見て、結姫が顔をしかめたり緩めたりしている。
モフモフを見て顔を緩め、雑に扱っているのを見て怒り心頭といった感じだ。
……忙しいな。
オレには到底できない芸当だ。
これで少しは顔面筋が鍛えられるといいんだが。
「おい、そっち持ってくれ」
「面倒くさいなー」
オレたちが並んでいる横を抜けて、兵士たちが猫の入った籠を二人がかりで持ち上げる。
そしてまたオレたちの横を通って、籠を持って行ってしまった。
「……恵介くん。どう思う?」
「きな臭いな」
集めた猫が入った籠は城の中に持って行くものだと思っていた。
だが、兵士たちはどこかへ持って行った。
城の中で必要じゃないのに、なぜ城で集める必要がある?
必要な場所で集めれば、持って行く手間が省けるはずだ。
細かいことだが引っかかった。
今はそんなことを気にしている場合じゃないかもしれないが、結姫も引かかったというのなら無視はできない。
「頼めるか?」
「……」
結姫は無言で頷き、並んでいる列から離れて猫の籠を持って行った兵士たちの後を追っていく。
「オレの方も行きますか」
列を外れ、城の中へと忍び込む。
城の中は厳かな雰囲気だった。
歴史が長い国なだけある。
装飾品や絵画とかも派手というよりは上品といった感じだ。
……まあ、こういうのに詳しいわけじゃないから、あくまでオレの感覚での話だけど。
城内の警戒も薄い。
魔王という脅威が消え去った今、警戒するべき相手がいないので当たり前なのかもしれないが。
おかげで動きやすい。
「さてと。どうすっかな」
気の弱そうな貴族でもいれば脅して情報を聞き出したいところだ。
ただ、その方法は素早く情報を得られる反面、見つかったら警戒され、二度と城の中で情報収集なんてできなくなるだろう。
となれば行くところは1つだ。