「はあ……」
「どっちにしても連れて帰れないんだからいいじゃねーか」
「……」
「うっ! そんな目で睨むなよ。言っとくが、オレのせいじゃねーからな」
「私のモフモフ……」
結姫の涙目なんて初めて見た。
目尻がほんのり赤くなり、唇がわずかに震えている。
こんな結姫を見ることになるとは――恐るべし、モフモフの力。
「まあ、オレがいるんだし、いいじゃねーか」
「恵介くんよりモフモフの方がいい」
「猫以下っ!?」
そう。
さっきから結姫が重い溜息を吐いているのは宮殿から連れてきた猫がいなくなってしまったからだ。
街を出るときに結姫の肩から降りて、プイッと歩き去ってしまった。
「あんなに懐かれたの、初めてだったのに」
「はは。まあ、猫は気まぐれっていうからな」
「恵介くんが死ねばいい」
「唐突で理不尽な八つ当たり!」
にしても本当に今回は饒舌で感情豊かだな。
モフモフで、感情の壁が崩壊したのか?
いつもこんな感じなら、もっとモテるだろうに。
まあ、今でも十分モテてるし、結姫自身はそれがウザいと思っているようだから余計なお世話なのかもしれないが。
「……そろそろ教えてくれない? どこに向かっているのか」
「魔王の城だよ」
オレの言葉に、わずかに眉を顰める結姫。
戸惑うのも無理もない。
時間がない中、一見関係のないところに向かっているのだから。
しかもその場所が危険なところなら尚更だろう。
「……情報収集?」
「さすが結姫。説明しなくてもわかっていらっしゃる」
うーむ。
頭が切れすぎるのも問題だな。
せっかくの解説タイムができねぇじゃねーか。
解説させてくれよ。
「でも城に魔物がいないなら、行くだけ時間の無駄じゃない?」
結姫が言いたいこともわかる。
今は真夜中で、月の明かりのみで進んでいる。
天気が良く、煌々と銀色に光っているのでそれほど暗くは感じない。
この世界の月は、地球から見えている月よりもずっと明るい。
夜と言えば魔物の時間。
だが、全く魔物の気配は感じない。
街の人たちが言っていた通り、源五郎丸が魔王を倒してから魔物が出なくなったというのは本当のようだ。
なので結姫は魔王の城に行っても、そもそも魔物がいないと言っているわけだ。
「その可能性もあるが、オレの予想では魔物は城の中に集まっているはずだ」
「どういうこと?」
「魔王が倒されたからと言って、魔物が消えたわけじゃないってことさ」
「根拠は?」
「ドラゴン」
「……あ」
この世界に来た時に見た、ドラゴン。
もし魔物が全て消え去っているなら、あのドラゴンが存在するはずがない。
「魔物は消えたわけではなく、引きこもっている……?」
「そういうこと。で、あのドラゴンはオレたちに気付いていても襲って来なかった」
「街を襲う気配もなかった」
「街の人たちも余裕だったしな。襲ってくるわけがないって感じで」
「つまり魔物たちは統率が取れている」
「だろうな。じゃねーと、一切魔物を見ないっていうのは不自然すぎる」
「なぜ、そんなことを? 普通なら逆に仇を討つために攻めてきそうだけど」
「その理由が重要な手掛かりになる。っていうのがオレの予想ってわけだ」
「確かに時間をかけるに値するメリットはありそう」
とはいえ、全くの無駄骨になる可能性だってある。
ただ貴重な時間を失っただけというオチになるかもしれない。
けど、今はとにかく情報が必要だ。
このまま突っ込んでも源五郎丸には勝てない。
それから2時間ほど進んだときだった。
霧が晴れたかのように、突如として巨大な城が姿を現す。
黒い石造りの壁は月光を浴びて鈍く光り、廃墟のようでありながら、不気味な威圧感を放っている。
静寂が広がるその城には、今も何かが潜んでいる――そんな予感がした。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
オレたちは気を引き締め、城の中へと忍び込む。
広く、天井も高い廊下。
外観の不気味さとは打って変わって、中は美麗で厳かな雰囲気だった。
光沢のある石の床。
精巧な装飾品が並ぶ壁。
源五郎丸の宮殿とは異なり、どこを見ても気品にあふれている。
ただ雰囲気は似ている。
おそらく源五郎丸の方が、魔王の城を参考にして作ったのだろう。
もっとも、宮殿には奴の趣味が混じっていたせいで、下品さが滲み出ていたが。
廊下にはオレと結姫しかいない。
もちろん、足音を立てるなんてヘマはしていないし、最大限に注意を払って進んでいる。
だが。
「囲まれている」
「あ、やっぱり?」
なーんか視線っぽいのを感じてたんだよな。
気のせいと思いたかったけど、結姫が言うなら間違いなさそうだ。
「どうする? ここでやっちまうか?」
「もっと広いところの方がいい」
「結姫がそういうならそうするか。魔王の間みたいなところあるといいんだけどな」
しばらく進むと、巨大な扉を発見。
試しに開けてみると、人間が100人以上は入れそうな広い部屋が現れた。
魔物たちの集会所のようだ。
玉座がないので、魔王の間ではなさそうだが。
「ここでいいか?」
結姫は無言で頷き、部屋の中央へと進む。
オレもそれに続き、部屋の真ん中に陣取った。
すると雪崩れ込むように部屋に魔物たちが入ってきた。
その数、50体。
ゴブリンやトロル、デーモン系など種類も豊富だ。
「割り当ては30、20でいいよな?」
「わかった。20体倒せばいいのね」
「あ、ずりぃ」
30体を結姫に押し付けようと思ったのに。
若干、まだ体の節々が痛むんだよなぁ。
それでも30体くらいなら余裕でいけるけど。
オレたちを取り囲んだ魔物たちが今にも襲い掛かってきそうなくらい殺気を放っている。
ちゃちゃっとやるか。
オレが拳を固め、ステップを踏み始めた瞬間だった。
結姫が右手を開いて、上へ掲げる。
「……」
結姫が目を閉じ、意識を集中させると、手のひらの上に風の渦が現れる。
その渦はみるみるうちに大きくなり、勢いを増していった。
そして、直径5メートルほどに達した瞬間――
爆発的に弾けた。
轟音と共に、オレたちを中心に猛烈な風が吹き荒れる。
否、これは台風なんて生易しいものじゃない。
無数の風の刃が回転しながら魔物たちを切り裂いていく。
数秒後。
魔物たちは全員、床に倒れ伏していた。
一網打尽かよ。
20体どころか50体全部やっちまった。
オレは楽できるからよかったんだけど。
てか、広い場所に追い込んだ時点で、結姫は最初から自分で全部倒すつもりだったんだろう。
たぶん、オレの体調が全快していないこともバレてそうだ。
本当に結姫は優しい奴で、ツンデレだな。
それにしても相変わらずすげえ威力だ。
空気を操る能力。
それが結姫のスキルだ。
風の刃を作ることもできれば、5分ほど空中に浮くことも可能。
汎用性が高く、実用性に優れたスキルだ。
もっとも、ここまで色々できるのも、結姫の努力があってこそだ。
最初は団扇で仰ぐ程度の風しか起こせなかったらしい。
本人は簡単だったというが、かなり努力したと思う。
天才なのは間違いないが、それに胡坐をかくタイプではない。
機関のエージェントの中でも、間違いなくトップクラスの実力者だ。
あんまり他のエージェントと一緒に戦うことがないから、よくわかんねーけど。
結姫は倒れた魔物たちを見て回っている。
魔物たちは全員生きている。
そう、力を調整していたということだ。
魔物たちから情報を得るために。
「う、うう……」
黒いローブを着た、小柄な魔物がうめき声をあげる。
結姫はその魔物を覗き込む。
どうやら拷問――もとい情報収集するターゲットを決めたようだ。
うーん。
ヒロインがやることじゃねーよな。
辛うじて意識を残していた魔物の胸倉を掴む結姫。
そいつはコボルトなのか、どこか老人のような印象を受ける。
実際は魔物を倒す美少女なのだが、絵面的には「孫が老人を脅している」ように見えなくもない。
「言い残すことはある?」
「っ!?」
「それだと止めを刺す前のセリフだぞ」
「……魔王のことを聞かせてほしいのだけど」
結姫がそう言い直すと、先ほどはビビッていた小柄な魔物は少し強気になる。
「ふん。ワシはこう見えて、魔王軍の総司令なのだぞ。死んでも話さん」
「そう。じゃあ、他の魔物に聞くわ」
「魔王様はここにはいないのだ」
あっさりとしゃべった。
魔王軍総司令さん、それでいいのか?
「魔王は人間によって倒されたのよね?」
「違う。魔王様は……」
オレたちは魔王軍総司令という魔物から驚くべき事実を聞くことになった。