目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第13話 人質は誰だ?

 源五郎丸はドラゴンに対して、人質をとっている。

 そう考えれば隠されていた真実という絵のピースがぴったりと合う。


「その人質を探し出せれば……」

「全てが解決するってわけだ」


 既に源五郎丸とドラゴンとの使役関係は解消されている。

 両者を結び付けているのは人質という存在のみ。

 それを断ち切ればドラゴンは源五郎丸を守る必要はなくなる。

 そうなればやつは裸も同然。

 今度こそ、強制返還できる。


 もちろん今まで世話になった分、たっぷりと利子をつけて。


「ただ問題は2つある」

「……そうだな」


 打開策を見つけたことは大きな一歩だが、オレたちの前にはまだ大きな壁が立ちはだかっている。

 そして、オレも結姫も、その壁を乗り越えることが絶望的に難しいことに気付いている。

 それを考えると、さっき一瞬でも浮かれたことがバカらしくなってくるほどだ。


「1つ目は時間」


 そう言って結姫を人差し指を上げた。

 オレたちに残された滞在時間は1日。

 人質を探すには短すぎる。


「2つ目の問題は……」


 中指を上げて2を示す結姫。

 決してピースという意味ではない。

 そして、その2つ目の問題が結構致命的だったりする。


 口にも出したくない。

 だが、言わなかったからといって何かが変わるわけではない。

 それはただの現実逃避だ。


「……オレたちは、その人質が誰なのかわかってねえ」


 オレの言葉にゆっくりと頷く結姫。


 そう。

 オレたちは誰かもわからない人質を1日で見つけ出さなければならない。


 これならいっそ、ドラゴンを倒した方がまだ早いんじゃないかと思うほど絶望的だ。

 端的に言うとほぼ不可能というか詰み状態。


 それなら――。


「恵介くん。戻ろうか」

「っ!?」


 まさか結姫の方から言ってくるとは思わなかった。

 実質的なリタイア。

 任務失敗。


 今までどんな状況でも決して言わなかった言葉だ。


 オレが機関に入って、結姫とパートナーを組んでこなしてきた任務は20ほど。

 その中で、今回の状況はダントツに危機的状況だ。

 結姫が諦めるのも無理もない。


 ……というのはオレの方の希望的観測。

 自分への責任逃れ。


 それを結姫は背負ってくれると言っているのだ。


 もちろん状況的に厳しいのはある。

 だが、一番はオレを気遣ってのことだろう。

 二度にわたる源五郎丸との戦闘。

 下手をすればどちらでも死ぬ可能性はあった。

 二度目なんかは死ななかったことは運がよかったと言えるくらいだ。


「ここまでの情報があれば、きっと次のエージェントがなんとかしてくれるはず」


 さらにオレに逃げ道を作ってくれる。

 とことこんオレを甘やかしてくれている。


 ここで帰ればどんなに楽か。

 こんなところで命を懸ける必要はない。

 もっと楽な任務にすればいい。


 逃げる理由を考えればすらすらと出てくる。


 けど。

 だからこそ。


「この状況で任務を成功させれば、評価は爆上がり。だろ?」


 きょとんと眼を丸くする結姫。

 そしてオレはそこで不敵な笑みを浮かべてみせる。


 どうよ?

 まるで漫画の主人公みたいじゃねーの?

 惚れていいんだぜ、結姫ちゃん。


 だが結姫は顔を伏せて、ぽつりとつぶやく。


「……バカじゃないの」


 おーっと。

 惚れられるどころか罵倒の言葉をいただきました。


 なんでだよ。

 そこは頬を赤らめて「恵介くん、格好いい」じゃねーの?


 ……まあ、結姫がいきなりそんなことを言い出したら、逆にこえーけど。


「策はあるの? 言うだけなら簡単だけど」

「うっ!」


 顔を上げた結姫は呆れたよな、どこか冷めたような目をしている。


 確かにさ、勢いで言ったけどそんな目で見ることはねーんじゃないの?

 オレだって格好つけたいお年頃なんだぜ?


「も、もちろんあるぜ」


 もちろん嘘。


 あー、ちょっと待て。

 とりあえずまずは情報の整理だ。

 さっきもそれで話が進展したし。


 とにかく適当に話しながら策を考える。

 じゃないと格好悪すぎる。


「いいか、結姫。源五郎丸は人質をとっている」

「……それは間違いないと思う」

「その人質は、いわばやつにとっての生命線になるってことだよな?」

「そうね」

「そんな人質を目の届かないところに置いておくと思うか?」

「……」


 わずかに目の開きが大きくなる。

 オレの理論に驚いているようだ。


 ……って、あれ?

 時間稼ぎのために適当に言ったことだったが、結構的を得てるんじゃないか?


「人質はこの国……いや、あの宮殿内にいる可能性がある……」

「そう! そうだよ! だからあの宮殿内をくまなく探せばいいってわけさ!」


 おお!

 さすがオレ!

 偶然とはいえ、かなりいいところまでいったんじゃないか?


「でもどうやって?」

「え?」


 浮かれるオレに水をかぶせるような冷たく刺さるような結姫の言葉。


「どうやってって、そりゃ、普通に忍び込めばいいじゃねーか」

「人質がどんな人かわからないのに?」

「……」


 今度はオレが言葉を詰まらせる。


 そうなんだよな。

 そこの問題をクリアしないかぎり先には進めない。

 探すものがわからないのに、探しものなんてできない。


「いやいや。ちょっと待て。宮殿の中の魔物を探せばいいんだろ? 別に顔がわかってなくなって問題ねーって」

「どうして人質が魔物だと断言できるの?」

「だってドラゴンの人質だろ? 魔物に決まってるじゃねーか」

「本当にそう?」

「逆にそれ以外考えられねーって」

「それなら、どうして魔王の城の総司令は『言わなかった』の?」

「あっ」


 そこでようやく結姫が言いたいことがわかった。


 魔王の城にいた魔物たちは魔王であるドラゴンが人質をとられていることを知らなかった。

 十中八九間違いない。

 知っていたら暴走させて使役を解かせるなんて方法を提案しないはずだ。

 万が一、ドラゴンが暴走して源五郎丸を殺してしまった場合、人質は戻らない。

 ドラゴンが望まないようなことを部下の総司令がやるだろうか。

 自分の命が危険な状態でも魔王のことを思う忠義があるほどのやつが。


 それに人質をとっていることを知っていれば、自分たちで助け出そうとするはずだ。

 仮にそれができない理由があったとしても、オレたちに探させる案を出さなかったのはおかしい。

 暴走させて使役を解く方法よりも、ずっと簡単で成功率も高い。

 しかも、根本的な問題を解決できる。


 そうなると、総司令や魔物たちは人質の存在を知らなかったと考える方が自然だ。


「魔王は人質となる存在のことを部下たちに隠していた」

「そうなるよな。でも、なぜ話さないんだ?」

「言えなかったのだと思う」

「……言えなかった」


 魔族たちには言えない存在。

 それを源五郎丸が捕まえることができた。

 そして、その人質は宮殿内にいる可能性が高い。

 さらに人質のことは街の中はおろか、宮殿内でも噂になっていない。


 それはつまり。


「人質は人間だってことだな?」


 オレの言葉に結姫がゆっくりと頷いた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?