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第8話 それってぼったくりじゃね?

源五郎丸げんごろうまるが使役しているのが魔王?」


 総司令から聞いた事実はオレたちに衝撃を与えた。

 だが、その話で色々と説明がつく。


「弔い合戦をしなかったのはそういうことか」

「うむ……。人質をとられているようなものだからな」

「使役を解く方法はないの?」

「あ、それはオレも聞きたい」


 食い気味に聞くオレたちに対して、総司令はゆっくりと首を横に振った。


「……ない」

「そう」


 結姫は少しトーンを落とした声で、ため息を吐くようにつぶやいた。


 そりゃそうだろうな。

 あるなら、とっくにこいつらがやっているはずだ。


「結局は使役されている魔王を倒すしかないか」

「そうなるわね」

「悪かったな。無駄骨折らせちまって」

「源五郎丸が使役しているのが魔王とわかっただけでも十分よ」

「はは。結姫は優しいな」

「慰めじゃないわ」


 再び総司令の方へ視線を移し、わずかに殺気を込めて問い詰める結姫。


「魔王に弱点はない?」


 確かにここでそれが知れれば来た甲斐はある。

 だが、相手は魔王。

 弱点なんかあるとは思えない。

 仮にあったとしても、部下の魔物たちが知っているはずはないだろう。


「ある」

「マジかよ」


 意外な返答に、思わず前のめりになってしまう。


「教えてくれ」


 総司令はゆっくりと首を横に振った。


「それだけは話せんな」


 オレはすぐに食い下がる。


「んなこと言わないでさー。誰にも話さないから。な?」


 だが総司令は表情ひとつ変えずに言った。


「絶対に話さん」

「……」


 一瞬の沈黙が、空気を一層重くした。


 さすがに自分たちのボスである魔王の弱点を人間に知らせるわけにはいかないか。

 とはいえ、オレたちも手ぶらじゃ帰れない。

 なんとか情報を引き出さねーと。


 ただ、魔物と交渉なんてしたことないからな。

 どうしよう。


 好きなもんを用意するとかどうだ?

 けど、人間の命とか言われたら困るよな。


 『ゴゴゴ』と聞こえるほどの威圧感。


 そして結姫ゆいひめの殺気を感じた瞬間、オレは一瞬背筋が凍りついた。  

 結姫の目が鋭く光り、その顔は完全に無表情になっている。

 まるで、すべてを切り捨てるような冷徹な目。


 オレも身を引き締めるが、結姫の殺気はそれを許さない。

 背後で感じる圧力に、自然と呼吸が浅くなる。


 さらにその殺気が強くなっていく。


「時間がないの。さっさと教えて」


 交渉がダメなら脅迫。

 悪くはない手だけど、ヒロインがやるもんじゃねーよ。

 完全にオレの仕事だったよな。


 総司令はそんな結姫の殺気を正面から受け、それでも表情を崩さず――いや、決意を固めた顔になった。


「たとえ命を取られたとしても、話すわけにはいかない」


 結姫も本気なら、総司令の方も本気だった。

 おそらく拷問を受けたとしても、その果てに死ぬことになったとしても話すことはないだろう。

 そんな気迫すら感じる。


「そう。残念ね」


 結姫が殺気を消し、踵を返した。

 そして何事もなく歩き出す。


恵介けいすけくん。街に帰るわよ」

「ああ」


 オレも結姫を追うために歩き出そうとする。


「方法はある」


 総司令の言葉にオレと結姫は同時に足を止めて振り返った。


「どういうことだ?」

「こちらからは魔王様の使役を解除することはできん」

「ああ。……それで?」

「あちらから解かせればいい」


 オレは結姫と顔を見合わせる。

 コロンブスの卵。


 逆転の発想だ。

 パンが無ければお菓子を食べればいい。


 ……例えが違うか。


 確かにその方法があった。

 だが、それをやるには大きな問題がある。


「どうやって解かせる?」


 総司令はニヤリと笑い、懐から玉を出した。

 その玉は、表面が不規則な黒い模様で覆われており、まるで闇そのものが凝縮されたような異様な輝きを放っている。

 手に持つと、冷たい空気が手のひらに伝わり、まるで呪われた存在が宿っているような感覚を覚える。


「闇の玉だ」

「そのままのネーミングだな」

「どんな効力があるの?」

「はっはー。ゲームをやらない結姫がわかんねーのはしょうがねーな。光の玉が闇の力を封じ込めるもんなんだから、この場合は光の力を封じるんだろ」

「それだと意味ない」

「……はっ!? 確かに」


 魔王は闇の力を持ってるはずだから、光の力を封じても意味がない。

 かといって、源五郎丸が光の力っていうかと違う気がする。

 どっちかっていうと闇の力を感じる。

 偏見かもしれんが。


「闇の玉は力を封じるものではない。その逆だ」

「逆っつーと、増やすってことか? 魔王の力が増えちまったら逆効果じゃねーかよ」

「増えるというより――暴走?」

「そうだ」


 結姫の言葉に頷く総司令。


 暴走?

 どういうこと――あっ。


「魔王の力を暴走させることで制御を利かなくさせるってことか」

「そうすれば使役が解ける、もしくは源五郎丸の方が使役を解く」

「ふーむ。正直、賭けになっちまうが、正面衝突よりはずっと勝率が高いな」

「魔王様を頼む」


 そう言って総司令はオレたちに闇の玉を託したのだった。



 総司令から闇の玉を受け取り、オレたちはそのまま街へとんぼ返りをした。

 なんとか夜明け前に着くことができたが、さすがに丸一日動きっぱなしだからさすがに疲れた。

 結姫にいたっては一睡もしてない。


 なので宿をとり、昼まで寝ることにした。


 時間がないがこんなコンディションで動いても返って効率が悪くなる。

 休息は千の策よりも上回る効果をもたらせる。


「おはよう」

「……早いな」


 宿にある食堂に行くと、既に結姫がパンとスープという軽食を食べていた。

 昼というよりもまだ朝と言っていい時間だ。


「5時間も寝てねーんじゃねーの?」


 結姫の正面に座り、メニュー表を手に取る。


「5時間も寝れれば十分」

「まあな」


 何もない休日なら12時間は惰眠を貪れる。

 だが、任務中でコンディションを整えるという目的の場合は5時間あれば釣りがくるくらいだ。

 疲れも、源五郎丸にやられたところも癒えている。

 傷が治っているというわけではないが、動きに支障は出ないくらいは回復した。


「さーて、なにを食おうかな。お? 肉盛りセットか。うまそうだな」

「……よく朝からそんなもの食べれるわね」

「食べ盛りの男子高校生を舐めんなよ。これをご飯に、おかずを何にしようか迷ってるところだ」

「そう」


 結姫はさして興味がなさそうに視線を自分の膝へと移す。


 にゃー。


 結姫の膝の上には、昨日、街を出た時にいなくなったあの三毛猫が丸くなっていた。


「起きたら、窓の外にいたの」


 猫を撫でながら結姫が目を細める。

 なるほど。

 道理で機嫌がいいわけだ。

 オレに「おはよう」なんて言うから珍しいとは思ったんだよな。


「よくオレたちを見つけれたもんだな」

「きっと私と赤い糸で結ばれている」

「お前、猫と結婚すんの?」


 男に興味がなさそうな結姫ならあり得そうだ。

 実に勿体ない。


「……あ、そういえば支部長に連絡入れねーと」

「もう入れた」

「さすが結姫。……で?」

「やっぱりって」

「なにがやっぱりなんだ?」

「さあ」

「いや、聞けよ」

「聞いて教えてくれると思う?」

「……思わない」


 本当にあの人は天邪鬼だ。

 結姫も頭は切れるが、支部長は次元が違う。

 オレたちはせいぜい二手三手読むところを、あの人は十手先を読む。


 きっとこの状況も想定内なんだろう。


 なら尚更、策を授けてくれよ。


「どうしようもなくなったら、お助けアイテムを使えって」

「お助けアイテム? オレ、なんも貰ってねーぞ。結姫、何か貰ったか?」

「貰った」

「言えよ!」

「5万だって」

「……」


 今回の任務の報酬以上じゃねーかよ。

 仕事をして金を取られるって、ブラックどころじゃねー。


「……念のためだけど、なに貰ったんだ? 大体、異世界に物は持ち込めねーだろ」

「世界に影響があるものを持ち込めないだけ」


 結姫はそう言って、懐から手の平サイズの小さな袋を出した。


「武器とかじゃねーってことか。なんなんだ?」

「……粉?」


 結姫は耳元で小さな袋を振った。


「……ヤバい薬とかじゃねーだろうな?」

「それなら持ち込めない」

「そっか」

「開けてみる?」

「いや、いい。見ただけでも3万くらい取られそうだ」

「そうね」


 再び懐に袋を仕舞う結姫。


 オレは悩みに悩んで、肉盛りセットをご飯に、肉盛りセットを食べることにした。


 そして、結姫は膝の上でだらしなく熟睡する猫を撫でるのだった。


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