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第10話 大成功……だよな?

 意識外から突如現れた風の刃に、さすがの源五郎丸も対応できなかった。

 無数の刃がやつの身体に次々と炸裂し、衝撃波とともに瓦礫を巻き込みながら吹き飛ばす。

 そして、そのまま壁に激突した。


 崩れた壁の破片と瓦礫に埋もれる源五郎丸。


 風の刃の炸裂音と壁に叩きつけられた衝撃音が嘘のように、室内は静寂に包まれる。


 ――5秒。

 ――10秒。


 未だに源五郎丸に動きはない。


 死んだか?

 結姫のことだから、そこまでの威力には調整しているはずだ。

 とはいえ、当たり所が悪かった、なんてことも無きにしも非ず。

 まあ、死んだら死んだで不可抗力ってことで、事故死と報告書に書いておこう。


 ――なんて冗談はさておき。

 これで終われば楽なんだけどな。


 そんな淡い期待も、一瞬で崩れ去る。

 瓦礫の中から、何事もなかったかのように源五郎丸が立ち上がったのだ。

 面倒くさそうに衣服についた埃を払いながら、ニコリと微笑む。


 だがこめかみには太い血管が浮かび上がっていた。

 怒りを通り越してもはや笑うしかない――そんな顔だ。


「この世界でははじめだよ。この俺様をここまでコケにしたおバカさんたちは」


 ……お前は宇宙の帝王、冷凍庫様か。


 にしても、『たち』と言っていることから、この部屋の中に仲間である結姫がいることがバレたようだ。

 明らかにオレがスキルを発動するには無理なタイミングや位置じゃなかったし。

 気付かない方が無理だよな。


 にしても無傷か。

 多少はダメージを受けると思ったんだが。


 だが、ここまでは一応計画通りだ。

 この攻撃で倒せないことは織り込み済み。

 本当の目的の方は達成できたようだ。


 源五郎丸の体に巻き付くようにドラゴンが漂っている。


 ――あれが魔王か。


 体長は3メートルほど。

 思っていたよりも小柄だ。

 だが、スキルや魔法が存在する世界では強さに大きさはあまり関係ない。

 むしろ、小さいほうが厄介なこともある。


 その姿は、まるで麒麟のように一本の角を持つ黒龍。

 金色の瞳は鋭く、圧倒的な威圧感を放っている。


 対峙しただけで、背中を冷たい汗が流れ落ちる。

 睨まれているだけで、身体が硬直する。

 蛇に睨まれたカエルって、こういう気分なんだろうな。


 源五郎丸に魔王を召喚させる作戦は成功した。

 だが、それが正しかったのか、今となっては疑問しかない。


 おいおい。

 ここからこいつを暴走させて大丈夫なのか?

 宮殿どころか、街自体が吹っ飛びそうだぞ。


 だがやるしかない。

 正攻法で勝てる気が全くしない。


 それは結姫もわかっているはず。

 だからこそ、存在がバレているのに姿を現していない。


 戦いはこれから。


 オレは息を大きく吐き、その場で軽くステップを踏む。


 ――大丈夫。


 重圧は感じるが、まだ動ける。

 ここからは避け損ねたら即終了。

 それくらいの覚悟で挑むべきだろう。


「拷問するのも面倒くさくなってきた。塵にすれば何を企んでても関係ないだろ」


 源五郎丸の言葉に呼応するかのように、ドラゴンが口を開いた。


「――ッ!」


 灼熱の炎が吐き出される。


「うおっ! あぶね!」


 警戒していたのに、回避がギリギリだった。

 それほどまでに速い。


 こりゃ、長くはもたないな。


 とはいえ、チャンスは一度きり。

 失敗は許されない。


 実際には5分も経っていないはずだ。

 だが体感では1時間以上に感じる。


 ひたすらドラゴンの攻撃を躱し続ける。


 口からの炎。

 角の先端から放たれる電撃。

 手の平からのレーザー。

 近づけば爪や牙による攻撃もあるだろう。


 全ての攻撃を紙一重で避け続ける。

 もちろん、結姫のスキルの助けがあってこそだ。

 一人だったらもう10回は死んでる。


「言っとくが、謝っても許さんぞ」

「へっ、死んだ方がマシだ」


 オレたちは完全に防戦一方。

 だが、源五郎丸の表情には余裕が戻りつつあった。


 ――よし。


 その油断、待ってたぜ。


「じゃあ、そろそろ、いってみますか」


 低く身を沈め、一気に間合いを詰める。

 炎、レーザー、電撃。


 全てを躱しながら、俺は黒龍の顔面へ向かって拳を振り抜いた――。


「うおおおお!」


 するとドラゴンは牙を剝き出しにして噛みついてくる。


「それを待ってたぜ」


 オレは開いた口の中に、握りしめていた闇の玉を投げた。

 ドラゴンは予想外の出来事に一瞬戸惑ったが、闇の玉を呑み込む。


「なんだ? なにを食わせた?」


 源五郎丸が戸惑いの声をあげる。

 金色だったドラゴンの瞳が、黒く、闇へと染まっていく。


 そして、轟音と共に咆哮を上げる。


 その音は大気を震わせ、その振動で宮殿が崩壊するんじゃないかと思うほどだった。

 苦しむようにのたうち回り、あらぬ方向に炎を吐き始めた。


「暴走だと!?」


 焦り始める源五郎丸。

 慌てたようにドラゴンに向かって両手を掲げる。


「大人しくしろ! 命令を聞け!」


 おそらくスキルの力を最大に使っているのだろう。

 ドラゴンは動きを制限されたように身をよじっているが、必死に抵抗している。


 頑張れドラゴン! 負けるなドラゴン!

 魔王の意地を見せるんだ!


「うおおおおおお!」

「ガアアアアアアア」


 源五郎丸とドラゴンの力比べが始まった。

 見る限り互角だ。

 どっちに転ぶかわからない。


 失敗すれば、もう抗う術はない。

 オレたちの負けだ。

 なんとも情けない話だが、魔王に頼るしかない。


 その後、約3分。

 攻撃防御が続き、ドラゴンの体が光り始める。

 まるで太陽のような強い輝き。

 その光が収束する。


 そして――。


 源五郎丸は四つん這いになり、ドラゴンがそれを見下ろしている。


「……馬鹿な」

「契約が切れたようだな」


 ドラゴンの低い声が聞こえる。

 源五郎丸は小刻みに体を震わせ、額からは脂汗が流れ落ちている。


 っしゃーーーー!


 ドラゴンの使役が解かれた。

 しかも暴走も治まっている。


 大・成・功!


 オレたちにとって、最善の形での決着だ。


 あとは源五郎丸をとっ捕まえて、ボコった後に返還して任務終了。


「さて。落ち込んでいるところ悪いが、こっちのツケもきっちり払ってもらうぜ?」


 ゴキゴキと拳を鳴らして源五郎丸に微笑みかける。


「ひいいいい!」


 源五郎丸は尻もちをついたような恰好で、そのままバタバタと後ろに下がった。


「待て! 金ならやる! 許してくれ」

「ダメだ」

「地位もやる! そうだ! 王にしてやる! どうだ!?」

「いらん」

「何が欲しい? なんでもくれてやる!」

「オレが欲しいのは、お前を殴る権利だけだ」

「いやだあああーーー!」


 正直、こっちが引くほど情けない声を出す源五郎丸。


 その情けない声に、興が削がれた。

 一発で勘弁しておいてやるか。


 オレは拳を振り上げ、源五郎丸の顔面に向かってチョッピングライトを叩き込む――はずだった。


「うおっ!」


 真横からの衝撃。

 その衝撃でオレは壁まで吹き飛ばされる。


「な、なんだ?」


 頬がビリビリと痛む。

 どうやら殴られたのはオレの方のようだ。


 誰が?


 頭に浮かんだのは結姫だが、この感触は違う。

 結姫なら、頬じゃなく顔面か顎を打ち抜くはずだし、もっと重い。

 というかこのタイミングで、結姫がオレを攻撃する意味がわからない。


 なら、誰が?


 顔を上げると、そこには源五郎丸を守るように立っているドラゴンの姿があった。

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