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第9話 リベンジマッチだぜ

 ドアが軋む音とともに、源五郎丸が部屋に入ってきた。

 視線がオレに向けられると、やつは目を丸くする。


 驚愕のあまり棒立ちになった源五郎丸に、オレは軽く手を上げた。


「よお。リベンジに来たぜ」


 その一言で、源五郎丸の表情が一変する。

 驚きは嘲笑へと変わり、唇の端が嫌味に歪んだ。


「来てくれてよかったよ。正直、尻尾を巻いて逃亡したまま……なんて可能性もあったし」

「はっ! んなわけねーだろ。お前みたいな雑魚に」

「その雑魚に手も足も出なかったカスがよく言う」

「見くびってたのは認めるさ」


 ゆっくりと立ち上がり、源五郎丸と向かい合う。


 ここは前回、オレが敗北を喫した場所。


 広さ的には一対一で戦うには十分。

 だが、中央には晩餐会用の巨大なテーブルが鎮座し、その周囲には椅子が並ぶ。

 オレのような接近戦主体で戦うようなタイプには厄介な配置だ。


 ただ、前回と違い、貴族たちの姿はない。

 その点では、今回の方が好都合だ。


 できればもう少しこっちに有利な場所で仕掛けたかった。

 だが、オレたちには時間がない。

 残された猶予は、あと丸一日程度。


 作戦実行までギリギリ情報収集してはみたが、源五郎丸はほとんど宮殿を出ないとのことだ。

 魔王を倒してから約1ヶ月。

 その間、街でやつを見かけた者は一人もいなかった。


 引きこもりってやつだな。


 やつが外に出ないというのなら、こっちが出向くしかない。


 オレは勢いよくテーブルに飛び乗った。

 テーブルの上を走れば、源五郎丸のところまで障害物はない。

 うまくいけば2秒でやつの顔面に拳をめり込ませられる距離。


 ──まあ、前回と同じミスを犯す気はねえけど。


「今のうちに遺言を聞いておいてやるぜ?」


 拳をゴキゴキと鳴らす。

 だが、源五郎丸は余裕の笑みを崩さず、ざっと部屋を見渡した。


「仲間はどうした? この期に及んで一人で来たわけじゃないだろう?」

「仲間? なんの話だ?」

「ふん。まあ、いい」


 やはり結姫が――仲間がいることはバレている。

 オレを閉じ込めていた牢屋のドアが壊されることなく開いていた以上、気付かない方が不自然だ。


 とはいえ、やつにとっては些細な問題。

 羽虫が何匹束になろうが、所詮は虫けら。

 多少殲滅までの時間が延びるだけ――そう考えているのだろう。


 実際、それをやるだけの力が、やつにはある。


「一応聞いておくが、目的はなんだ?」

「お前をボコった後に教えてやるよ」

「そうか。なら、それまで死なんでくれよ」


 源五郎丸が右手を広げる。


 来る。


 直感がそう叫んだ。

 オレは即座に横へ跳ぶ。


 刹那、オレのいた場所に光の筋が奔った。


 まるでレーザー。


 前回は至近距離だったせいで無様に直撃を食らったが、距離を保てば回避は可能。


「うーん。シューティング苦手なんだけどな……」


 源五郎丸は連続で光線を放つ。

 オレを殺さないように威力を抑えてはいるが、一発でも食らえば怒涛のラッシュを撃ち込まれるのはのは明白だ。


 なのでまずは距離を保つことを最優先とする。


「おやおや? リベンジしに来たんじゃないの? もしかして当たったことのリベンジ? もしかして避け続けることが目的だったりする? あははは。ゲームじゃないんだからさぁ」


 笑いとは裏腹に、オレに当たらないことに苛立ち始める源五郎丸。


 テーブルや椅子が無造作に破壊され、瓦礫と化していく。


「言っとくけど、魔力切れはないよ。だって、俺様の魔力じゃないからね、これ」


 そんなことは最初から分かっている。

 ──ここまでは計画通り。


「くっ!」


 オレは瓦礫の陰から飛び出し、やつに向けて手套で袈裟切りをする動作をする。

 もちろん、その一撃がやつに届くはずもない。


 が。


 ――ザシュ。


 やつの左肩がわずかに裂けた。


「なっ! お、お前、スキル持ちか」

「スキルを使えるのはお前だけだと思うなよ」


 連続でやつに向けて手套を振るう。

 そのたびに、風の刃が矢のようにやつへと向かっていく。


「ふん。この程度」


 風の刃がやつに当たる瞬間、まるで弾かれるように霧散する。

 まるで、先ほど俺の拳を防いだ時のように。


「そんな豆鉄砲みたいなスキルで俺様に勝てると思うなよ」

「その割には必死だったじゃねーか」

「ちっ!」


 源五郎丸の、オレへの警戒が強まっていく。

 目が鋭くなり、完全にオレを警戒している。


 ――よし、ここまでは計算通り。


 もちろん、今のはオレのスキルじゃない。

 というか、オレはそもそもスキルを持っていない無能者だ。


 じゃあ、あの風の刃がななんなのかというと……言わずもがな、結姫のスキルだ。

 オレの動きに合わせて結姫がスキルを発動させている。


 その結姫がどこにいるのかというと、テーブルの下。


 あえて障害物が多い場所を選んだのは、結姫が隠れるスペースを確保するためだ。

 ちなみにテーブルの上に飛び乗ったのも、源五郎丸の意識をテーブルの上に向けさせるため。


 そして、やつの攻撃を避け続けたのも、意識をオレに集中させるためだった。


 ――完璧に、やつの頭から結姫の存在が消えた。

 その証拠に、やつの視線はオレだけを追っている。


 とはいえ、こっからが本当の勝負だ。


 やつの攻撃を潜り抜け、接近戦に持ち込む。

 そして、やつに魔王を召喚させる。


 今、やつは魔王の力を使っているにすぎない。

 なので闇の玉を使ったところで効果はないだろう。

 だから本体を召喚させるという状況に追い込む、というのが作戦だ。


 言うのは簡単なんだけどな。


 なんて弱気を吐いてはいられない。

 自分で立てた計画なんだから、自分でケリをつける。


 ――やるしかない。


 オレは立ち止まり、深呼吸をした後にやつと対峙する。


「なんだ? 勝てないと悟ったか?」

「さすがに体力切れさ」

「ふん」


 そう言いながらも、源五郎丸はオレへの警戒を解かない。

 右手をゆっくりとオレに向ける。


「悪いが、情報は諦めることする」

「そうかい」


 手加減なしで撃つ気だ。

 だが、それはこっちにとっても好都合。


「はああっ!」


 源五郎丸が放ったレーザーがオレに向かってくる。


 ……ギリギリで。


 ――避ける。


 オレはレーザーを最小限の動きで回避し、一気に源五郎丸との距離を詰める。


「なにぃ!?」


 避けられると思っていなかったのか、やつの動きが一瞬止まる。

 この隙なら、当たる。


 オレは拳を握り、やつの顔面に打ち込んだ。


 ――ガキン。


「ちぃ!」


 全快と同じ、見えない壁に阻まれる。


「くそ」

「危なかったが、俺様の勝ちだ!」


 やつの手の平がオレの顔の前に向けられる。

 さすがにこの距離じゃ避けようがない。


「終わりだ」


 やつがそう叫んだ瞬間だった。


 ――無数の風の刃が、オレたちを包み込んだ。


「……は?」


 この距離で避けられないのは、やつも同じ。


「馬鹿なっ!」


 ――よし、やっちまえ結姫。


 まるでオレの心の声が合図となるかのように、無数の風の刃が一斉に襲いかかる。


 そして――


 源五郎丸の体を切り刻んだのだった。

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