ある意味カウンターのように攻撃を食らったせいで、ダメージがデカい。
しかも壁に激突したときに頭を打ったせいで、視界も揺れるし意識も朦朧とする。
気持ちわりぃ。
このまま寝れたら、どんなにいいことか。
「うぐっ……」
「無理しないで」
いつの間にかオレの傍に来て、体を支えてくれている結姫。
「お、おい……。なに、出てきてるんだよ」
「もう私の存在はバレてる」
「そうだけどよぉ」
部屋の中にいるのはバレてても、場所まではバレてなかったはずだ。
そのまま隠れてれば、結姫だけでも部屋を脱出することが出来たんだぞ。
しかも出てくることにメリットはないどころか、デメリットしかない。
「今はそんなことを言い合っている場合じゃない」
「そうだな」
攻撃してきたドラゴンの方を見る。
金色の瞳で、オレたちを睨みつけていた。
なぜ?
使役から解放されなかったのか?
いや、解放されたと言ったのはドラゴンの方だ。
あのタイミングで嘘を付く意味がない。
油断させるためということも考えられるが、そんなことをしなくてもオレを消滅させることは容易だったはずだ。
それにさっきの源五郎丸の、あの慌て様。
とても演技だったとは思えない。
「くっくっく。あーっはっはっはっは!」
さっきとは打って変わって、ムカつく表情で高笑いを始める源五郎丸。
「そうだよな。そうなるよなぁ」
ドラゴンの頭をポンポンと叩き、笑い続けている。
そして、ドラゴンの方もそんな源五郎丸の行動を受け入れていた。
オレたちや総司令たちも知らないことがあるな。
「それじゃあ、魔王よ。そこの二人を消し炭にしろ。できるだけ苦しむようにな」
「……恵介くん。私が囮になるから、その間に逃げて」
「馬鹿野郎。そりゃ、オレの役目だ。……と言いたいとこだが、大丈夫だ」
「どういうこと?」
結姫がドラゴンから視線を逸らさずに聞いてくる。
「あいつはオレたちに危害を加える気はない」
「でも、さっきは……」
「あれは源五郎丸を守っただけだ」
「……?」
ドラゴンは完全に敵となったわけではない。
現に追撃をしてこない。
それに、そもそも殺る気だったら、さっき殺ったはずだ。
つまりさっきのは攻撃ではなく、源五郎丸を守るため、オレを突き飛ばしただけ。
そして、オレの考えが正解だと、ドラゴンの口から告げられた。
「使役から解かれた今、貴様の命令を聞く気はない」
「なんだと?」
源五郎丸の顔から笑みが消え、ドラゴンを睨みつける。
「……いいのか? 後悔することになるぞ?」
「やってみろ。貴様にも後悔させてやる」
「……ふん!」
鼻を鳴らした源五郎丸はこちらに向かって歩き出す。
それに付随するようについて来るドラゴン。
そしてオレたちの横を通り、源五郎丸たちは部屋を出て行く。
その去り際に「命拾いしたな」と捨て台詞を吐いて。
「ふう」
一気に気が抜け、その場に座り込む。
作戦は失敗したが、生き延びることはできた。
及第点といったところか。
「説明して」
オレを見下ろす結姫から威圧をかけられる。
「結姫。源五郎丸はどうやってドラゴン――魔王を使役したんだと思う?」
「……倒した後に、無理やり使役したんじゃない?」
「そう。オレも、そう思ったんだ。けどさ、それなら魔王を使役する必要はないだろ?」
「……あ」
ここで結姫も気付いたようだ。
魔王である、あのドラゴンを倒したのであれば、既に源五郎丸はドラゴンを倒せるほどの魔物を使役していたということになる。
つまり弱い方をわざわざ使役したということだ。
そんなことをリスクを冒してまでやるだろうか。
となると、もう一つの仮説が浮かび上がる。
「倒す前……つまり最初から魔王を使役した」
「たぶんな」
そう考えれば辻褄が合う。
ドラゴンが使役から解放されたときの、源五郎丸の反応。
あれはドラゴンよりも強い魔物を使役していないからだ。
使役しているのに、あの場で出現させない理由がない。
つまり、あのドラゴンが源五郎丸の最大の手札であり、切り札。
「ただ、源五郎丸は使役が解かれた際のことを何も考えていなかったわけじゃない」
ドラゴンと源五郎丸とのあの会話。
そしてドラゴンは源五郎丸を守ろうとしている。
ということは――
「源五郎丸は魔王の弱みを握っている」
「あーー! オレの台詞なのに!」
「……何を言っているの?」
くそー。
いいところ持っていきやがって。
そこはオレが格好良く決めたかったのに。
「お、これ美味いぞ、結姫」
テーブルに置かれたドリアのような料理を指差すと、結姫は小さく首を横に振った。
「食欲ない」
「食っとけよ。体調を整えるのも仕事のうちだぞ」
「……」
観念したように結姫は小さく息を吐くと、テーブルの上のパンに手を伸ばした。
昨日も来た酒場。
腹ごしらえと情報の整理のために来たのだ。
「やはり、もう一度魔王の城に行った方がいいと思うのだけど」
結姫がパンを小さく千切ながら、口に運ぶ。
「まあ、なぁ。けど時間ねえし」
オレたちに残された時間は1日もない。
それ以上、この世界に居続けると危険だ。
かといって、一回帰ってまた来ればいいというものでもない。
この世界にいることができる合計の時間が3日しかない。
今帰ったとして、またこの世界に来てもリミットが残り1日というのは変わらない。
それなら休憩というか仕切り直すために一度帰ればいいと思うかもしれないが、そうもいかない。
機関は極力、世界に影響を与えないことを定めている。
同じ人間が、同じ世界に何度も来ることは、それだけその人間とその世界の繋がりが強くなる。
世界的な規模で見れば極小さい影響かもしれないが、それでも機関としては避けたいというわけだ。
つまり一度帰ってしまえば、任務失敗とされ、新しいエージェントが送られることなる。
帰るイコール任務失敗というわけだ。
「それに城にいる魔物たちは何の情報も持ってないと思うぜ。何か知ってたら、あのとき言ってたはずだし」
「……」
結姫も薄々は気付いていただろう。
だが、現状は何も手掛かりがない。
完全に行き詰っている。
それならわずかな可能性にかけて、魔王の城に行きたいと考えるのもわかる。
「まあ、一旦、落ち着こうぜ。焦るとろくなことねえぞ」
「……わかってる」
いつもはオレが先走って、それを結姫が止める。
それが今回は完全に逆のパターンになっている。
そのことが悔しいのかわずかに口を尖らせている結姫。
「まずは情報の整理だ。現在解ってることといえば?」
「魔王は源五郎丸に弱みを握られている」
「そのことで、魔王は源五郎丸を守ってる」
「だから、源五郎丸を消せばいいという弱みじゃない」
「そうなるよな。……うーん。なんだろ?」
「……」
そのとき、結姫が唇に指を当てた。
考えるときの癖みたいなものだ。
そして、これが出るときは何か思いついたということ。
「――弱みは自分のことじゃない」
「どういうことだ?」
「あのとき、魔王は源五郎丸の、後悔するぞという言葉になんて返した?」
「へ? えーっと、やってみろ、だっけ」
「その後は?」
「後? 確か、貴様にも後悔させてやる……だよな」
「つまり、弱みに関わることを源五郎丸がやったとしても、魔王が死ぬと言うわけではない」
「なにか秘密なのかもしれないぞ。秘密の暴露をされれば自分の身に危険がある、とか」
「それなら、源五郎丸の口を封じればいい」
「あ、そっか」
確かに結姫の言う通りだ。
重大な秘密を握られていると言うことであれば、あのとき、オレから源五郎丸を守らずに放っておけばいい。
というか、自分で止めをさせばいいだけだ。
「……秘密でもない。自分が死ぬわけでもない。それ以外の弱み……」
「「人質」」
ここでオレと結姫の声がハモったのだった。